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 土塀に沿うようにして灯った鬼火は、郁が近づくと音もなく消える。ゆっくりとした足取りで進んでも、一定の距離に近づくまでは、炎はゆらゆらと燃えていた。

 次第に日が暮れ始めたこともあり、辺りからは人影が消えていたが、鬼火だけを注視して歩いていた郁は、自分が(さび)れた場所をひとりで歩いていることに気付いていなかった。

 どのくらい歩いたのか、足が疲れ始めた頃、鬼火は一軒の屋敷の小門の前で途切れた。

 中を覗くと、雑草で荒れた庭と壁が崩れかけた屋敷があるだけだった。柱には蜘蛛(くも)の巣が張っており、(ねずみ)(すの)()を駆け回っている。瓦が落ちた屋根には烏が数羽止まっていた。

 耳を澄ませてみるが、空き家なのか、人の話し声は聞こえない。

(ここに太刀が捨てられているのかしら)

 少年がここまで逃げて来て、人目を忍んで太刀袋を開いた可能性はある。

「――おじゃまします」

 小声で挨拶をしつつ、郁は小門を潜って中に入った。

 庭に生い茂る雑草を掻き分けて進み、(ぞう)()のまま埃と蜘蛛の巣で汚れた屋敷に上がる。

 すでに辺りは薄暗くなっており、屋敷の中はいっそう暗かった。壊れかけた(こう)()()(ちょう)が室内に散乱し、歩くたびに床板が音を立てる。かつては狭いなりに立派な屋敷だったのだろうが、すっかり面影が失われていた。

(どうせなら、鬼火も太刀がある場所へ最後まで案内してくれれば良いのに)

 感覚が麻痺しつつあるため、鬼火を便利な目印だと認識するようになっていた。

 倒れている几帳を動かすたび、舞い上がる埃に咳き込んだり、逃げ出す鼠に悲鳴を上げたりしながら、郁はひたすら太刀が落ちていないかと探した。

(どこにも見当たらないわ。あの鬼火は太刀の場所を教えてくれていたわけではなかったのかしら……)

 途方に暮れつつ溜息をついたときだった。

「姉ちゃん。こんなところまで俺を追い掛けてきたのか?」

 柱の陰から子供の声が響いたかと思うと、目の前に呆れた顔をしたさきほどの少年が立っていた。

「あなたさっきの! ねぇ、太刀を返して!」

 少年に駆け寄ると、郁は相手を逃がすまいと水干の袖を掴んだ。

「あの襤褸刀がなんでそんなに大事なんだよ」

 郁の手を振り払いながら、訝しげに少年は尋ねる。

「あれはわたしの主の大切な太刀で、修理に出さなければならない物なのよ」

「錆びてるし、汚いし、直す方が新しい物を買うよりも高くつくぞ。あんな使い物にならない刀、俺にくれたっていいだろ」

「そういうわけにはいかないの。あんな状態だけど、家宝の太刀だから――」

 必死に郁が言い募ったときだった。

「ほら、()()。聞いただろ? やっぱりあれは鬼斬りの太刀だ」

 振り返った少年が、あちらこちら折れている格子に向かって怒鳴る。

「信じられないな。あの錆びて刃毀れも酷い太刀が、鬼斬りの太刀だと?」

 格子を蹴り倒しながら、二十歳くらいの男が現れた。薄汚れた(ひた)(たれ)を着ており、行商人のような風体だが、人相はよろしくない。

 その彼の手には、さきほど奪われた鬼斬りの太刀が握られていた。

「これで本当に鬼が切れるのか?」

「斬れないから修理に出すのよ! 返して!」

 郁は無良と呼ばれた男に食ってかかった。

「断る。これが本当に鬼斬りの太刀なら、錆びてようが襤褸かろうが、俺には必要なんだ」

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべると、無良は郁の手首を掴んでねじりあげた。

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