第27話 全員の包囲網と巨大な飢えの波
次の日の夕方。その日は全員が店に集まっていた。
朔が雪哉に報告していた。
「ひだる神の件、鎮守庁の記録を調べました。
おにちゃんの体調不良の原因、間違いないです」
「……やはりか」
雪哉が印鑑を取り出した。
「捕縛する。桃果、そのひだる神を呼べるか」
「え?呼べるけど——」
桃果が言いかけたその瞬間。
窓から、もふが飛び込んできた。
いつも通りにちょこんと、桃果の肩に乗った。
「……とうか、きた」
鈴のような声。
次の瞬間——全員の視線が、もふに集中した。
もふが、全員を見渡した。丸い目が——細くなった。
(バレてるか……)
一瞬の沈黙に舌打ちが聞こえた
「……そうか。包囲網か」
(もふ……?)
声が変わった。
低く落ち着いた本来の声に驚いている桃果の肩から飛び降りた。
床に着地して——全員を見た。
「随分と物々しいな。こんな小さな店に鬼に神に狗賓に雪男に猫又まで揃えて」
朔が前に出た。
「観念しろ。おにちゃんの気を返せ!」
「返す義理はないね!」
もふが尻尾をゆっくり揺らした。
「俺はまだ、十分な量を集めていないからな!」
「もふ……」
桃果が言った。もふが桃果を見た。
桃果の目が——真っ直ぐだった。
「話し合おうよ。なんで強くなりたいのか、まだ聞いてないし」
もふが少し黙った。
その一瞬の沈黙を——雪哉が動いた。
「法令第七条——」
雪哉の印鑑が光ったが、その前にもふが飛んだ。
もふが扉から外へと飛びだし、店の前へ着地した瞬間——
体が、膨らんだ。
ぐぐぐぐ、と。小さかった体が、今まで奪ってきた桃果の気を
一気に解放しながらみるみる大きくなって行き……
屋根に届くほどの大きさになった。
もふもふしたまま。耳も尻尾もそのまま。でも——巨大だった。
「……でかっ!」
朔が叫んだ。
「か、可愛かったのに……!」
茨が思わず言った。その間にも巨大もふが全員を見下ろした。
「これが本来の力だ」
声は変わらない。でも、大きい。
「お前たちでは止められない」
巨大もふが前足を振った。黒い飢えの波が走る。
咄嗟に朔が印鑑を構えた。
「ここより先——穢れの拡散を禁ず!」
白い紋様が床に走るが、巨大もふが前足でそれを踏んだ。
紋様が、じわじわと侵食されていく。
「……ひだる神の飢えの力は印を腐食させる。陰摩羅鬼と同じ系統か」
雪哉が眉を寄せた。
「朔、複数で重ねろ」
「わかってます!」
朔と雪哉の印が重なった。白と青の光が混ざる。
でも——巨大もふはびくともしなかった。ニヤリと細い目で笑った
「奪ってきた気の量が違うんだよ。お前たちの印では——」
茨が飛び込んだ。鬼の拳が、巨大もふの脇腹に叩き込まれた……筈だった。
巨大化したもふが、天井を突き破りそうな大きさで全員を見下ろしていた。
朔の印が腐食されていく。雪哉の法令が侵食される。
茨が拳を叩き込んだが、もふもふした体に吸収されて効いていない。
「……やわらかすぎて拳が沈む!」
茨が叫んだ。狛の風刃が走ったが、もふもふした毛が風を受け流す。
「毛が邪魔で刃が届かない!」
天廻が光を放った。巨大もふが前足でそれを受け止めた。
(光が——通らない?)
天廻が眉を寄せた。
「ひだる神の飢えの力が、俺たちの光を吸収している」
巨大もふが全員を見渡した。
「まだ足りない。もっと気が必要か……」
ずしん、と前足を踏み出した。床が軋んだ。
桃果が台所の入口に立っていた。全員が桃果を守るように前に出ていた。
(どうする?茨も、狛も、朔も、雪哉さんも、天廻も——誰も攻撃が通用してない。でも——)
桃果の目が、台所を見た。
米がある。具材がある。そして……自分の手がある。
(私なら……!)
決心したように桃果は台所に飛び込んでいった。




