試験の終わり
その男は、崩れ落ちたロベルティには目もくれなかった。今男が興味を示しているのは、ただ目の前に映る双子だけ。
「成る程。ヤツの言った通りだな。とても強く、それでいて淵い瞳を持っているではないか」
「何言ってるか意味分かんないし。それより、アナタがあの子をあんな風にしたの?」
「――だとしたら、どうするのだ?」
その言葉で、ルルナの中で何かが切れる音がした。
「そんなの『決まってる』じゃない……!」
拳を握る力が更に強まった。顔には怒りが滲み、眉間にも皺が寄る。あの少女の何処に、こんな悲惨な結末を迎える運命にあったというのか。――そう思うだけで、ルルナは勝手に身体が動いていた。
「やめるんだっ!!」
そんな彼女の行動を遮ったのは他でもないシャルルだった。
「僕達の役目は終わったんだ。『僕達や周りの今の状況』を考えたら、これ以上の戦闘は望ましくないよ」
「でも……!」
逸る気持ちと許せない心が、いつまでも渦巻く。そんなルルナを『男』は愉快そうに眺めるから、より一掃腹わたが煮えくり返る。
「――素晴らしい。これ程までに強い魂を見れたのは、一体いつぶりの事か」
「悪いけどアナタが何を言ってるのか、ルルにはさっぱりよ」
「それで良い。愉しみは知らなければ知らない程、愉快さを増すからな。ではまた会おう」
「あっ! ちょ……!」
言いたい事だけを言うと、『男』はそのまま消え去ってしまった。
結局素性も碌に明かさないままで、ルルナからしたら魔法の一発でもせめて撃ちこんでやりたかった所だが、彼女にとって今重要なのはそれではない。
「そうだ、あの人を……!」
ルルナはただ、誰かを助けたいという純粋な気持ちだった。その傍らで、シャルルは横たわるロベルティの下に寄ると、特に何をするでもなくただ静かにその時が来るのを見ていた。
「何してんの! 早く助けないと!」
いつまでも救いの手を伸べないシャルルに業を煮やしたルルナは『ならば自分が』と、ロベルティを助けようとする。
「ちょっと離してよ!」
だが、シャルルは掴んだルルナの手を、言われた通りにする気はなれなかった。
「それでいいのかい? 彼が何者なのかを知ってて」
「分かってるよ! ……でも、でも!」
「どの道もう助からないよ。この様子じゃ一分ももたないし、普通のマナなんかとはまるで違う、凄まじいまでの高濃度のマナで浸食されてる。当然生半可な治癒魔法なんて効きやしない。そりゃまあ本気を出したらやれない事もないけど……」
――『そこまでの価値がある人間なのか?』と言いかけたその言葉は、敢えて飲み込んだ。
「た……頼みが……ある」
そんな時に、双子が立っている下の方からだったふと声が聞こえて来た。誰が発しているかは、今更言うまでもない。
「レイシアを……どうか……生かしてやってくれ」
「言われなくても僕達はそのつもりです。ユートゥルナに身柄を――」
「違う」
シャルルの言葉をロベルティは明確な意志で遮る。
「レイシアは既に死んでいる身……。この国……ユートゥルナに縛られる運命からはとうの昔に解放されているのだ。――だから」
ロベルティが犯した罪は確かに償いきれるものではない。それは双子も彼自身も知っていたし、今こうして自ら血を流しているのも『因果応報』と言えば、事実そうであり、彼もそれを受け入れようとしていた。
「君達の手で……どうかレイシアを連れて行ってくれまいか」
「は――!?」
さしものシャルルもまさかの申し出に戸惑いを隠せなかった。
「私は……こんなザマになってようやく気が付いた……。私は、ずっと憎んでいたあのライザスと……同じ道を辿ろうとしていたのだな……。所詮一人の人間だったという訳か……」
「何よそれ。今更そんな風に言ったって……アナタに対するルルの気持ちは変わらないい」
「……それで良い。私が何かを償うには……余りにも全てを傷つけ過ぎた。だがせめて……最後に一度だ、け……この手で、抱いてやりた、かったが……」
――既に瞳は閉じ、呼吸も弱々しい。
「私には……もう、その資格などない……」
残された選択肢は、この双子に託す事だけだった。
「すま、なかった……」
ロベルティが事切れ、胸にかけていた手がぽとりと落ちる。――その前に、ルルナが拾い上げて、強く、そして固く握りしめた。
「ねえシャル」
「なんだい」
「力ってさ、必要なのかな……?」
「さあね」
「ルル達ってさ、冒険してて誰かが死にそうになったりしても必ず助けたり、癒してあげたからこうやって『誰かが死ぬ』のってさ、見た事ないよね」
「そうだね」
「とっても辛いんだね」
「……こんな事も分からないくらい、僕達は何も知らないんだよ」
その言葉にシャルルは頷かず、別の方向へと歩き出す。
「ってあれ? どこ行くのー?」
「奥で眠ってるあの人も介抱してあげないと。ルティーヌさん……って言ったかな?」
「あ、ヤバ……どうするの?」
「こっそり裏門にでも置いておくよ。その内見張りの兵が気付くでしょ」
「レイシアに会わせなくていいの? 知り合いなんじゃないの?」
「期を見て話させればいい。ひとまず今は帰らないと、僕等も長居しすぎたからね」
レイシアが倒れたという事は、周囲の機械兵も沈黙したという事。今頃事態の確認を急いだり、アルカディアの生徒も帰還し始めているのは想像に難くない。
「ロベルティさんは……ここに置いてくしかないのかな。ちょっと可哀想だけど……」
「ルルナ。この人はあくまで敵だ。『そんなの』に情けをかけちゃいけない」
「うん……」
「さあ行こう。今回も色々『勉強』になった」
双子にとって、かつてこれ程までに後味の悪い戦いはなかった。勝っても晴々とせず、答えの無い自問自答を繰り返すばかり。
だがそれでも、守れたモノは確かにある。ルルナは両手で抱き上げた少女をせめてもの証とする事で、――――双子がアルカディア学園にいる意味をようやく掴み取れたのかも知れない。
「しかし、ただの試験のつもりが大変な事になっちゃったな。あの人にはどう説明したものか……」




