14 大きな壁
「ようこそおいでくださいました、アナスタシアお姉さま。」
マイアが可愛らしくカーテシーをする。
「突然の訪問をお許しいただき、ありがとうございます。マイア様。」
わたしもカーテシーで応える。
我ながらよく使い分けてると感心する。(ボロが出ないように気をつけないと‥‥)
ドレイクとアリシアとマイアとわたし。4人だけでマイアの部屋に入ると、それまでの空気が一変した。
全員が密談モードに入る。
「どうなさったのです、お姉さま?」
「麻耶もあの水環境の出前授業、聞いてたよな?」
「ああ、浄化槽メーカーの技術者の人が外部講師として学校に来たやつ‥‥。」
マイアも思わず麻耶に戻って言う。
「記憶を確かめながら計算したいんだ。1人あたりの水消費量は200リットルで合ってたか?」
「230リットルだったと思う。でも‥‥」
と麻耶が小さく首をかしげた。
「こちらでは貴族以外毎日お風呂に入るような人はいないから‥‥ていうか、使用人たちはほぼ1週間に1回の水浴くらいで済ませてるから。200以下でも十分だと思うよ杏奈。槽の大きさを決めるんでしょ?」
わたしは計算を始める。
アノスタコビッチ城の居住区に常時いる人数(使用人も含め)× 200リットルで、嫌気槽の滞留時間を2日程度と想定すると‥‥
わたしは各槽の寸法を便箋に絵を描いて書き込んでゆくうちに、とんでもない問題に気がついてしまった。
曝気槽、どうするんだ?
嫌気性微生物で汚物を分解する嫌気槽はいい。しかし‥‥
電気もポンプも、ビニールホースすらないこの世界で、槽の底まで酸素を送り込んで好気性微生物に活躍してもらう曝気槽は‥‥
どうやって作ればいい?
「杏奈?」
手が止まったわたしに麻耶が声をかける。
「麻耶‥‥。」
わたしは便箋から目を離して、麻耶を見上げた。
「曝気槽が作れない‥‥」
考えてゆけばゆくほど、実際に作るとなると壁がいくつも存在していることがわかってきた。
確かあの時の先生は「浄化槽はメンテナンスも大切です」と言っていた。槽の底に溜まる汚泥を、定期的に吸い上げなければならない——と。
でも‥‥ここにはポンプもなければ、ホースもないぞ?
微生物が付着する「ろ材」には石と焼き物のカケラを使うつもりだ。プラスチックのろ材なんかは、もちろんこの世界にはないからだ。
‥‥が。その下に溜まった汚泥を取るとなれば、柄杓などですくい上げるのは不可能だし、かといって吸い上げるバキューム装置なんてあるはずもない。
これは‥‥
「不可能かもしれない‥‥」
呆然としてしまったわたしに麻耶が声をかけた。
「ねえ、杏奈。『土壌浄化法』についての話、覚えてる?」
「あ‥‥うん。スライド見たね。確か‥‥」
ふと脇を見ると、こんな話をしているわたしたちを不思議そうな顔でドレイクとアリシアが眺めていた。
たぶん話が全く見えないのだと思う。
わたしはそのスライドと解説を記憶の底から懸命に拾い上げようとする。
たしか‥‥あれは嫌気槽とトレンチだけでできていた。
問題は通常の曝気式より大きなスペースが必要なことと、開放式のため大腸菌汚染の危険があるという説明だったが、本来土壌には汚物を分解して植物の栄養にする力がある——という先生の言葉が気に入って覚えている。
「あれなら何の機械もなくても作れるよ、杏奈。お城の周囲の庭だって広いし。」
「でも‥‥、わたし、大きさとか構造とか、ほとんど覚えていない‥‥」
理系(それも工学系)頭のわたしは、機械的な浄化槽の構造の方に興味がいってしまってて、自然派系の技術の方は「ああ、そんなのもあるんだぁ‥‥」くらいで終わってしまっていた。
「わたし、けっこう覚えてるよ。自然を信じる感じが好きだったから。」
麻耶がそう言って、便箋の上に絵を描き始めた。
2人で「ああだったかもしれない」「こんなだったと思う」と記憶をたぐり寄せながら絵を描いているうちに、いつの間にか窓の外は茜に染まっていた。
コンコン、とノックの音がして、わたしたちはここが高校の教室ではなく、イヴァーシナ家のマイアの部屋であることを思い出した。
「お入りなさい。」
麻耶が一瞬でお嬢様に戻る。
わたしも慌ててモードチェンジをした。
「お嬢様、アナスタシア様も。お食事の用意ができてございます。」
あ、やべ! もうそんな時間——?
‥‥で
婚約破棄はどこへいった?
どこへいくんだろう‥‥この話。。(・・;)




