第31話 幸せの一握り
「茨?」
「……米はどこだ」
桃果が目を丸くした。
「え?」
「米の場所を聞いている」
「えっと……こっち」
茨が、桃果の指さした方向から飯釜を取り出した。
手を洗い塩をつけ……
握り始めたが不器用だった。
三角形が歪み端が崩れ茨が眉を寄せた。
「……難しいな」
「茨、握ったことないの?」
「ない」
もう一度握り直したがまた歪んだ。
茨が黙々と、歪んだおにぎりを台に置いた。
朔が隣に来た。
「俺もやります」
「お前に握れるのか」
「失礼ですね。俺だって——」
朔が握り始めた。茨より歪んだ。
「……お前の方が下手だ」
「うるさいですよ!」
雪哉が厨房に入ってきた。手を洗い塩をつけ握り始めた。
全員が見守った雪哉のおにぎりは——
完璧な三角形で朔が目を丸くした。
「雪哉さん、握れるんですか」
「書類仕事と同じだ。手順通りにやれば形になる」
「それ、料理の話じゃないですよね?」
雪哉が次のおにぎりを握り始めた。形は完璧だった。
でも——光らないままのおにぎりに雪哉が少し黙った。
「……手順通りでは、足りないか」
狛が、黙って厨房に入ってきた。
手を洗い塩をつけ握り始めた。誰も何も言わなかった。
出来た狛のおにぎりは——少し、歪んでいた。
でも、茨のより形が良かった。
「……猫又は手先が器用だな」
「鬼に言われたくない」
狛が淡々と答えていると、天廻が最後に厨房に入ってきた。
全員が振り返る。
「……私も、握ろう」
「天廻が?」
「かつて——始祖のおにぎりを受け取った。握り方は見ている」
天廻が手を洗い塩をつけ握り始めた。
全員が、固唾を呑んで見守った。
天廻のおにぎりは——綺麗だった。
形が、整っていた。でも。やはり光らなかった。
天廻が、自分の手を見る。
「……難しいな」
もふが桃果の肩から降り台の上に乗った。
小さな前足で米を丸めようとしたが全然おにぎりの形にならなかった。
丸い米の塊ができた。
もふが桃果にそれを見せた「……できた」
「もふ……」
「おにぎりじゃないけど、気は込めた」
桃果が初めて——笑った。
いつの間にか台の上に、全員のおにぎりが並んでいた。
茨の歪んだおにぎり。
朔のもっと歪んだおにぎり。
雪哉の完璧な形のおにぎり。
狛の少し歪んだおにぎり。
天廻の綺麗なおにぎり。
もふの米の塊。
どれも——光っていなかった。
それでも全員が、不器用な手で。慣れない手つきで。
桃果のために、握ってくれていた。
(みんな……)
胸の奥が、温かくなった。
荒覇の声が——遠くなった気がした。
(お前の所為で、仲間は死んだ)
(違う)
(みんなは生きてる)
(今、ここにいる)
桃果の目が、滲んだ。
「……わたし、もう一回握っていい?」
全員が頷いた。
桃果が手を洗った。
塩をつけた。
ご飯を取った。
全員を見た。
(朔くんがいる、雪哉さんがいる、茨がいる、狛ちゃんがいる。
天廻がいる、もふがいる。みんな、ここにいる……生きてる。
わたしの所為で死んだりしてない。みんながいるから——)
そう握り始めた。手が、温かくなってきた。
光が——滲み出した。白い光が厨房を満たした。
全員が目を細めた。台の上に、光るおにぎりが一個——できた。
しばらくして。朔が口を開ける。
「……よかった」
「うん」
「俺たちのおにぎり、不格好でしたね」
「そんなことない。すごく嬉しかった」
笑う桃果に茨が腕を組んだ。
「俺のが一番形が悪かった」
「俺の方が悪かったですよ」
「お前のはもはや球だがな」
「茨さんのは五角形でしたよね?」
「うるさい」
桃果がまた笑った。雪哉が台の上のおにぎりを見た。
「……手順通りでは足りないものがある、ということか」
「雪哉さんのも、ちゃんとおにぎりでしたよ?」
「光らなかった」
「でも、雪哉さんが握ってくれたって思ったら——温かかった」
雪哉が少し黙った。耳の先が、白くなった。
「……そうか」
天廻が桃果を見た。
「始祖も——こうして、誰かに支えられていたのかもしれない」
桃果が天廻を見た。
「天廻も、支えてくれてるよ」
「私が握ったものは光らなかった」
「握ってくれようとしたことが、嬉しかった」
天廻が目を閉じた。
(鬼灯の娘は——いつも、こういうことを言う。始祖も、そうだったのだろうか)
もふが桃果の膝の上に乗った。
「……俺のは?」
「もふのが一番可愛かった。おにぎりじゃなかったけどおにぎりだよ」
「丸かっただろ?」
「丸いおにぎりもあるよ」
もふが桃果の言葉に尻尾を揺らした。
(……丸いおにぎり、か。まあ、いい)
全員が、台の上のおにぎりを手に取った。
自分が握ったやつを。一口かじった。全員が、顔を上げた。
「……味がしない」
茨が言った。
「塩、入れましたよね?」
朔が首を傾げた。
「入れた。なんで……」
「気が入ってないからかな?」
「……難しいな」
茨がもう一口かじった。
「でも——不味くはない」
「茨、言葉が下手すぎる……」
朔が言った。
「お世辞は言わない主義だ」
桃果が、光るおにぎりを全員に渡した。
「はい、全員分。いつものやつ」
笹の葉に包まれた、白く光るおにぎり。
全員が受け取った。
一口かじった。
全員が——目を細めた。
(これだ)
(この味だ)
(桃果のおにぎりだ)
朔が言った。
「……やっぱり、おにちゃんのじゃないと駄目だな」
「俺たちには無理だ」
茨が言った。
「でも——」
狛が静かに言った。
「桃果が握れなくなったら、また握る」
全員が頷いた。
「次はもうちょっとうまくなる」
朔が言った。
「形だけは自信がある」
雪哉が言った。
「……俺は丸いので続ける」
もふが言った。天廻が、静かに言った。
「私も——また、握る」
全員を見た。桃果の目が、滲んでいた。
「……ありがとう」
全員が不器用な笑顔だった。
鬼灯おにぎり屋の朝が、静かに続いていた。




