やらかしてしまいました……『★』
――ハピウル坑道・B4F(ダンジョンランク『C+』)――
この日、一人の少女は『一つの転換期』を迎える事になる。
アルカディア学園に在席している『ドワーフ族・アム』は種族特有である背の低い姿をした正真正銘の少女ながらも、つい一年ほど前までは一軍のとあるギルドに所属していた。
ダンジョン攻略やスレイヤーズマッチにおいても常に前衛を張り、他のメンバーからも絶大な信頼を置かれていて、このまま活躍を続ければエースオブアルカディアとして上り詰める事も夢ではないまでに輝かしい学園生活を送っていた。
――だが、そんな将来有望なアムが不運に見舞われたのはとあるスレイヤーズマッチの最中だった。
学園の施設内にある疑似フィールドで行われた7対7の戦いで味方を庇ったアムは後遺症が強く残る重傷を負ってしまい、その傷を完治させるには超高等ランクの治療薬でも5分5分といった所だった。
そして治療を行おうにも薬の肝心の素材となるものはどれもレアなものばかり。意を決してダンジョンに挑もうにも、彼女の為に我が身を粉にできるメンバーなどいなかった。
――とすれば、彼女に待ち受けていたのは『ギルド除外』だった。
怪我をした当初は碌に歩く事すらもできずただ途方にくれるばかりのアム。
それでも何とか自分をもう一度取り戻したいと、自力で治せる部分まで治した結果、今では単身でそれなりのダンジョンに挑めるにまで回復を遂げていた。
が、それはあくまで『それなり』の話。以前まで一軍にいた頃と比べると、見る影も無くなったのは言うまでもない。
それでもアムは諦めなかった。諦めきれなかった。
もう一度表舞台に上がって、存分にアムの相棒である大斧を振り回したい。可能性が1%でもあるならば、それに賭けたい。
その想いだけで、彼女はあらゆる者の全ての傷をたちどころに治してしまう伝説の秘薬『七竜の雫』の素材を求めて今日もダンジョンを潜っていた。
「や……やった……287体目のアシャトゥナドラゴンで『土竜の雫』がやっと出た……! これで残り5種類……!」
真っ赤な髪をツインテールに結び、炎色の瞳をぎらつかせながら歓喜の余韻に浸る。
単身でこのダンジョンに潜り始めて一ヶ月、そして今日の探索では6時間にも及んでいた。その長い忍耐の末に、アムにとって念願の素材アイテムを手に入れた瞬間だった。
「よしこれで後は帰るだけ……」
これでこのままめでたく帰還――とはならなかった。
「おっと。ちょーっと待った」
あまりにタイミングよく、通路の曲がり角からひょっこりと姿を現したのは、盗賊の格好をした一人のやさぐれた青年だった。
「まさか……ずっと前から誰かに見られてる気がすると思ったら、アンタがアタシの事をつけて見張ってたのね!」
「ご・明・察。いやー二週間も見張ってて流石に潮時かと思った時にその『超レアアイテム』をゲットするんだもんなあ。いやー流石はもと一軍ギルド『エレメンタラー』所属のアム様だ」
「なんでそこまで情報を知ってんのよ……」
「ま、そこはとある盗賊事情ってやつでね。さて、俺が何の為にアンタをつけてたかなんて、今更言うまでもないよなあ?」
喜びから一転、最大級の警戒心を露わにするアム。
腰巾着に入れた『土竜の雫』を袋ごと握りしめ、意地でも渡す訳にはいかないと再び斧を握りしめる。
「アンタ、シーフの中でも盗みに特化させた『スティーラー』ね」
「さっすがよく知ってんねえ。でも俺は奪う気なんかないさ。ただ『ソイツ』とトレードしたいだけだからね。大人しく渡してくれりゃあ、こっちだってそれなりのアイテムは渡すさ」
「いらないわよ。今のアタシにとってはこれが全てよ。100万ゴルドでも渡してくれない限り、到底割に合わないわね」
「参ったなーそんな大金はねえな。……だからこそ、ソイツには価値があるんだよな!」
――男の動きは素早かった。少しでも気を抜いてしまったら、間違いなくこの袋ごと『土竜の雫』は盗まれるのは明らかだった。
「アンタ、どのギルドに所属してる生徒よ! こんな事して学園や最悪警察にでもばれたら、グリモアロードはおろか当分牢獄の中なのよ!?」
「んな事知っててやってんだっての。だからこそ『ソロ攻略は本来非推奨』になってんのも、これが理由の一つだって事くらい、元一軍のアム様ならご存知じゃないかな?」
七竜の雫の材料を初めとする、各々の竜の雫は難易度の低いダンジョンに生息するドラゴンだと、その入手確率は気が遠くなるほど低い。
それでも、実力が成熟しきってない内は手に入る確率は絶望的に低くとも、一攫千金や下剋上を夢見て、単身で潜る冒険者や生徒なども珍しくはなかった。
――だが、それ故だ。悪巧みをする者からもつけ狙われる『リスク』があるのも。
今ではほとんどの生徒にも周知されていて、勿論悪いのは盗む側。だがそれは『盗まれる方も悪い』という自己警戒心の弱さも同時に指摘され、最終的には泣き寝入りとなってしまうパターンがほとんど。
……となれば、やはり自分の身は自分で守るしかなくなるのだ。
悪事に利用される者は『まさか自分に限って』というまさかの状況に置かれる者が多い。それは彼女もやはり同じで『まさか狙われるとは』と、自身でも夢にも思っていなかったのだろう。
「やだよ……。アタシはまだ戦いたいのよ……! だから、こんな所でアンタみたいな下衆に夢を潰される訳にはいかないのよッ!」
「そうかい。ソイツはご苦労様だが、足腰ががくがく震えてるぜ? このダンジョンに潜りっぱなしで相当体力奪われてんだろ?」
素人目にも分かるまでに、今やアムは憔悴しきっていた。
ましてや『土竜の雫』が手に入って、力が抜けきった後の奇襲だから尚更だ。
「へへっ――隙ありっとぉ!」
「な――しまった!」
弱った膝にもう一度力を入れようと、一旦下を向いたのが命取りだった。
腰に何か触れる感覚がしたかとアムが察した頃には、既に盗賊は背後にまで回っていて、手の平で転がして遊んでいた。
「いっちょ上がりっと。……くひゃ、くひゃははは! やったぜ、これで俺も一気に大金持ちだぜええ!」
「イヤあっ! お願い返してえ! ここまで来てやっと手に入れたのにッ!」
「んな事知るかっつの、ひゃはは! じゃ今までご苦労さんでしたアム様、俺はこれにて――」
アムの悲痛な叫びにも動じず、くるりと身を翻し脱出アイテムで脱出しようとした。
――――そんな時だった。
「……ん? あれ?」
アイテムを使おうと、スイッチらしきものを押すが、反応がない。
二度三度――――五度六度。何度連打しても乾いたスイッチの音が鳴るだけで、うんともすんとも言わない。
「お、おいおい! どうなってやがんだ! まさかの不良品かぁ!? チクショ、しゃあねえけど自力で帰るしか――」
盗賊がダッシュして三歩程進んだ所で、真正面から何かにぶつかったように突然派手な衝撃音が響くと、そのまま倒れてしまう。
「ふ、ふざけんなよアアッ!? 一体誰のトラップだぁ!?」
鼻や額を真っ赤にしながらも、今度はアムがいる方向目掛けて突っ走る。悪態をつく暇があれば一刻も早く逃げるべきと、盗っ人としての根性でまたも走る。
――が、今度は反対方向にも見えない壁に阻まれ激突する。
残された方向は本来の岩肌でできた壁ばかり。
つまりこの泥棒は、気付かぬうちに完全に閉じ込められてしまっていた。
「――あのさぁ、シャルも意地悪じゃない? 普通に取り返した方が早かったとルル思うけどなー?」
「万が一にでも目視できる以外の手段でワープでもさせられたら、ちょっと厄介だからね。僕等がここに来たのは『単なる探索目的の偶然』だし、悪人を捕まえるにはまず外堀からきっちり埋めないと」
アムの背後から現れたのはシャルルとルルナの二人だった。
いつものおどけたルルナと、それに対して平静に受け答えするいつものシャルル。渦中の人物だったアムと盗賊はまるで異空間から出現したような登場っぷりにしばし戸惑うが、すぐに開き直ったのは盗賊だった。
「んだよぉテメエら!? この罠を仕掛けやがったのはテメエらかあッ!」
「僕が答える義務はないね。貴方の好きな想像通りに――」
そしてシャルルは何か魔法を唱えると――盗賊の頭上に出現したのは『大きな金タライ』だった。
頭に血がすっかり上り切っていた盗賊は、当然それに気付ける筈もなく――。
……がぁぁぁん。
重力に従うまま落ちた『タライ』は盗賊の頭にクリーンヒットして、そのままふらふらと倒れて気絶する。
盗賊が再び起き上がる気配が無いのを確認すると、ルルナはとことこと近づき身体のあちこちをまさぐる。
「およそ一分の記憶喪失効果も持つ僕特性のタライはよく効いたみたいだね。……ああ、忘れる所だった。ルルナお願い」
「ほいほい。……えっとーあったあった、これかな? ――はいコレ」
ひょいとルルナはアムに手渡すと、そのままにこりと微笑む。
「あ……ありがと。どこの誰かは知らないけど、本当に恩に着るわ……」
斧を背中に収めたアムは双子に対し、深く深く頭を下げた。
「あわわ、いいんだよ別に! ルルが黙って見てられなかっただけだから!」
「それに僕達がここにいたのは本当にただ偶然でしたので。……ではこれにて」
元々身の丈以上の力は見せられない双子にとって、やむを得ない状況だったとしてもシャルルにとってはかなり危険な橋だったと危惧していた。
ならばこれ以上に話続けて余計な情報を与える必要もないと、そう思ったシャルルはルルナを強引に背を向けさせて立ち去ろうとする。
「ねえ待って! あんた達のその制服、アタシと同じ三軍の制服よね? 三軍なのにあんな芸当できるなんて、スゴイじゃない!」
背を向けたシャルルの背中がぎくりと反応する。
「……い、いえ。別に大した事じゃありませんよ?」
「さっきの流れで聞いてたと思うけど、アタシ『ドワーフ族のアム』って言うの。このお礼をいつかしたいから、よかったら名前を聞かせて!」
「名乗る程の――」「ルルって言うの! こっちはシャル! ルルナとシャルルの双子だよっ!」
悩んでる間に素直なルルナは答えてしまった。
不味い。これは不味い流れだとあたふたするシャルルなど気にも留めず、ルルナはどんどん持ち前の人懐っこさでアムとあっという間に意気投合する。
「実はね、アタシも前までは一軍で頑張ってたんだけどさ。今じゃ色々あって序列が30971位まで落ちちゃったよ。上がるのは大変だけど、落ちるのはホント早いね……」
「へーそうなんだ、でも気にしなくてもいいんじゃない? ルルだって序列は32180位でとっても低いんだよ!」
(る、ルルナ……。それ以上いけない)
(へ? どうして?)
「……あんた達、そんなに低い序列なのに『あんな器用な事』ができるの?」
「――あ」
……つまりはそういう事だった。




