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第30話 曇った心に移った違う朝

「――か、とうか!……聞こえるか?」


もふが布団の上で叫んでいた。


「もふ……?」

「怖い夢でも見たのか?うなされていたぞ」


桃果は徐に頷くや、もふは頭を抱えた。


「俺が居ながら……桃果に怖い夢を見せるとは……」

「大丈夫だよ。もふ。これは夢だもの……大丈夫だって」

「本当か?」

「うん。前もこんな夢を見たことあるし……大丈夫」


桃果は自分にも言い聞かせるかのようにもふに答えた。


(でも……すごくリアルだったな……嫌な夢……)


早朝。

暖簾を掛ける前のおにぎり屋に朔も朝食を食べに来ていたが、

もふはと言うと……お腹の音を響かせながら洋卓に突っ伏して伸びていた。


「桃果〜おにぎりまだ〜?俺、お腹空いた……」

「おにちゃん?」


上の空のような様子の桃果に朔が問いかけ、

桃果は慌ててしゃもじを掴んだ。


「あ。ごめんごめん!いま握るから――」


そう、暖かいご飯に桃果が手を掛けた……筈だった。


「あ、あ……れ?」


握っても握ってもおにぎりが……光らない。

炊き立ての暖かい筈のおにぎりが、冷めていた。


「味は旨いけど……」

「何ていうか気がいつもより薄い……な」

「おにちゃん、どうしたんだ?」


もしかして……と、朔は桃果の肩に乗ったもふを見た。

冤罪を掛けられそうになったもふは「俺じゃないし!」と

尻尾を高速に振って否定した。


「分からない。けど、昨日の夜……夢の中に荒覇が来たの」

「荒覇が?」

「人間として消えたく無ければ来い……って。

私もみんなも一緒に戦うけど、全然勝てなくて…みんな死んじゃ――」

「おにちゃん落ちつけ。あれは夢だ。現実じゃない」


朔が両肩を軽く叩く。


「朔くん……」


いつも通りの朝。いつも通りの厨房。

そして、いつもの炊き立てご飯。

でも——

おにぎりが、光らない。


(……あれ)


 もう一度、握り直した。丁寧に。優しく力を込めて。

……それでも光らなかった。温かいはずの手が、冷たかった。


(な…んで)


昨夜の夢が、頭をよぎった。荒覇の夢だった。

いつもより、長かった。仲間が倒れる夢。

全員が動かなくなった時に現れた荒覇の声——


(お前の所為で、仲間は死んだ)


目が覚めた時、手が震えていた。

朝になってもまだ震えが残っていた。

桃果が握ったおにぎりを台に置く。形は、できている。

でも——光がない。温かみがない。ただの、米の塊だった。


(わたし……今、心を込められていない)


朔が厨房を覗くと、手が止まった桃果が台の前で固まっていた。

おにぎりが台に並んでいる。でも——いつもと違う。


(光ってない)


朔の耳が、静かに伏せた。


「おにちゃん」

「……朔くん」

「顔色、悪いですよ」


桃果が笑おうとした。でも——うまく笑えなかった。


「ちょっと、うまく握れなくて」


朔が厨房に入って台の上のおにぎりを一つ、手に取った。

一口かじった朔の目が少し細くなった。


(……美味くない、ってわけじゃない)

(でも、いつもと全然違う)

(気が、入っていない)

「……雪哉さんを呼んできます」

「え、でも——」

「いいから待ってて」


朔が走り出した。

気づいたら、いつの間にかおにぎり屋に全員が集まっていた。

誰が呼んだのかわからない。

でも気づいたら——朔がいて、雪哉がいて、茨がいて、

狛がいて、天廻がいて、もふが桃果の肩の上にいた。

全員が桃果を見ていた。桃果が俯いた。


「……ごめん。今日のおにぎり、うまく作れなくて」

「謝る必要はない……何があった?」

「夢を……荒覇の夢を見て。それから、なんか手が」


桃果が手を見た。震えは止まっていた。でも——温かさがない。


「気が……入らないの。握っても光らなくて」


全員が黙っていたが、しばらくして——茨が、厨房に向かった。



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