第33話 白米に滲む霧の彼方に
おにぎり屋:ほおず喜に全員が集まった。
最初に桃果が口を開いた。
店の暖簾の細部が思い出せなくなったこと。
友達の顔がぼやけていること。
両親の顔に霧がかかっていること。
誕生日を忘れていたこと……
話が終わるや全員が黙って、天廻が目を閉じた。
(やはり——始まっていたか)
「天廻さん」
桃果が天廻を見た。
「これって——止められますか?」
天廻が桃果を見た。
「……おにぎりを握ることをやめれば、進行は止まる」
「でも握らなきゃ、みんなを助けられない」
桃果が少し黙った。
「完全に消えることはある?」
「……荒覇を浄化すれば消えた記憶は戻る可能性がある」
「可能性?」
「確約はできないが……」
沈黙が落ちた。茨が低く言った。
「桃果……俺たちのために握るのをやめろ」
「嫌だ」
桃果がすぐに言った。
「やめたら……何かあった時、みんなが危ない」
「お前の記憶が消えるよりはいい」
「わたしは——」
桃果が全員を見渡した。
「今、ここにいるみんなのことは、絶対に忘れたくない。
幽世で生きた記憶は消えない。天廻が言ってた。結び飯で結んだ縁は残るって」
「でも現世の記憶が——」
「薄くなってるだけ。でも消えてない。まだ、ある」
桃果が手を見た。
(お母さんの顔が霧の中にある。でも——声は聞こえる。
エプロンの色も覚えてる。おにぎり屋の匂いは、体が覚えてる)
「まだ、ある。だから——荒覇を浄化するまで、握り続ける。
その後で帰って、全部取り戻す」
狛が、静かに言った。
「……覚えていられるか?帰る理由を」
桃果が狛を見た。
「覚えてる。お父さんとお母さんがいる。実家のお店がある。友達がいる」
狛が桃果の目を見た。
「だから、皆にお願いがあるの。言えなくなった時に——私に教えてくれる?」
桃果が、狛を見た。
「教える。絶対に教える。桃果が困っていても助ける」
もふが狛に賛同するかのように頷いた。
「——俺たちが覚えておくから心配するなって!」
全員がもふを見た。もふは桃果の肩に乗りながら答えた。
「桃果が忘れかけたら、俺たちが教える。
両親の顔、店の暖簾、友達——桃果が話してくれたこと、全部覚えておく」
朔が頷いた。
「俺も覚えます。仲良しの子がいたこと、昆布マヨが好きだったこと——全部」
「俺も」
茨が言った。
「鎮守庁の記録に残す。桃果の現世の情報を、全て」
雪哉が言い、最後に天廻が桃果を見た。
「私は——鬼灯の始祖から数えて、全ての記憶を持っている。お前の家族のことも、店のことも。忘れても、私が教える」
「ありがとう……みんなが覚えててくれるなら……わたしは、握り続けられる」
桃果は滲んだ瞳で皆を見渡した。




