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第7話 法の執行官、路地裏に光を刻む

ずっと制服姿のままでは周りに目立つ……と言うことで。

桃果は淡い青緑と淡い黄色のストライプ柄の着物に

赤い牡丹の花のポイント刺繡がされた赤の袴を来ている。

意外とこの世界の袴は着易く、桃果も気に入っている。


でも何故か策の家に袴があるのか不思議だったが。

朔の表情は「何も聞くな」という複雑そうな顔をしていたので

あえて桃果は聞かないことにしておいた。

朔の家では桃果が焼き草餅の二個目に手を伸ばしたその時。

玄関の扉が、静かに、しかし有無を言わせない強さで

ノックされ朔の耳がぴんと立つ。


「……来た」

「誰?」

「面倒くさい人」


扉を開けると——白髪の青年が立っていた。

鎮守庁の紺色の制服。乱れのない襟。整った顔立ち。

しかし目が笑っていない。

というより、表情そのものが最低限しか動いていない。

青年の視線が朔を一瞥し、次に桃果に移るも

桃果は焼き草餅を片手に持ったまま固まっている。


「……鬼灯桃果か」

「は、はい」

「鎮守庁の雪哉だ。事情は把握している。保護しに来た」


名乗り終えて、視線が朔に戻る。


「朔」

「ど……どうも~」

「どうも、ではない」


一歩、朔に近づく。


「報告が遅い。人間が幽世に落ちた時点で即時連絡が規則だ。なぜ朝まで黙っていた」

「寝てたんで、起こしちゃ不味いかなーって」

「……」


こめかみに青筋が立つ。


「それと、その草餅は妖怪向けだ。人間に食べさせるな」

「本人が食べたいって言ったんで」

「だから止めるのがお前の仕事だろう」

「美味しそうなものを止めるのは可哀想じゃないですか」

「規則の話をしている」

「規則より人情でしょ」


もう一本青筋が増え、何かを感じた桃果が

草餅を後ろに隠して答えた。


「あの、大丈夫です。美味しかったですし」

「……貴女は被害者なので責めていません」

「じゃあ俺も——」

「お前は別だ」


その瞬間。空気が変わった。

昨夜の——あの感覚に似ていて

桃果の体が反射的に緊張する。

窓の外に見えたのは……路地の石畳が黒く染まり

地面から霧が湧き上がっていた。


「また……!」

「っ、早いな——来たか」


朔が驚くより先に、雪哉の声のトーンが変わった。

感情を削ぎ落としたような——静かな声。

でも静かさの奥に、鉄のような硬さがあった。

雪夜の上着の内ポケットに手が伸びる。


取り出されたのは——印鑑だった。


黒檀の軸に金の装飾。普通の印鑑より一回り大きい。

夜の路地の明かりを受けて、金の装飾が鈍く輝く。

その間にも霧の中から現れたのは昨夜の使いとは——違う。

上半身が人間。下半身が黒い煙。

そして——顔がない。輪郭だけがある。

目も鼻も口も——ない。でも、こちらを見ている。

気配だけが、確かにある。顔のない妖怪が、

まっすぐ——桃果を向いた。


『鬼灯の娘……ここにいたのか』


その声より先に。雪哉が、前に出た。

桃果と妖怪の間に。

一歩。たった一歩で、間に割り込んだ。


「……鎮守庁執行官・雪哉」


桃果を守るように雪哉は振り返らない。


「職務を執行する」


印鑑を、構えた。鋭く、

刃のように先端が——青白く光り始めた。


「——法令第七条」


 雪哉の声が、路地に響いた。


「穢れた存在による居住区域への侵入を禁ず——」


雪哉が地面を踏みしめた。

その一踏みで——路地全体が震えた。

足元から白い線が走った。

石畳の継ぎ目に沿って路地の端から端まで。

建物の壁を伝って。幾何学的な紋様が、

路地全体に広がっていく。

光の網が、張り巡らされていく。

桃果には見えなかったが。

でも——感じた。空気が締まる。

世界の輪郭が、一瞬だけくっきりした。

薄い膜が——路地全体を包んで行く。


「ここより先……」雪哉が、凛と言った。

「穢れの拡散を禁ず」


妖怪が動こうとしたが、止まった。

霧が広がらず足が固くなったかの様に動かないでいた。


『なっ……』


顔のない妖怪に、狼狽えた気配が滲んだ。


「法の内側では、お前の霧は広がらない」


雪哉が静かに言うや印鑑をカチリ。

そう——握り直した。金の装飾が刃のように冷たく

熱く。青白い光を纏った。


(速い……)


桃果が思うよりも速く。雪哉が——踏み込んだ。


一歩目で、路地の石畳が光の紋様ごと震えた。

二歩目で、間合いが半分消えた。

三歩目——もう、妖怪の目の前だった。


制服の裾が、風を切る。

白い髪が夜の空気に舞い上がる。

切れ長の目が妖怪の胸、一点を捉えていた。

妖怪が雪哉に腕を振う。黒い煙の腕が薙ごうとした——

しかし。

雪哉は潜腕の下に滑り込むや妖怪の懐の中へ――肉薄。

そこへ印鑑を——素早く上段に構えた。

青白い光が、最大になり。路地全体が照らされ

桃果が思わず目を細めた。


「——法令ッ!」


印鑑が、妖怪の胸に叩きつけられた。

印の模様が巨大になり瞬時に包み込むや、

衝撃が路地を揺らした。

石畳が、足元から放射状に割れ白い光が——爆けた。

妖怪の胸に、紋様が刻まれた印は、

一点の胸から始まった白い線が瞬時に

全身を蜘蛛の巣のように。または雷のように。

封印の紋様が妖怪の全身に駆け巡って行く。


『があぁぁぁっ——!』


妖怪が、動けなくなった。


「封印完了……」


雪哉の声は、変わらない。静かだ。

でも——その静けさが、一番恐ろしかった。


「法令第十二条」


印鑑を、さらに深く押し込む。紋様が、眩しく輝いた。


「穢れた存在を——現世・幽世・常世の何れにも属さぬ場所へ、移送する」


白い光が、妖怪を包んだ。

霧が、光の中に消えていく。

顔のない輪郭が、薄くなっていく。

薄く——消えた路地に静寂が戻った。


桃果の頬を——冷気が微かに撫でる中、

石畳の割れた中心から白い光の余韻の中に雪哉が立っていた。

息も乱れていないまま制服の裾が静かに落ちた。

雪哉が、印鑑を内ポケットにカチリ。と、戻す。


一連の動作が——無駄なく、淀みなく、終わった。

石畳に広がっていた法の紋様がゆっくりと消えて行き、

光が路地に溶けていく。全てが終わった後のような——

静けさに桃果が、呆然として口を半開きにしていた。


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