黒に揺れし、紅蓮の巫女『★』
――ユートゥルナ城・王女の部屋――
昨日まで穏やかだった街から一変、突如戦火に包まれたユートゥルナ。
現国王ライザスの娘にして王女でもあるルティーヌは一人、ユートゥルナ城の自室にあるベッドに腰掛けながら俯いていた。
「城内に敵が来るまで落ち着いて待っていろって言われたって……。皆が戦ってるのに私だけこれじゃかえって落ち着かないわ……」
ふと窓の外を見れば、各地で火の手が上がり戦いが収まる気配はまるでない。
城自体が特殊な結界によって守られている事から、そう易々と侵入を許す事はないが、自分だけ一人除け者にされてる風に思ったルティーヌは一人で部屋を無駄に右往左往し、腰まで伸びた漆黒に艶めく髪もその身を翻す度に緩やかに揺れる。
魔法王国として名高いユートルゥナは巫女の治癒技術だけでなく、単純な魔法の才能においても秀でた者が多く、中でもルティーヌはとりわけ巫女としての才能よりも攻撃的な能力に秀でた、所謂『魔法使い(ソーサラー)』としての才能に優れていた。
とは言え、巫女は巫女。ルティーヌの本分は攻撃の為の魔法ではなく、人々を癒す為の魔法だ。
しかしそれも約2年前から『巫女』としての需要はレイシアのみにばかり高まり、今では治癒を施した事など数えるくらいしかしていないルティーヌ。
これだけを聞けば、ほとんどの者は何故片方の巫女にばかりと思うであろう。が、それは至極当然の事だったのだ。
何故ならば、レイシアが治せる病気はルティーヌには治せなかったから――。
たったそれだけの事だが、だからこそ、今の自分があるのは全て決まり切っていた運命。
だからこそ、運命に抗う事など不可能だと悟り、彼女からは次第に嫉妬の心すらも薄れつつあった。
――諦めれば、全部が楽になる。虚無を抱きながら眠れれば、それでいい。
そう思いながら、その身をベッドに投げ出そうとする。
『――成る程。中々に深い闇だ』
それは今までルティーヌが聞いた事のない、低く重みのあるはっきりとした『男性』の声。
心臓がどきりと跳ねたルティーヌは思わず勢いよく起き上がり、声のした方へと身体ごと目を向ける。
「だ……誰ですか貴方は!? え、衛兵は!? 早くっ!!」
「無駄だ。この空間は一時的にだが現世と切り離させてもらった。今の俺には少々負担のかかる業だが、これほど瑞々しく潤った【闇】を見つけてしまうとつい張り切ってしまってな」
――相手が何を言ってるのかまるで分からない。ひと欠けらも理解できない。
そんな恐怖に慄いたルティーヌの感情を知ってか知らずか、男はつかつかと歩み寄って来る。
「……こ、来ないで! 私がユートゥルナの加護を受けし『紅蓮の巫女・ルティーヌ』と知っての狼藉でしょうね! 火の魔法をこの国で最も高度に扱える私にとって、貴方程度の男を焼き尽くすくらい造作もないわ!」
「ならば何故怯えている?」
「貴方には関係ないッ!」
「関係ない――か。そう言われるとそれまでだが、それだと『話』が終わってしまうのでな」
「話……ですって?」
「そうだ。今お前は巫女と言ったが、その言葉に嘘偽りはあるまい?」
「……そうよ。それがなんだって言うのよ」
「今のお前には『疎ましく思い、消えてほしいとまで願っていた』もう一人の巫女がいる。そうだろう?」
その言葉に、ルティーヌは目を大きく見開く。――が、たじろいだのは一瞬で、すぐに元の鞘に収まったかのように再び強気な姿勢に戻る。
「……言ってる意味が分からないわ。いいから早く去りなさい!」
「くくっ。まあ聞け、別にお前にとって悪い話ではない」
「だから『話』って言われてもさっきから何が何だか――」
男はルティーヌの言葉を待たずに、自分から話したいと言わんばかりに饒舌に語り出す。
「まず最初に、この争乱を起こしているのは誰なのか知っているか?」
「……仮に知ってたとして、それをどこの馬の骨か分からない貴方に教える筋合いは全くないわね」
「成る程な、最もだ」
ならば――と、男は佇まいを改め、少し雰囲気を変えて再び言葉を紡ぎ出す。
「――この城に、間も無く終焉の時が訪れようとしている。それもとある『巫女』の存在によってだ」
「巫女……ですって? 増々意味が分からないし、一体誰がそんなユートルゥナ様に背くような冒涜を犯す者がいるって言うのよ」
「ふむ。お前が『とてもよく知った巫女』――とでも言えば、分かるか?」
その言葉に、今度こそルティーヌは全身に悪寒が襲い、何かを言おうとしても、目の前の現実を受け入れられず、ただどもるばかり。
「っ……な……。なっ……何を言ってるの! ふざけないで、レイシアは私の親友よ! あの優しい子がそんな事する筈がないわ!」
「ふむ、我はレイシアなどと一言も言ってはいないのだが」
「っ……! この……!」
本来目の前にいる男などただの不審者で、即刻魔法で消し炭にしてもなんらおかしくはない。――のに、魔法を使うどころかその場から動く事すら適わない。
何かを言うだけで、それだけで全てを見透かされそうな――――いや既に見透かされているのではないかと、恐怖とも畏怖ともまた違った負の感情に押し潰されそうになる。
そんなルティーヌを男は愉快そうに見つめ、また一歩近づく。
「最も――彼女は既に巫女としての存在ではなく、狂いし父によって操られた、ただの『生ける傀儡』だがな。その様は、さしずめ最後にひと際輝く蝋燭の灯。ならば、その灯は唯一無二の友として一思いに消し去ってやるのが、せめてもの優しさであろう?」
「狂いし父ですって……? ま、まさかロベルティ様が、この争いを起こしているとでも言うの!?」
「さてな、それはお前自身の目で確かめる事だ」
「貴方は……。貴方は一体何を知っているというのよ!」
「我の事などどうでもいい。要はお前が動くかどうかそれが全てだ。お前が知りたい『答え』は全てその先にある」
「馬鹿言わないで! 私はこの城にいる皆を守らなくてはいけないのよ。私がいなくなったら誰がこの城の皆を――」
「心配せずとも、あやつらはこの場所を目指している。外にいる俗物共では、あの者らを止める事など出来はしないだろう。お前に与えられた『選択肢』は二つ。ここでのんびりと指を咥えて待ち、多くの犠牲を払った後に、雌雄を決する為にあの巫女と会うか。それとも王女という立場を捨てた上で、他の犠牲が少ない内に会うか――――さて、お前はどちらが最善だと思うのだ?」
「……何よそれ。何が言いたいのよ。私に……どうしろと言うのよ!」
「分かっているのだろう? この城の事など心配せずとも、お前が死ねばどちらにしろこの国の未来は無い。即ち『終わり』だ」
男は言い終わると、無数の色を持った不可思議で妖しげな空間を出現させる。
「さあ――行くがよい。この空間は人気の無い城の南へと続いている。抜けた先で誰かに見つかる事はないだろう」
男の誘いに導かれるままに、ルティーヌは無意識に歩き出し、そして――
「レイシア……一体、何が起こってるっていうの……!」
一目散に駆け抜けると、最後に残ったのは男のみ。
「さて――――これで役者は全て揃ったか。精々新たな【闇】が生まれる事を期待しようか」




