2 船出
これから、新大陸に向けて出航する。
ゴードンと、クルーは最後の点検に余念が無い。そこへレオンが乗り込んできた。
「ゴードン、いよいよだね」
「ああ、期待に胸が膨らむよ」
「ゴードン……これを連れて行ってくれないか? 僕の代わりに」
レオンから渡されたのは小さなトカゲだった。
「何だ? これは……ゴーレム……か?」
「そうだ。それと僕は繋がっている。トカゲが見た物は僕も見ることが出来るんだ。やっと間に合ったよ」
レオンも行きたがっていたこの船旅に、レオンの代わりを連れて行けと言うことか。
「分かった。よくこんな小さなもの、作れたな。ポケットに入れておけば良いのか?」
「いや、これは自分で動ける。普段はゴードンの近くにいるけど、偶に魔力をやってくれないか。万が一の時は助けを呼ぶことも出来る」
助けを呼ぶ? 海の上や他の大陸で誰が助けに来ると言うんだ?
「誰が助けに来るかが、問題だな。まあ、お守り代わりと言うことか」
「ゴードン、これが見た場所には、僕が転移して行ける。僕が助けに行くから」
「……! そう言うことか。分かった。ありがとう。これで何があっても安心だ」
本当に、転移というものは便利なものだ。ゴードンは、自分に空属性の親和性がなかったことに残念な思いがする。
だが、闇を覚えたことにより、今では格段に魔力効率が上がったのだ。火属性の魔力効率もかなり上がった。大魔法が続けて放てるようにもなったのだ。
ゴードンの属性は火と風に最も親和性がある。長じてから覚えた土と光もそれなりに使えたが、闇は持っているだけで、魔力が素早く補充されるため、土や光のレベルが更に上がったのだ。
「これ以上は属性は増やせないだろう」
年齢の関係で、魔力器は成長し難くなった。だが、レオンの言うことを聞いて闇を覚えたことに不満はない。確かにこれは使える属性だった。
これからは闇を第三第四の属性として学ぶものが増えていくことだろう。今まで暗い印象があった闇属性だが、レオンやサラのお陰で、闇は防衛に力を発揮することが判明したのだ。
闇の特性は、吸収だがその他にも状態維持というものがあった。魔力効率が良く結界の状態維持にも力を発揮する。そして写本だ。これには目を疑った。闇の特性と言われてもピンとこなかったが、黒字で書かれたものに限り、全く同じものが簡単に複製出来る。
教本を複製すれば、本に掛かる費用が削減できる。平民でも大学に通えるようになる。サラは、
「復元はコピー魔法ね。大学に入って直ぐに覚えて貰えば、自分でコピーできる。そうすればもっとお金が掛からないでしょうね」
そう言った。「こぴー」とは不思議な響きの言葉だ。サラの名付けは何時も変なものが多いのだ。このコピーはサラの発案で出来上がった魔法だ。どんな頭の構造をしているのだか。
「ゴードン王そろそろ出航します」
「私は王ではなくなったのだ。ゴードンとだけ呼んでくれ」
「は、これは失礼しました。つい……」
この騎士は昔から私の腹心だったものだ。彼の他に船長として海軍の古参を連れてきている。殆どが四十代をとっくに過ぎたものばかりだ。家族がいない者や、故郷に未練を持たない物ばかりでクルーは編成されている。
帰ってこられない公算もあるのだ。前途ある若者には声は掛けられない危険な冒険だ。
その中で二人だけ、16歳のコーベックと19歳のスティーロムは船長の子どもで、例外として付いてくることになった。
「南東に進路を取れ」「はっ」
新大陸は真南にあるが、このまま突き進めば船の墓場と呼ばれている諸島に突っ込んでしまう。その為レオンと話し合って、大きく迂回して新大陸を目指す事にしたのだ。日程は大幅に伸びるがそれでも安全な航路を選んだ。
新大陸は南北に縦長の陸地だった。新大陸の北端に着くためには船の墓場を通るのが一番の近道だったが、危険は避けたい。
レオンが新しく開発した魔法鞄はこれまでよりも時間経過がゆっくりと進む。食糧はこれのお陰で心配なく大量に持ってこれた。水の属性があるクルーが多いため水の心配も無い。
「帆を張れーーーっ」
身軽なクルー達が次々とマストによじ登り索具を外して帆を張っていく。年を取ってもまだまだ、海の男達だ。
メインマストには。一番年若いコーベックとスティーロムが陣取り見張りをしている。彼等には、レオンから贈られた魔宝石の指輪を持たせているので、幻惑や認識阻害には掛からないだろう。
船尾に立ったゴードンは快晴の空に目をやり、風の魔法を放つ。殆ど無風状態の雲一つ無い凪いだ海を、船はすいすいと進んで行った。
三週間経ち見張りから、
「海流に乗って西に流されています!」
「当て舵!」
船は海流に逆らい何とか直進できたようだ。
「どうやらこの海流は船の墓場に吸い寄せられるようになっているらしいな」
「その様です。暫く行けばこの海域からは抜けられそうです。その後の進路は西で宜しいですな」
「ああ、この地図によれば後三週間で新大陸が見えてくるだろう」
危険な海域から抜けた。ゴードンはコーベックとスティーロムと一緒に食事を取りながら話をしていた。
「ゴードンさん。この指輪はどんな魔法なんですか?」
「何かおかしな事でもあったのか?」
「はい、一偏、指輪を外してみたんですがね、そうしたら今まで右に見えていた岩礁が忽然と消えて一面大海原に変わったんです。慌てて指輪をはめ直したら、また岩礁が見え始めました」
やはり、レオンが言っていた仮説は正しかったようだ。認識阻害が掛かっていたようだ。
「その指輪は、魔道具だ。万が一、新大陸で捕まって仕舞って、隷属魔法が掛けられても自分で解くことが出来るぞ。大切に持っていろ」
「はい! そんなに高価な物だったとは。手が震えてきました」
指輪は五人だけしか付けていない。だが、万が一の時は皆を救ってくれるだろう。
「面舵!」
どうやら海域を抜けたようだ。これからは新大陸に向かって直進だ。
海鳥が飛来してくるようになってきた。陸地は近い。
「思ったより早く着きそうだな」
「はい、丁度食糧も尽きかけてきましたんで、安心しました」
総勢四十五人の男達の食糧は結構ギリギリだったようだ。近くに立ち寄ることの出来そうな島が無いため、内心ヒヤヒヤしていたが、何とかなりそうだ。
嵐に遭うこともなく順調な船旅だった。中間の諸島辺りには、黒い雲が見えていた。あそこは嵐が渦巻いていたようだった。
「陸地だーっ!」
とうとう着いた。やっと新大陸に・・・・・いや、若しかすると発展した近代的な魔法文明に出会えるかも知れないのだ。ワクワクが止らない。陸地に沿って南に進み上陸できそうな場所を探しながら、何日か過ごしたが殆どが崖や森だった。やっと良さそうな湾を見付けた。
「小舟で五人偵察に出します」
雄志が選ばれ、一キロ先に見える陸地に小舟がこぎ出す。
「ここからは街のようなものが見えるが、大丈夫か?」
「……街は見えますが船が見えません。何だかおかしな感じです。大きな湾なのに」
船長の長年の感が怪しいと継げているようだ。街で食料を仕入れなければならない。このために金塊を小分にして持ってきている。通貨が同じ筈がないからだ。
ゴードンの肩に乗っているトカゲが、キュウイッと啼く。「ああ、忘れて居たな。魔力をやらなければ」
トカゲの胸に小さな魔宝石が埋め込まれている。それに向かって魔力を注ぐと、トカゲの目が陸地を向いた。
結構な頻度で魔力を注ぐ必要があるため、魔力効率が悪いようだ。トカゲと一緒に陸地を見ていると、小舟が戻ってきた。
「船長。何だか変です。この街は人っ子一人居ません。まるで遺跡のようです」
「そうか、取り敢えず上陸してみよう。なんとか食糧を調達しなければ」
小舟五艘に二十五人が乗り込み、街へと漕ぎ出した。
岸壁や埠頭に、船の残骸が見える。気を付けなければ小舟が乗り上げてしまいそうだ。
「ここに大型船は入れませんな。船底に傷が付きそうです。湾内には入れそうですから、残ったクルーは船で待機して貰いましょう」
海底を見ることが出来る技能など無いのだ。仕方がない。
「暫くここを拠点にして調べて廻ろう」
何とか船を舫いで、上陸した。周りは人の気配は皆無だった。崩れ落ちた建物が木々の間から見え隠れしている。
辛うじて立っている大きな建物の中を覗いて見るが中には草がぼうぼうと生えて居る。
「空歩が使えるクルーはいるか?」
「へい、あっしは使えます」
五〇代の空属性持ちのクルーに頼んで、二階から上を見て貰った。階段は崩れ落ちて、危険で上には行けないためだ。
「上はまだしっかりしていますぜ。これは、魔道具か?」
空属性持ちのクルーが魔道具らしきものを持って降りてきた。手に取って見たが、何に使う物か分からない。とっくに魔力も切れている。
町並みを見ていると、街灯自体が魔道具のようだった。
「こんなのが沢山ありましたぜ。相当魔力も使う物らしい大型の物もありやした」
ここにテントを張って、今晩は過ごし、明日からはこの街の探索をすることにした。
船長と一緒にテントに入り、明日からの探索について話し合う。
「困りました。食糧が買えないとなるとここには長くは居られません」
「この街は森と同化し始めているようだ。森には獲物が居るのではないか? 調達班に行かせるしかなかろう」
「ですが、初めての場所です。どのような魔物がいるか見当が付きません」
ゴードンも悩んでいる。食糧は深刻な問題だ。トカゲがゴードンの肩でキュウイッと啼いた。
するとトカゲの近くにレオンが転移してきた。
「!レオパルドさまっ!」
「ああ、驚かせて済まない。しばらく前から食糧の話を聞いていて持ってきた。魔法鞄を寄越してくれ」
レオンは空になってしまった魔法鞄に、次々と持ってきた食料を詰めていく。
「さあ、これで暫くは大丈夫だろう。予備もあるからここに持ってきた」
そう言ってまた魔法鞄を置いた。
「レオン、来てくれて助かった。王宮は良いのか?」
「ああ、このところ何もすることがなくてトカゲの動向を見てばかりいたんだ。やっとここへ来る口実……事が出来た。嬉しいよ。明日の探索にも参加する」
少年のように目をきらめかしてレオンは言っている。レオンに王の補佐を頼んできたのに、本当に大丈夫なのか?
「マリーナは今妊娠しているはずだ。ダンカン一人で大丈夫なのか?」
「もう一人でやって貰わなくては困るよ。マリーナがしっかりしているから何とかなるさ」
そのマリーナが大変なときだから言っているのに。レオンはどうしてもこの遺跡を見たくて、無理矢理来て仕舞ったようだ。




