五
「ちょっと! これをほどいて!」
無良によって縄で縛られ、柱に括り付けられた郁は足で床を蹴りながら大声で喚いた。自分の状況がわからず、恐怖よりも癇癪を起こしていた。
日没を過ぎて暗くなった室内には、火を灯した灯台がひとつだけ置かれている。
「無良はずっと鬼斬りの太刀を欲しがっていたんだ」
幹次と名乗った少年は、郁を見下ろしながら告げた。
「それで、姉ちゃんが働いている屋敷で家宝として伝わっている鬼斬りの太刀を盗むため、ずっと俺に見張らせていたんだ。最初は、太刀の場所だけ確認して、そのうち盗みに入る予定だったんだけどさ。今日になって太刀を刀鍛冶のところに持っていくって話しが聞こえてきたから、急いで俺は姉ちゃんを追い掛けたんだよ」
「あなたまさか、旦那様とわたしの話を聞いていたの!?」
「廂の下に隠れて全部聞いていたぞ」
なんてこと、と郁は天井を仰いだ。
「まさか、本当になにも斬れそうにないほど襤褸だとは思わなかったけどな」
「使えないものを奪ってどうするつもり? お屋敷にはもっと立派な刀がいっぱいあるわ。その鬼斬りの太刀さえ返してくれたら、もっと上等な太刀をあげるわ」
彼らが銘さえも読めないくらい錆びた太刀にこだわる理由が、郁には理解できなかった。
「鬼斬りの太刀でなければ駄目だ。普通の太刀では、鬼は殺せないからな」
顰め面で鬼斬りの太刀を眺めながら、無良が答える。
「どういうこと?」
「俺は鬼を殺すために鬼斬りの太刀を探していたんだ。これまで様々な太刀や槍、弓矢で鬼に挑んできたが、どれも鬼を傷つけることはできても殺すことはできなかった」
「別にあなたが鬼を殺さなくても、もうすぐ検非違使が鬼を退治してくれるわ」
無良の姿を見る限り、武芸に長けている風ではない。それでも鬼を殺そうとするのには、なんらかの事情があるのだろう。しかし、錆びた鬼斬りの太刀を携えてひとりで鬼に立ち向かおうなど、無謀すぎる。
郁が相手を気遣うように声を掛けると、無良は薄笑いを浮かべた。
「検非違使が? それは困るな。連中は鬼だけではなく、鬼の手下である俺らも捕らえる気だろう?」
「――あなた、盗賊なの?」
郁の問いに無良が大きく頷く。
途端、背筋が寒くなるのを郁は感じた。
「俺は、頭領である鬼を殺して、俺が盗賊団の頭領になりたいだけだ。そのためにこの鬼斬りの太刀が必要なんだ」
郁が幹次に目を向けると、幹次は興奮した様子で付け加えた。
「無良は、俺の姉ちゃんを殺した鬼をやっつけてくれるんだ。そのためにも、鬼斬りの太刀は要るんだ」
「あなたも盗賊なの?」
郁が尋ねると、幹次はふてくされたように顔を顰めた。
「まだ、違う。無良が鬼を殺して頭領になったら、俺も入れてくれることになってるけど」
悔しげに答えるところを見ると、自分も姉の仇討ちに加わりたいらしい。
「その刀は鬼斬りの太刀と呼ばれてはいるけれど、別に鬼を討つために鍛えられた太刀じゃないわ。鬼を斬ったことがあるだけよ。それに、その太刀は鬼の血を浴びたせいで、怪異を招くようになったらしいわ。さっきだって、鬼火があちらこちらに出現したのよ」
なんとか太刀を返してもらおうと郁は必死に捲くし立てたが、無良は嘲笑うばかりだ。
「さすがは鬼斬りの太刀だ。こんな襤褸でも使える証拠じゃないか。ますます気に入った」
「そんな錆びた太刀で鬼と勝負しようだなんて、正気の沙汰じゃないわ!」
郁が叫ぶと、太刀を鞘に戻しながら無良は唇を歪めた。
「あんた、よっぽどの世間知らずだな。まともな頭の奴が、鬼が率いる盗賊団で盗賊をしてるわけがないだろ。それよりあんた、太刀の心配よりも自分の心配をしたらどうだ?」
「……え? まさか、わたしを殺す気?」
顔を強張らせた郁は身を竦ませた。
「殺しゃしない。あんたみたいな若い女は生かしたまま売って銭を手に入れた方が得だ。もうちょっと美人の方が高く売れるんだが」
「売られるくらいなら、鬼に喰われて死んだ方がましよ!」
この無良という男が、本当に幹次の姉の仇討ちのために鬼を殺そうとしているのか、次第に怪しく思えてきた。無良は幹次に鬼斬りの太刀を盗ませるためだけに、仇を討ってやると口約束をしたのかもしれない。
「この人でなし!」
大声で郁が怒鳴ったときだった。
どすんっという音が響いたかと思うと、ぐらっと屋敷全体が揺れる。
「え? 地震?」
ぱらぱらと天井から降ってくる埃と塵を浴びながら、郁が不安げに辺りを見回す。
倒れかけた灯台を手で支えている幹次も、まばたきをしながら音が聞こえた方に目を向け、暗闇を凝視する。
「まさか、頭領のおでましか? ここを隠れ家にしていることは、まだ気付かれていないはずだが……」
盗賊の頭領である鬼を殺そうとしている無良は、反対に鬼からも狙われているらしい。いくら手下とはいえ、自分に刃向かう者を生かしておくほど鬼は鷹揚ではないようだ。
地響きのような音とともに、屋敷が立て続けにぐらぐらと揺れる。天井の梁の上を鼠が逃げるように駆け抜けて行った。
「鬼がここに現れたっていうの?」
「嘘だろ!?」
青ざめる郁の横で、幹次も緊張した面持ちで落ち着きなく視線を彷徨わせる。
「ちょうど良い。ここで決着をつけてやる」
鬼斬りの太刀を鞘から抜くと、無良は鞘を床の上に放り投げて柄を両手で握った。足を踏ん張り、錆びた太刀を構えた姿は無様だ。
「そんな刀では無理よ!」
素人が見ても、刃毀れと錆でぼろぼろの太刀で鬼に立ち向かおうなど、無謀過ぎる。
「さぁて、鬼斬りの太刀の真価を見せてもらおうか!」
気合いを込めて無良が叫んだ瞬間、大きな影がのっそりと入って来た。




