第19話 ほおず喜、荒くれ者の朝食
翌朝。
朔は欠伸をしながら、雪哉の隣を歩いていた。
「昨日は大変だったなあ……急に街中に奴らが現れてやってくるんだもんなあ」
昨日の疲れが取れないまま、溜息が続く。
昨日の夕方、幽世の都の中心部に荒覇の使いが突然現れた。
人を襲おうとした瞬間、戦闘になるかと思いきや——
あっという間に姿を消してしまった。
朔と雪哉はその後の街の混乱対処に夜遅くまで追われていた。
「ほら、ここまで来たんだ。桃果のおにぎりを朝食にしよう」
雪哉が前を向いたまま言った。
「……うん、そうだね」
朔が力なく頷く。
鬼灯おにぎり屋の暖簾が見えてきた朔が暖簾に手をかけた——
その瞬間だった。
「おにちゃん、おにぎり頂戴……って、はぁぁぁあ?」
耳をピンと立てた朔の声が、朝の路地に響き渡った。
「なんで?どうして?なんでこいつが居るんだよ?」
無理もなかった。暖簾をくぐった途端、
目に飛び込んできた光景は——今まで敵として戦っていた鬼が、
おにぎり屋の調理服に身を包んで、桃果の隣に立っていたのだから。
慌てる朔の前で振り向いた茨は着物を仕立て直した調理服姿が
どことなく様になっている。
「いらっしゃい。俺もおにぎり屋で働くことになったんだ」
そうにこりと笑って言う桃果に朔が詰め寄った。
「……おにちゃん、どうしてこいつが居るの」
「え?働きたいって言うから、今日から雇うことにしたの!」
「聞いていないですよ?」
雪哉も珍しく声を荒げた。
懐に手が伸びて、印鑑を握っている。
切れ長の目が茨を怪訝そうに見据えていた。
そんな二人に茨が腕を組んで、のんびりと言った。
「あぁ。桃果の結び飯を食べたら、
荒覇のことなんてどうでも良くなっちまってさ——」
「……こっち側に付いたってことか」
朔と雪哉が同時に後ろを向いた。二人が小声で話し始める。
「雪哉さん……あいつのこと、信じる?」
「わからん。ただ結び飯を食べたのなら、浄化されているはずだ。様子を見よう」
「……そうだね」
二人が向き直った瞬間。
「ほらほら、二人とも朝ごはんまだでしょ」
桃果が、にこにこしながらお盆を持って出てきた。
湯気の立つ豆腐の汁物と、笹の葉に乗せられたおにぎりが二つずつ。
「はい!朔くんは焼きおかか、雪哉さんは鮭のおにぎりね!」
どん。とお盆が置かれた。茨が朔と雪哉を交互に見て、にやりと笑った。
「お前さんたちも桃果の結び飯を食べた仲だろ。そういうことで——よろしくな」
店の中に、妙な空気が漂った。
茨の笑顔と、朔・雪哉の複雑な表情と、
桃果のおにぎりから立ち上る真っ直ぐな湯気が、
ぐるぐると混ざり合っている。
しばらくの沈黙ののち——
朔が、深く息を吸った。おにぎりを一口かじった。
焼きおかかの香ばしい香りが、口の中に一瞬で出汁が溢れたかのように広がる。
(……美味ぁーい)
もう一口。その隣で雪哉も、無言で鮭のおにぎりを食べていた。
茨が腕を組んで、満足そうに二人を見て桃果が嬉しそうに笑っている。
朔が食べながら諦めたように溜息をついた。
「……まあ、結び飯が認めたなら、仕方ないか」
「ああ。様子見だ」
雪哉が短く言った。でも印鑑は、懐に戻っていた。
その一刻後。
遅れてやってきた狛が暖簾をくぐり——
固まった。茨を見た。
次の瞬間、背中から二本の尻尾が勢いよく膨れ上がった。
全力の警戒だった。
「……なぜ、こいつが」
「狛ちゃんにも説明するね!」
「だからちゃん付けは——それどころじゃない!」
膨れた尻尾のまま朔に詰め寄る狛。
朔が肩をすくめる。茨がのんびりしている。
雪哉が汁物を飲んでいる。桃果が次のおにぎりを握っている。
鬼灯おにぎり屋の朝は、こうして賑やかに——
いや、騒がしく——始まった。




