今回ルルはいません……
――アルカディア学園・渡り廊下――
学園の課題で求められた素材を探す為に、フリーダンジョンへと繋がる転移魔法陣へと向かっていたシャルルとアム。
しかしそこにいつも隣り合わせで経っていたルルナの姿はなかった。
「なあシャルル、ルルナはともかくリアンくらいは連れてきた方がよかったんじゃねーの?」
「それこそダメだね。ルルナを一人にさせたら抜け出すに決まってるし、僕が隣にいたって何かと理由につけてサボろうとする」
「だから純粋に素直なリアンを隣につけさせて、心理的にルルナを追い詰めたってか?」
「あれだけ素直だと逆にルルナは抜け出しづらいだろうからね。リアンには悪い事させたけど、ああでもしないとレポート提出やら色々終わらないからね……」
学園側から提出される定期課題は筆記用と実技用の二つに分けた課題がほとんどだったが、頭より体を動かす事が好きなルルナが目に行くのは、当然ながら実際のダンジョンに行ったりして素材を集めたりモンスターを討伐する『実技課題』だ。
机に向かってひたすら書き殴る『筆記課題』などハナから目に行ってなかったが、勝手知ったる我が家ならまだしも、多数の生徒が集まる学園でそんな『ルルナの愚行』を見逃すわけにはいかなかった。
「模擬戦は明日だからね。その前に面倒な案件はさっさと片づけておかないと」
「昨日の今日で忙しいな……。なんだかアタシ厄介な人達と知り合ってしまった気がするよ」
今更において自分の置かれた立場を再確認し、その結果予感めいてしまったアム。奇しくもその『予感』は色々な意味で当たる羽目となってしまうのだが。
「まあいいか……。で、今回は何しに行くんだ?」
「Dランク相当のダンジョンにある『銀鉱石』が目当てだね。リアンに用意されている課題素材で、どうやら4つ必要らしいからそれを取りに行くんだ」
「ふーん。それは、あんた達双子にも用がある素材なのか?」
「いや、特には」
淡々と述べてやがて着いた転移ゲートの中央に立つシャルル。少し遅れてアムが入ろうとする――が、後一歩の所で不意にその足が止まる。
「自分達にはまるで用がないのに、わざわざ取りに行くってのか? いくら同じ仲間内の為とは言ってもさ、よく足を運ぶ気になれるね」
「リアンにはルルナの監視役をしてもらってるからね。まあ所謂、等価交換ってところかな」
「それもちょっと違うと思うけどな……」
「別に構わないんだ。僕はともかく、ルルナがここに来たのはあくまで『人生勉強』だしね。言い方としてはとても嫌味になっちゃうけど、僕等が求めてるのは強さとか魔法とか、そんなのじゃないから」
「まあ、あの世界最高峰のレイドモンスターである『竜王バハムート』をあんた達二人で倒しちまったんだろ? そりゃ強さなんてどうでもよくなるだろーね。……正直アタシ程度の頭じゃ実感の欠片も沸かないけどもさ」
「僕等は小さい頃からそうやって育てられて来たからね。もっと言ってしまえばこの才能や力だって僕達の力じゃない。父さんの勇者としての力と、母さんの魔王としての知恵をたまたま効率よく受け継いだ賜物ってだけの話だから」
シャルルはどこまでも客観的だった。誇張する訳でもなければ卑下する訳でもない、これは所詮運命の一つに過ぎないのだと、ただ冷静に自分を見ていた。
「……だからこそ、だよね。僕達は『世の中を本当に何も知らない』って事を、ここで毎日過ごす度に痛感させられるよ」
何処を見つめるでもない、ずっと遠くを見つめるシャルルの瞳にアムは何も答えなかった。いや、答えられなかったという表現が正しいだろう。
やがてお互いに言いたい事がなくなると、今度こそアムは転移ゲートの中へと入っていった。
* * *
――レギアーラ峡谷・入口(ダンジョンランク『D』)――
高く反り立った二対の岩肌の間には荒々しく流れる清流。人間だと移動できる範囲がかなり限られてしまい、迂闊に魔物と出くわすと地の利でも劣勢に立たされて否が応でも苦戦を強いられる。
目の前に出くわしたモンスター全てと戦うだけが全てではなく、時としては『逃げる』という選択肢も入れなくてはいけない。更にダンジョン自体も他の場所と比べて攻略範囲が広く、あれもこれもと悪戯に手を伸ばすとあっという間に体力や魔力が尽きてしまう、そんな冒険者としての判断も迫られるダンジョンだった。
「まさかとは思うが、二人だけで最奥部に行こうだなんて言わねーよな?」
「そんな事はしないよ。目的の『銀鉱石』を手に入れたら引き返すさ」
「敵との戦闘はどうするんだ?」
「他の生徒も踏み入れてるだろうし、大人しく序列通りの力で戦うしかないかな」
「……一匹二匹ならいいけど、それ以上は逃げるしかないな」
「予め配布されてるダンジョンデータによれば、銀鉱石は中盤以降にあるらしいからそれを手に入れるまでの我慢だね。撤退の目途がつくまで余力は残しておきたいし」
「オッケー。んじゃ……走り抜けるぜ!」
武器を構えながらも、アムを先頭に目的地までひた走る。
道すがらやはりモンスターは現れるが、進路を塞ぐモンスターだけを相手にして、少しでも長引くような戦いならば迷わず離脱する。
――――
――
目的の採取地まで着くのは割と早かった。
銀鉱石がある場所で必要な数を取ったら速やかにこのダンジョンから立ち去る。
採取行動をしている間は無防備になる為、シャルルの背後をアムが警戒しながら落ち着いて銀鉱石を探す。
「シャルル、まだ時間かかりそうか?」
「あと一つだね。このダンジョンランクだとギリギリ入手できる素材だから入手率そのものが良くないんだよね。……これも違う」
「それは仕方ないさ。アタシ達二人じゃ難しいダンジョンはいけないし、そもそもココだって割と危ない場所だ」
「……そう言われると、僕が『敵から逃げる事自体』が確かに初めてかも知れない」
「いやいや待てよ。本来有り得ない強さなのに、シャルルにとっちゃこのダンジョン程度の敵なんて雑魚だろ? なのに、仕方なく逃げなくちゃならないってのは相当プライドが傷むと思うんだがよ」
「うーん、僕自身はどうも思わないかなあ。……ああ、でもルルナだったら意地でも倒すって言うかも」
「……ホント、食えない双子達だよ」
アムが呆れている頃に、丁度シャルルは銀鉱石を集め終わっていた。
これでこのダンジョンに用はないと、二人は持っていた脱出用の転移魔法石で帰ろうとした。
「――――おやあ、そこにいるのはもしや『あのアム』さんじゃありませんかー? こんな場所で会うとは、とんだ偶然ですねえ」
「アンタは……」
そんな時だった。奥から歩いて来た一つのパーティに不意に声を掛けられたのは。
4人で編成していたパーティで、その中から声を掛けたのは先頭を歩くリーダー格のような男性生徒だった。
一見シャルルやアム達と同じような立場の生徒達だが、来ている制服の基礎的な仕組みは同じなれど所々に豪華な装飾が施されたり、より格式の高い格好に見せている『それ』は『確かな一軍の生徒』である事を示していた。
「昨日といい今日といい、アタシは濃い人達とばかり会うね。……その左胸につけてる派手なバッジからして間違いないみたいだね。アタシの事をよく覚えてるじゃんか――ねえ『カーレル』」
「ははは。アムさんが『エレメンタラー』から抜けてしまったから、晴れて俺はギルド随一のタンカーになれましたよ。とても感謝しています」
「はっ、感謝だあ? よく言うね、日頃からギルドのリーダーやマネージャー連中にアタシの悪口吐きまくってた癖にさ」
「悪口? いえいえあれは意見ですから。聡明な一軍ギルドである『エレメンタラーのタンカー』とはいえいささか己の力に過信しすぎではないかとね」
「別にあん時のアタシは過信なんかしてないよ」
「その結果、後ろのパーティメンバーに気を遣われて、挙句そのメンバーを庇って自分が大怪我を負ってしまったのにですか?」
「アタシは3回も言ったんだけどな。危ないから離れてろってね」
「いやいや、連携が何より重視されるスレイヤーズマッチではいくらタンカーといえど、あれではただの単独行動だったでしょう?」
「……ああそうだな。だからアタシはその責任取って『エレメンタラー』を抜けたんだよ。それともまだ何か言いたいのか? エレメンタラーの『現最高タンカーであるカーレル』さん?」
「ほらほらすぐそうやって挑発をする。タンカーの悪い癖ですよ?」
「基本だからな。基本に則って何か問題でもあんのかよ?」
「タンカーイコール挑発スキルなんて時代錯誤もいいとこですし、何より今は火力偏重の環境です。今のアナタ程度の防御力で全ての攻撃なんて引き受けたらあっという間に溶けちゃいますから。まあ、そもそも歴史の古いドワーフ族ですから、考え自体も古くなってしまうのは仕方ないんですかねえ?」
お互いに煽り合いは平行線をたどり、口論では一向にケリがつかない。
そんな厳しい視線で睨むアムに対し声を掛けたのはシャルルだった。
「アム、明日は模擬戦で忙しくなる。……僕等は僕等の今やれる事をしよう」
「……そうだな。すまない余計な時間を取らせて」
これ以上話していても時間の無駄だと思った二人は、カーレルの後ろでほくそ笑むパーティ一行達を尻目に帰ろうとする。
だが、カーレルはまだ言い足りないとばかりに再び質問を投げ掛けるのだった。
「ああそうだ、最後に聞かせて下さいよ。貴方の今の序列は?」
「……30971位だよ」
「さ、三万!? おやおや! かつては序列100番台にまでいた事のある貴方様が、よもや3万位もの落第っぷりですか!?」
「よく言うな。どうせ知ってたくせによ」
「とんでもない! 俺は本人の口から聞くまで信じないタチですからね! さて、聞きたい事も聞けましたし、俺達も帰るとしましょうか!」
わざわざ転移せずともこちらからいなくなってやると言いたげな彼らの背中をシャルルは見届けたが、アムは別の方角をじっと見つめるだけで、そこには怒りや悲しみといった感情はなかった。
「大丈夫、いつかケリをつけるさ。心配すんなシャルル」
「別に心配はしてないよ。アムなら僕等が出るまでもなく自力で復活するさ」
「へえ、言ってくれんじゃねーのさ」
「幸か不幸か、人の強さを見抜く目を身に付けてしまってるしね。恨むなら僕の両親を恨んでほしいけれども」
「ははっ。憎さを通り越していっそ清々しいな。アタシの『土竜の雫』を守ってくれたのがあんた達だったのが、アタシにとって人生最大の救いになったかもな!」
「これまた随分大袈裟だね」
「暗く生きるのはドワーフ族の性に合わないからね! それにさっきまでは不安だったけど、今はなんだかワクワクしてきたよ!」
思わぬ所で出会いがあったアムだが、彼女はこの学園においてこれまでにない新たな道を見つけた事に歓びを感じたまま学園へと帰還する事にしたのだった。
* * *
学園から離れた雑木林の中で不穏な会話をしていたのは、真っ黒なコートとフードに包んだ中背くらいの背丈をした男性と、学園の制服を着た一人の女性生徒。
男性の方はフードで目元まで覆ってしまっていて表情を窺いづらかったが、にやりと歪めた口元からして到底穏やかな会話ではないのは、女性生徒の怪訝さに満ちた眉と瞳が物語っていた。
「……本当にこれで二軍に上がれるのね?」
「間違いないとも。10日後に控えているスレイヤーズマッチでも、これさえあれば引けなど取らんさ」
「でも、本当に使っていいのかどうか……」
「なーに心配などご無用だ。既に学園側には余計な素振りを見せた時点で『それなりの対応をさせて貰う』と釘は刺してある。それにこれはドーピングアイテムではない、あくまで遠隔魔法操作によって行われる『バフ行為』だ」
「でも『理性を著しく奪われる』って聞いたわ! そんな危険なモノを装備して、命の保証は本当にあるの!?」
「個人の理性限界を超えて身体能力を向上させるからな。STRやAGIを超増幅させる代わりにRESやDEXが低下するのは致し方ない事だ」
「それじゃまるでバーサーカーじゃない! 私はそこまでして強さを求める気なんかないわよ!」
「別に我々としても無理強いはしないさ。本当に使うかどうかは、その時になってお前の判断に委ねればいい」
あくまでも選択権は自分次第と勧める男性は、ひとしきり会話が終わるタイミングで一つの小さなピアスを差し出す。
見た目は何の変哲もない赤い宝石で飾られた、ごく普通の装飾品だった。
「その宝石には向こう側から送られてくる、ごく微量の魔法電波をキャッチする受信機の役割を果たしている。もし力が欲しいのなら、その宝石に魔力を込めるのだけでいい。――じゃあな」
「あっ! ちょっ……!」
言いたい事を言い終えると背を向けて立ち去る男。
後に残ったのは、手の平に置かれたピアスを神妙な顔で握りしめた一人の少女の姿だけだった。




