表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/50

第35話 祭り前夜・おにぎり屋の喧騒

昼下がりの鬼灯おにぎり屋・ほおず喜。

閑散とした時間帯で桃果が台を拭いていると、

狛が珍しく上機嫌な様子で暖簾をくぐってきた。

いつもは無表情に近い狛の口元が、

わずかに緩んでいるのを見ていた桃果が首を傾けた。


(珍しい。狛ちゃん、なんかいいことあったのかな)


店の隅では天廻が静かに茶を飲んでいた。

桃果が天廻に視線を向けると、天廻がわずかに顎を引いた。


「百鬼祭りが近いのだ」

 ぽつりと言い、桃果が目を丸くした。

「百鬼祭り?天廻、そのお祭りってなぁに?」

「あぁ。妖怪と人との繋がりを絶たないよう、願いを込めた祭りだ。

まあ——現世で似たようなものを言うなら、盆踊りに近い」


 桃果が「へえ」と声を上げた。


「祭りの最中は色鮮やかな提灯で溢れて、とても綺麗なんだ。

打ち上がった提灯が一斉に夜空に浮かんで飛び上がる瞬間は——見物だぞ」


 天廻の声が、普段より少し柔らかかった。


(天廻が祭りの話をする時も、なんかちょっと表情が変わる気がする)


 桃果はそれに気づきながら、狛の方を見た。

 狛が、腕を組みながらも足元がそわそわとしている。


「狛ちゃんもこのお祭り、大好きなんだね」


 桃果が笑いながら言うと、狛の耳がぴくりと動いた。


「お、俺は賑やかなのが好きなだけだ」


 少し早口になっていた狛に桃果は笑いを堪えながら頷いた。

 そこへ、朔が暖簾をくぐりながら言った。


「百鬼祭りの話してたんですか。俺、毎年笛吹き担当なんですよ」


 天狗の仲間である狗賓だけあって、朔は笛の扱いが上手いらしい。

 桃果が感心していると天廻がその後ろから入ってきて淡々と言う。

「朔は毎年祭りの奏者だからな。今年も頑張れ」

「毎年言いますね、それ」

「毎年言う」


天廻が当然のように返したちょうどその時、茨が奥の厨房から出てきた。

大皿に盛った試作品のおにぎりを持ちながら、思い出したように口を開いた。


「そうそう、もうそんな時期か……」


 茨が天井を見上げながら、独り言のようにつぶやき始めた。


「祭りの名物の百鬼焼きがうめぇんだよな。表面が黒く焦げてるくせに、割ると中から橙色の餡が溢れてきて——甘いのに、後味だけ妙に辛い 」


目が、だんだんと遠くなっていた。


(お、茨の食の記憶スイッチ入った)


 桃果はそんな茨の様子に心の中で思ったが既に茨のスイッチは入り込んでいた。


「あと、皮が焼き菓子みたいにカリッと旨いふそか団子だろ?

噛んだ瞬間だけ、なぜか耳の奥で鈴の音がする気がする——

あれが食い物なのかどうか今でもよくわからん 。

それから——噛んだら肉汁がじゅわーっと溢れ出てくる九十九揚げ。

あれは百年物のゆかり鳥の脂を使ってるから、普通の揚げ物と香りが違う。

嗅いだだけで腹が鳴る。あと三種の果物を使った……いをき饅頭!皮が薄くてな、

透けて見えるくらい。食べると口の中で三つの甘さが順番に来る——最後の一つだけ、名前のわからない味がするんだ。

あと、こんこ軟飴と……そうそう!久々におるみ汁も飲みてぇな!

あの甘酒は冷めても温かいんだよ不思議なことにな。椀を持つと手の芯から温まる」


次々と出てくる祭りのご馳走の名前。茨の目が完全に遠い場所を見ていた。

それを見ていた桃果の喉が、鳴った。


(なにそれ、全部美味しそう……というか「百年物の脂」って何?

でもなんか絶対旨いやつ……)

「……茨、食レポ上手……」


気づいたら口から出ていた。桃果も茨と同じように遠い目になっていた。

二人で並んで、存在しない屋台の前に立っている気分だった。

祭りのご馳走を想像している二人に雪哉の溜息が聞こえ、

書類から顔を上げて呆れた顔でこちらを見ていた。


「茨の頭の中は食べ物以外にないのか」


淡々と言ってから、桃果の方に視線を移した。


「……桃果も。口を閉じろ。色々中から溢れるぞ」


桃果が慌てて口を押さえる。雪哉が再び書類に視線を落とした。

でも——その口元が、ほんのわずかに動いていた気がした。


「おにちゃん、百鬼祭り楽しみにしてて。幽世で一番賑やかな夜だから」


俺も笛で盛り上げるから!と、朔は頷いた。


「勿論!朔くん期待してる」


茨がまだ遠い目のまま言った。


「九十九揚げ、お前にも食わせてやる」

「絶対食べる!」


狛が腕を組んで、口元を緩めたまま言った。


「……提灯が飛ぶ瞬間、一番いい場所を教えてやる」

「狛ちゃん、ありがとう!」

「ちゃん付けはやめろ」


 天廻が、全員を静かに見渡した。


(こういう夜を、荒覇にも見せてやりたかった。

でも——今年は、桃果がいる。それだけで良い)


 店の中に、笑い声が満ちていた。

 外では幽世の午後の光が、石畳を温めていた。

 暖簾が、風に揺れている。


 「おにぎり屋・ほおず喜」の文字が、光の中でゆっくりと揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ