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第28話 思い出が滲む結び飯

「おにちゃん、何してるんですか今は——!」

「握る!」

「え?」

「全部、マヨ昆布で握る!朔くん、米全部炊いて!」

「り、理解が追いつかないけど——わかった!」


朔が台所に飛び込んできた。

雪哉が巨大もふの前に立ちふさがって時間を稼ぐ。

茨が壁を盾にして牽制する。狛も攻撃を続ける。


天廻が桃果に向かって静かに言った。


「……何をするつもりだ」

「もふが好きなもので、もふより大きいものを作る」


 天廻が少し黙った。


「……わかった。時間を稼ぐ」


桃果が手を洗った。塩をつけた。握り始めた。


一個。二個。三個。


朔が炊き立てのご飯を持って来たが桃果の手が止まらない。


五個。七個。十個。


全部マヨ昆布。全部、心を込めて。


(もふ。あなたが好きなやつ、全部作る!受け取って――!)


手が温かくなっていく。おにぎりが光り始める。

一個一個の光が、台所を満たしていく。


十五個。二十個——


その時。

光り輝くおにぎりたちが——動いて桃果が目を丸くした。


(え?)


桃果が握ったおにぎりが、一個ずつ宙に浮いた。

ふわふわと。まるで引き寄せられるように——

一か所に集まってくっついた。

また一個。また一個。全部のおにぎりが、一つに合わさっていく。

光が混ざり合う。白くなる。どんどん大きくなる。

おにぎりは……外に出た。

大きな広場に、おにぎりが合わさって……

巨大おにぎりが浮かんでいた。

三角形の、巨大おにぎりが白い真っ直ぐな湯気を立てて白く輝いている。

幽世の都の空に、光が溢れた。遠くの妖怪たちが空を見上げた。


「……あれは何だ」

「おにぎりだろ、どう見ても」

「なんでそんなものが空に——」


巨大もふが、振り返った。

巨大おにぎりを見た丸い目が——輝きだし見開いた。さらに開いた。


(……でかい、でかい、でかい!それにマヨ昆布の匂いがする。ものすごく、する)


巨大もふの鼻がひくひくと動いた。足もおにぎりの方向に動いた。


(旨そう……違う待て、俺。あれは罠だ。絶対に罠だ!)


巨大おにぎりが、ふわりと揺れた。

まるで、こっちにおいでと言うように。


(わかってる、わかってるが——くそっ……)


巨大もふが——巨大おにぎりに向かって走り出した。

全員が道を開けた。巨大もふが巨大おにぎりに飛びついた。

がぶり……と。一口、かじった瞬間光が、爆けた。

巨大おにぎりから白い光が溢れ出し

巨大な……もふの体に光が流れ込んでいく。

今まで奪ってきた桃果の気が——逆流する。

巨大もふの体が、縮んだ。もう一口かじった。また縮んだ。

また一口。また縮んだ。どんどん、どんどん、小さくなっていく。

もふもふしたまま。耳も尻尾もそのまま。

でも——小さくなって行く。

巨大おにぎりも、かじられるたびに小さくなっていく。

もふが小さくなる。おにぎりも小さくなる。


(旨い……)


最後の一口を食べた時。もふは——手のひらサイズに戻っていた。

地面に寝転がり、幸せそうにお腹が丸く膨れていた。

気が付けば奪った気は全て桃果に返っていた。

巨大おにぎりはというと——

消えて全部、桃果の気の代わりに、もふのお腹の中に入っていた。

全員が、丸くなったもふを見ていた。

もふが、ゆっくりと顔を上げ丸い目が、桃果を見た。


「……おいちかった」


本来の低い声ではなく——鈴のような、桃果の前の声だった。


「全部食べたね」


桃果が笑いながら言った。


「……旨かった」


もふが、低い声でぽつりと言った。

丸い目がじわりと滲んだ。朔が呆然としていた。


「……おにぎりが巨大化して、飛んでいった」

「うん」

「なんで?」

「わからない。勝手に集まって……」

「勝手に……」


雪哉が静かに言った。

「結び飯の気が、もふが奪った分と引き寄せ合ったのだろう。

鬼灯の力が本人の意図を超えて動いた」

「それって大丈夫なんですか」

「……わからない。だが今回は、うまく機能した」


茨が腕を組んでもふを見下ろしニヤニヤしながらもふを見た。


「で、お前。負けは認めるか」

「……みとめる」


 耳が伏せた。


「俺の、負けだ」


桃果がしゃがんで、もふに手を差し出した。

もふが手のひらに乗ってきた。

お腹が丸くて、動きが少しゆっくりだった。


(苦しい……食べすぎた)

「もふ。うちで働く?」


もふがしばらく黙り尻尾が、ゆっくり揺れ始めた。


「……マヨ昆布、毎日か」

「そ。毎日」

「……む」


もふが桃果の手のひらの中で、丸くなった。


「……わかった。好きにしろ」


朔が肩をすくめた。


「また仲間が増えた」

「良いことじゃないか。賑やかになるしな」


その横で茨が天廻に小声で言った。


「なんか……増えるな、仲間」

「……桃果が握るから、そうなる。仕方のない事だ」


天廻が静かに答えた。


「あの娘は——縁を結ぶ神より、縁を結ぶのが上手い」


茨が少し黙った。


「まぁ……否定できないな」


鬼灯おにぎり屋の空に、夕日が差し込んでいた。

もふが桃果の手のひらの中でお腹いっぱいのまま

目を細めながら小さく丸くなっていた。


(……こいつのおにぎりは、旨い。それだけは、本当だ)


桃果が笑って朔が盛大に息を吐いた。


「また増えたな」

「……規則上、ひだる神を保護対象にするには申請書類が——」

「雪哉さん今じゃないですよ!」


 茨が腕を組んで、もふを見下ろした。


「……お前、荒覇の命令で動いてたんじゃないのか」

「俺は誰の命令でも動いていない。自分の目的のために動いていた」

「じゃあ荒覇とは関係ないのか」

「……使いに情報を流していたことはある。でもそれも、俺の目的のためだ」


茨が黙った。狛が桃果の隣に座って、もふを見た。


「……桃果。こいつ、本当に信用できるのか」

「うん」

「根拠は?」

「悪夢の夜に、そばにいてくれたから」


狛が少し黙った。もふが狛を見た。


「……猫又か」

「そうだ」

「……まあ、犬よりはいい」

「なんで俺と比べるんですか!」


朔が叫んだ。もふが桃果の手のひらの中で、ふいっと顔を逸らした。

耳が——照れたように伏せていた。

その時。

ふと、店の暖簾に桃果の視界が触れた時……

パチン。と、桃果の記憶に違和感が走った。


(あれ……そういえば家の暖簾って、どんなだったっけ?)


ふと——現世の実家の店を思い出した。

「おにぎり屋・ほおず喜」神社の参道沿いの、小さな店。その暖簾が——


(……暖簾の色、なんだったっけ?)


桃果の手が止まった。紺色だった気がする。

でも——濃紺だったのか、少し青みがかっていたか。

家紋の位置は右側だったか、中央だったか。


(あ……れ?)


毎日くぐっていた暖簾だ。

帰ってきたら「ただいま」と言いながら手で触れていた暖簾だ。

それが——思い出せない。

家紋は何処の位置にあったのか?

お店の名前の文字の大きさは?

桃果はちゃんと思い出そうとしようとしたが頭の中で霧がかって

ハッキリと思い出せない。


「とうか、どうした?」


もふが何かに気づき桃果に問い掛けるも桃果は首をふって答えた。


「ううん。何でもない。ちょっと……疲れただけ」


(多分、沢山作ったから疲れちゃったのかな……後でちゃんと思い出そう)


桃果は家の記憶に霧がかかっていた。

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