後悔
その夜。彼女はまた悪夢を見ていた。
(また……なの?)
それは自分と同じ巫女の肩書きを持つ黒髪の女性で、共にユートゥルナの未来をより良くしていこうと誓い合った仲でもあった。
だが、運命はあまりに残酷だった。時は流れ、思いはすれ違い、気付けば互いに魔法をぶつけ合う『敵』と化し、結局最後まで自らの意志を伝える事は適わなかった。
彼女には、時には笑い合い時には背中を合わせて魔物と修羅場をくぐり抜けた戦友としての過去があり、常に思い馳せていた。だがそれはいつしか後悔の念となり、あの【罪】を思えば思う程、今のスイを強く皮肉するような夢となって現れていたのだ。
夢の場所はいつも同じ。ユートゥルナの巫女として相応しいか否かを見極める、この大いなる水が流れ出でる大瀑布の地。
夢の終わりもいつも決まって同じ。彼女は迫り来る目の前の魔物に気を取られ過ぎるあまり、後ろから忍び寄る敵の影に気づけなかったのだ。
眼前の魔物を魔法で駆逐し、一息ついたのも束の間、気配を感じたのも同時だった。振り返った時にはその魔物がかぎ爪を立てて迫り、正に振り下ろす寸前だ。
――その瞬間、もう一人の巫女が飛び出すように立ちはだかり、スイを突き飛ばした。そしてその後は言うまでも無く―――、
「ルティッッ!!!」
――――。
「え……?」
目を開けると映ったのは布の天井だった。テントの中で最初に目覚めたのはスイで、それ以外のメンバー達はまだ眠りについたままで起きそうな様子もない。洞穴の外からは陽が射しこんでいて、既に朝になっている事を報せる。
スイは他の人を起こさない様に慎重に布団から起きると、そのまま外に出て陽光を浴びようとする。
(朝日を直に浴びたのなんて、いつぶりなんでしょうか……)
最後の記憶を呼び起こそうとするも、必ず黒い靄が頭の中をざわついてしまいどうしても鮮明に思い出せず断片的にしか記憶を探る事が出来ない。その原因はいわずもがな、【あの男】に植え付けられた力の所為だ。
スイはそんな黒い靄を振り払おうと、隅から流れていた湧水に寄って、水を両手で掬い上げるとぶつけるように顔を何度も洗う。息が詰まるくらいに幾度もぶつけ、やがて耐え切れなくなった肺は過呼吸気味に空気を吸い取り、何処からか襲い来る得体の知れない気持ち悪さも絡み合い、何度も嗚咽しそうになる。
「もうあんな想いは二度としたくないのに……」
「スイっち? どったの?」
「ひぇあっ!?」
不意に耳元で呟かれ、びっくりしてしまう。きょとんとした顔で立っていたのはルルナだった。
「るるルルナさん!? ど、どどどうして!?」
「いや朝になったからだよ。スイっちもこんなに早く起きるんだね」
「私は……なんというか……。今この人達のなかで一番足を引っ張っているのは私ですし、何より私の為にここに来て下さっているのに、自分だけのうのうと寝ているのが惜しいというか何というか……」
「ふーんそっかぁ」
彼女としては、皆が気に掛ければ気に掛ける程よりそれが申し訳なさに繋がり「このままではいけない」と気持ちがそれだけ逸ってしまう。
だが、今日に限っては場所が場所。集団行動である以上、パーティが先へ進もうとしない限り何もする事が出来ない。【闇】に支配されていた時の過去を思えば思う程、彼女にはそれが何よりも歯痒かった。
「どうか私には構わず、ルルナさんはもっと体を休めてい――」
スイは、唐突に体中がふんわりとしたモノに包まれる感触があった。目線だけを横にした時、頬にさらりと当たるのはルルナのピンクブロンドの髪。それでようやく自分は抱かれているのだと、実感した。
「ルルナさん!? な、何を……!」
「スイっちてさ。最初の頃のリアンに割と似てるなーって」
「私が……? どうして……ですか?」
「ルルはシャルルと違って小難しいのはよく分かんないけどね。んーとなんていうか、とにかく焦ってる感じかな」
「そんな! 私は他より劣っている分、ただ皆の為に力をより尽くそうと……」
「多分違うかな。スイっちは――『怖い』んじゃない?」
どくんと彼女の心臓がより強く跳ねた。
「ルルは、あの時正面からぶつかり合ったからこそ分かるの。とっても怖くて、狂いそうになる【あの真っ黒いヤツ】に、ずっと怯えていた」
――何も言い返せなかった。それを否定する事も、肯定する事も、どちらも認めたくは無い。ただ口にしてしまうだけでその事実があった事を認めてしまう事になるから。
自分がどれだけ他者を傷つけたかは分かっていない。ただ、あの日の外の光景だけは漠然と己の内に伝わって来て自分は償いきれない【罪】を犯した。それだけは確信めいて覚えていたのだ。
「そう……ですよね。私の心がもっと強ければ……。ユートゥルナ様を想う気持ちがもっとあればあんな事にはならなかったのに……!」




