9 密航者
「随分外が騒がしいな」
「奴隷が逃げ出したと、騒いでいるようでやんす」
宿を引き払い、ヤーガイ国へ帰るため、船の点検をしていたクルー達は、船の中をあちこちに走り回る奴隷商の用心棒に荷物を調べられて気分を悪くしていた。
「そうか、奴隷が逃げたのなら仕方が無い。大人しく調べさせてやれ」
大した荷物も無いのだ。殆ど魔法鞄に収めているため、直ぐに何も無いと納得して用心棒達は帰っていくだろう。
大事なものはゴードンの時空間収納に入っている。
暫くして用心棒達は隣に停泊している船を調べに下船していった。
「やっと国へ帰れます」
「しかしこの国の娼館は面白かったでやんす。ゴードンさんも行かれましたか?」
「いや、行かなかったが、サービスしてもらえたか。良かったな」
「へへ、そりゃぁもう、色々として貰いやしたが、そうでは無くて面白い魔獣人間がいたんでやんす」
「魔獣人間?」
「いや、魔獣かどうかは分からないんですが、人間との間の子では無いかと……ッ! 失礼しやした」
おしゃべりなクルーは走って逃げて行ってしまった。多分以前のゴードンの見た目を思い出したのだろう。ゴードンは彼の言動を気に掛けた。
――魔獣との間の子? 見た目が魔獣の性質を宿していると言うことか?
この国にはまだ知られていない事が沢山ありそうだ。気持ちが帰国へ向いていたゴードンは、しばし考え込んでしまった。
だが、これ以上レオンに押し付けて、自分だけが自由勝手に歩き回るという我が儘は言えないだろう。
「まだ若いからなダンカンは。暫くまた、側に居てやるしか無いだろう」
レオン達の話を聞いて、貴族達にやり込められているというダンカンが可哀想になってきた。早めに王を引き継いで、苦労させて仕舞っているようだ。
ダンカンの様子を見て、任せられると確信できてから、改めて転移で来てみようと考え直した。
一ヶ月弱の船旅もソロソロ終わりが見えた頃、船内が不穏な雰囲気になった。
「船長、船員達に言ってやってくんなせぇ」
「何かあったのか?」
文句を言いに来たのは、ここの料理番だ。何でも、食糧をコッソリ盗んで食べているクルーがいるというのだ。
ゴードンが預けておいた魔法鞄から食糧がなくなったと言うのだ。
何時もは一つの鞄で10日は持つのに、今は5日しか持たないという。
「たっぷりの量を作っているのに。意地きたねぇ奴がいるんでさぁ」
足りなければ、何時でも持ってくると言うと、
「そう言う問題でねぇんです。これは」
「分かった。誰が食糧を盗んでいるか確かめてみるしかあるまい」
と言うことで、罠を仕掛けることにした。
魔法鞄を置いたまま調理室を無人にしておく。闇の影が使える様になった若い二人に、泥棒退治をして貰うことにした。
暫く待つとドタバタと、騒ぎだし泥棒が見付かったという声が聞こえてくる。
「せ、船長! 獣です。獣が乗り込んでいやした!」
引っ捕らえられた泥棒は、密航者だった。いつの間に船に乗り込んだのか、皆目分からない。
獣だという密航者は、小さな十歳くらいの男の子で、頭に猫のような耳を生やして、尻尾まであったのだ。
だが、後は普通の人間だ。ゴードンは、
「呪いか?」
自分や、ダンカンのような呪いがこの大陸にもあったのだろうか? 娼館へ行ったクルーの話が蘇ってくる。こういう獣の見た目の人間が、他にも一定数居ると言う事なのか?
「ハナセ! バカヤロウ!」
「言葉は話せるようだな。お前は何時船に乗り込んだのだ?正直に言いなさい。もし答えないのなら、海の掟をお前に科す事になるぞ」
海の掟とは、簀巻きにして海に投げ込むと言うことだ。獣人間は途端にブルブルと震えだした。
「お、オレはハジメッカラこの船にいた。お前等がボンクラだから、見付けられなかったのさ!」
密航者のくせに随分生意気な小僧だ。話を聞いている内にまた船倉から、騒がしい声が聞こえてきた。クルー達がそれぞれ獣の人間達を捕まえて船長室に入ってくる。
全部で二十五人は居るだろうか。総て獣の見た目の子どもだったが、犬のような者もいれば、羊のような見た目のもの、また、竜のような見た目の者までいた。
ゴードンは呆気にとられてしまった。
「君達は何の種属だ? 南の大陸の固有種か?」
「オレは人間だ! 種属ナンテ言うな!」
獣の人間の中で特に大きな一人が、前に出て話始めた。
「すまねぇ。ワイがコイツラをここへ連れてきたんだ。海へ捨てるのは、ワイだけにしてくれ。その代わりコイツラを森へ返してやってくれ。コイツラは森から攫われたり、コイツラの親に売られて奴隷商にいたんだ。それを、ワイが逃がしたんだ」
「彼だけを船長室にいれ、後は船倉に戻しておいてくれ」
クルー達に引き立てられて、子どもの獣たちは連れて行かれた。
「君には名前があるのか?」
「……当たり前にアルサ。ワイはボンボと言う名だ。森の生まれだ」
「何処の森だ?」
「竜火山の北の森、他の部族からは竜の部族と言ワレテイル。ワイは、人間に掴まったワイの部族の子を助けに来た。偶々同じ檻に入レラレテイタ彼奴等も一緒に逃がした」
「君はこの船が何処へ向かっているか分かっているのか?」
「南の国サードンだろう。あそこは奴隷を高く買っている」
「私達は、奴隷を買っていないぞ。見て分かるだろう?」
「……ジャァ、何処の国だ? 奴隷がいらないのなら、途中で降ろしてやってくれ。そうすれば弟が彼奴等を森へツレテイッテクレル」
そこで、ゴードンは自分達は北の大陸の人間で、もう直ぐ国に着くと教えた。ボンボは驚愕している。余りに驚きすぎて声も出せ無くなってしまった。
南の大陸の他にも違う世界がある事に、カルチャーショックを受けているようだ。
暫くして船がヤーガイの港に着いたと知らせを受ける。
ゴードンは、このまま彼等をヤーガイの街へ連れて行けば騒ぎが大きくなると危惧した。
レオンに頼んで彼等を南へ連れ戻して貰うしかあるまい。ゴードンでは、この人数を転移するには何日もかかってしまうだろう。彼等を連れていける場所は、遺跡の街しか無い。
竜火山とは金竜がいたあの火山だろう。あそこには今、魔女がいる。万が一の事があるかも知れない。妊娠している魔女は彼等をどうするか分かった物では無いからだ。
この国へ彼等を置くことは避けたい。
王族の呪いが忘れられようとしている我が国へ彼等を連れて行けば、貴族達は不審に思うだろう。取り敢えず、レオンをここへ呼んで相談することにした。
「何か困り事かい? あれ、もう港に着いているじゃぁ無いか! どうした?」
レオンに事の次第を話して聞かせると、彼は興奮し始めた。新種族発見は、レオンにとって恰好の研究材料に違いない。しかし、今はそれどころでは無い。
「レオン。彼等を遺跡の街へ連れて行ってくれないか? 私はこれから様々なイベントにかり出されるはずだ。貴族達に適当な作り話を聞かせてやらなければならないしな。彼等の姿を貴族達が見れば、何を言われるか分かったものでは無い。レオンが気になる獣人間の話は遺跡にある魔女の建物でゆっくり聞けば良い」
「ああ、任せてくれ」
レオンやダンカンとは前もって話し合っていた。南の大陸のことは暫く秘密と言うことに話が付いている。




