メディウムロイド・レイシア『★』
かつてユートゥルナの頂点に立つ巫女とまで呼ばれた、レイシア。
潤沢に溢れでる魔力は治癒の力に多大な恩恵を与え、ユートルゥナの人々を癒す為に数多くの貢献を果たして来た彼女だが、天が二物を与える事はなかった。
二物の内、一つは魔法を行使する上で必要な魔力。そしてもう一つは人が生き長らえる為に最も必要な生命力。それがレイシアには『不治の病』という名の下に、絶対的に不足していたのだ。
その上で過酷な運命に鞭打つ様に人との境遇にも恵まれず、不幸としか言いようがなかった彼女はそのまま若くして生涯を閉じる事となる。
「バトルセットアップ完了。マナペースメーカー及びナノイックシステムに異常なし。常時臨戦態勢に移行可能です」
――故に、今ここに立っている瑠璃色の髪をした少女は既に少女ではなく、ヒトとしての役目を終え、無機生命体として生まれた、新たにして全く別の命なのである。
「周りの状況は?」
「索敵開始――――周囲に目立った反応はありません」
「そうか。一般市民の反応は?」
「全て避難済のようです」
「メディウムロイドの状態は?」
「デュプリケートロイドを除いて、何らかの原因により2体とも活動不能に陥ってるようです。私からの電波を傍受できずマナの供給が滞っています」
「――そうか、流石はアルカディアの魔法騎士と言った所か。各種メディウムロイドの再複製にかかる所用時間は?」
「分子レベルから全構築にかかる時間は、一体につきおよそ80時間。構成されている物質がほぼ無機質である事から比較的短めで済むようです」
「やはり変わらぬか。今が交戦中でなければもっと多くのメディウムロイドも量産出来たのだろうが……まあ、これ以上の時間は設ける必要はないだろう」
「補足を加えると、オリジナルである私の完全複製にはこの肉体に含まれし全細胞、数にしておよそ30兆個を1から生成する必要があります。これを時間に換算するとおよそ1秒間に百個となり、年間として換算するとおおよそ9500年の時間が必要と――」
「いや、もういい。別にレイシアは一人で十分だ。今までのは単なる『前座』なのだからな」
「現在も魔法騎士達は大した障害もなく、順調に敵数を減らしていってる模様です」
「ならば遠慮はいるまい。ジャミングスペルも問題なく機能しているな?」
「はい。この半径2メトロンに敷いた【狭帯域妨害電磁波魔法】によってユートゥルナ軍は当然の事、アルカディアの騎士等からも今現在発見されている様子はありません」
「ならばよし。……レイシア」
「はい」
「お前の手であの城を……魔法という呪縛に憑りつかれたユートゥルナの全てを壊せ」
「全て――それは、ルティーヌもですか?」
「……珍しいな。今のお前が質問するとはな」
「申し訳ありません。この【メディウムロイド・レイシア】というオリジナルの個体に残された1%の自我が、ルティーヌと生前に起きていた何らかの事象と因果し、マスター・ロベルティに意図せず確認してしまったようです」
「いや、問題ない。北側を中心にに配置した機械兵もまだ動いているようだし、機は熟している。このまま予定通り城に侵入して、あの愚王ライザスを初めとする王家の血筋を根絶やしにするのだ。ルティーヌの処遇については、その時にもう一度考える」
「了解しまし――――。……マスター・ロベルティ、『何者か』がこちらに向かってきます」
「……なんだと? まさか、アルカディアの騎士が勘付いたとでも言うのか?」
「いえ違います。――――これは」
遠くから破壊音だけが時折鳴り響く静寂な街の片隅から現れたのは、レイシアと同じくらいの背格好をした、一人の黒髪の少女。
そんな少女の顔は陰気に包まれており、目の前に立つレイシアとロベルティを交互に見比べる。
「……ロベルティ、お久しぶりです。それに……レイシアも」
「これはこれは、噂をすればというやつか」
「一体どういう事なのでしょうか? このルティーヌには何も分かりません。説明してくれますか?」
「それをする分には簡単だ。が、してしまえば、私は君の命を奪わなくてはいけなくなる。君はレイシアと長く寄り添っていた間柄でもある故に、出来れば手を汚させたくはない。大人しく立ち去ってはくれないか?」
「……何故です」
「私はあの愚王を許す事は出来ないのだよ。当然それに与する者共も、だ。……もう一度言う、命欲しくばここから去れ。出来ないのならば、ルティーヌ様とて例外ではない」
「それはつまり、この戦いは貴方がけしかけているという認識で間違いないのですね?」
「答える義務はない――」
ロベルティの身体の奥底から放たれるただならぬ気配に、ルティーヌは思わず身構え、ロベルティはそのままレイシアに命を下す。
「くく。ここまで来れば、最早隠す必要もあるまい。――レイシア!」
「はい。これより『最終警告』を開始します。――【生成】、ミスリルハンマー」
無気力に答えるレイシアは、鎚の部分だけで自身の胴体と同じだけの大きさをした巨大なハンマーを生成し、出現させる。
そしてそのまま両手で柄を掴んだまま、ごく自然な動作で鎚を地面に置くと、それだけで鈍重な振動音がルティーヌに伝わる。
「れ……レイシア?」
「見ての通り。私とレイシアは新たな可能性を手にした。――魔法と機械の二つの力を私達に――――貴様等が抗う術はない! さあレイシア、お前の前に立ちはだかる者は全て倒すのだッ!」
「マスター・ロベルティからの命です。大人しく退かないならば、今から貴方を撃破します」
「ねえ……ちょっと待ってよ。いつからそんな腕力を身に付けたのよ……? あんなに病弱だったレイシアが、いつの間に元気になったっていうの?」
「病弱――元気――。その言葉は人間に当てはまる言葉であって、私は既に人間ではありません。私の肉体にあるマナペースメーカーを基盤にして体内に投入されたナノイックマシンにより自己生成、自己修復、自己複製の能力を持った『メディウムロイド・レイシア』です」
「……なんなのよそれ。貴方が何を言ってるのか分からないわ」
「説明したくとも、今の私に発言権はありません。マスターの命によって動くだけの『機械』ですから」
「……一体どうして? つい昨日まで穏やかだったユートゥルナが、どうしてこんな目に遭っているのです!? 城を去ってからロベルティに何があったというのです!? この機械どもを差し向けたのは本当に貴方なのですか!? レイシアは……何故こんなにも『変わり果てて』いるのですか!? 早く――――答えてッ!!!」
ルティーヌがそれまで内に溜めこんでいた負の念が一気に吐き出され、喉が枯れてしまいそうな勢いで捲し立てる。
――それを見たロベルティは表情一つ変えずに、眉一つ動かさず、ただ静かに口を開いた。
「全てを知りたくば、戦うしかない。それができぬのなら、黙って去るのだ」
ルティーヌがどれだけ感情を込めて思いの内を明けても、二人から帰って来る返事はどれも冷酷な答えばかり。むしろ聞けば聞く程、どんどんルティーヌの知っているレイシアではなくなり、その度にルティーヌの『何か』が崩れていく。
『――さあ、退いて下さい』
今までに秘めた思い出と葛藤する暇もなく、ルティーヌの中にレイシアの言葉がじんわりと滲んで来る。その間にもレイシアは確実に歩を進め、決断を早く早くと急かす。
ルティーヌに駆け巡ったのは、遠い昔のレイシアとの幼き日々の日常と、少しばかり前に自分の部屋で眼下に見下ろした火の手が上がるユートゥルナの街並み。
ルティーヌは巫女である前に、ライザスの王女。そしてユートゥルナでも指折りの屈指の魔力を誇る『紅蓮の巫女』。
とすれば、彼女に与えられた選択肢はやはり『一つ』しかなく――――。
「私は……私は……ッ!」
「撤退の意志無しと判断。これより攻撃を開始します」
かつて友だったレイシアの姿はそこにはなく、一人の敵として立ち塞がるのみ。何の迷いもなくミスリルハンマーを振りかざそうとする姿を見て、ルティーヌは決意する。
「――具現せよ! 紅蓮の炎を纏いし、我が魔剣――『フランヴェルジュ』!」
ルティーヌが持ったのはうねりを持つ細身の刀身でありながらも、そこから放たれる炎は鮮やかな紅色を彩った魔法の剣。
そして正面から迫り来る巨大なハンマーとぶつかり合い、その圧倒的質量にも決して力負けせず、遂には火花を散らしながらもそのまま弾き返してしまう。
それを後ろで見ているロベルティは、ただただ興味深げに感嘆ばかり。
「……素晴らしい魔力だ。従来のマナロイドからレイシアに転送した、数百種類に及ぶ白兵戦用の戦闘プログラムにも対応するその単純な戦闘力。やはり、貴方は『危険』に値する!」




