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第11話 鬼灯の味、幽世に灯る。おにぎり屋「ほおず喜」開店

夜明け前。桃果が目を覚ました。

暗い。でも——今日は、特別な朝だった。

桃果が厨房に立り米を炊いた。

水の音、炊ける音が重なって厨房内に流れて行く。

幽世の夜明けの光が、厨房に差し込んできた。


(やる……やろう!)


桃果が、手を洗い塩をつけ握り始めた。

一個ずつ丁寧に。心を込めて。

握った間から光が、滲み出してきた。

厨房が、ゆっくりと白い光で満ちてゆく。


(ただいま、お婆ちゃん!幽世でも、おにぎり屋を開くよ!見ててね!)


夜が明けた。朔が桃果の前に立って

両手に畳んだ布を持っていた。


「おにちゃん、これ!二人で作ったんだ!見て!」


桃果が受け取って広げた。暖簾だった。

深い朱色の布。中央に、白く——鬼灯家の家紋。


丸い実をつけた鬼灯の図案。

その下に、現世で見慣れた文字。


「おにぎり屋・ほおず喜」


桃果が、暖簾を見つめて見開いた。

その素敵さに動けなかった。


「……素敵な暖簾」

「字は雪哉さんが書いた。家紋の図案を俺が描いてみた」


雪哉が桃果の隣に来た。


「『ほおず喜』の名前は良い——鬼灯の名と、喜びを掛けた名前だな。

幽世でも幸せを届ける店として、ふさわしい……先代の気持ちが良く伝わる」


 桃果が暖簾を胸に抱えた。目が、滲んでいた。


「……ありがとう、雪哉さん、朔くん!」


桃果が暖簾を掲げ、店の入口に、暖簾が下がった。

鬼灯家の家紋が、幽世の朝の光を受けて輝く。

「おにぎり屋・ほおず喜」の文字が、風に揺れた。


(お婆ちゃん、見てる?……幽世でも、鬼灯のおにぎり屋が開いたよ!)


桃果が深呼吸して振り返ると二人が、桃果を見ていた。

朔が耳をぴんと立てて雪哉が腕を組んでいた。


「……開店します」


 桃果が言った。


「えっと、いらっしゃいませ——は、誰に言えばいいんだろ」


 朔が笑った。


「客が来てからだよ」

「そうだね」


その時。石畳の向こうから、誰かが歩いてきた。

狸の老人だった。

市場で桃果に焼き草餅を分けてくれた、あの老人だった。

老人が暖簾を見て止まった。暖簾を見た。


「……鬼灯の暖簾か」


 老人が呟いた。


「久しぶりに見たな。こんなに近くで」


 桃果に気づいて、老人が目を細めた。


「嬢ちゃんが開いたのか」

「はい!よかったら食べていきませんか」

「……おにぎりか」


老人が暖簾を見た。

鬼灯家の家紋を、しばらく見ていた。


「鬼灯の結び飯……久しぶりに食えるとは思わなかったよ」


老人が店に入って来たのは最初のお客さんだった。

朔が小声で桃果に言った。


「来ましたね、お客さん」

「うん」

「緊張してる?」

「めちゃくちゃしてる」

「顔に出てないよ?」

「出てない?」

「いつものおにちゃんの顔してる」


桃果が深呼吸して厨房に入った。

表面を覆う艶……炊き立ての米粒がキラキラと輝いていた。


(具を選べない相手には、だし結びを握る。それが婆ちゃんの流儀だった。

何を好きかわからない人には、一番素直な味を出す——)


手を洗い。塩をつけ握り始める。


(狸のお爺さん……梅かな?いや——昆布かな?縁起がいいから)


昆布に決めるや手が温かくなり光が滲み、

いつも通りの、結び飯の光。老人の前におにぎりを置く。


「お待たせしました。昆布です」


老人が、白く光るおにぎりを見た。

しばらく——見ていた。それから、手を伸ばし一口。

老人が、目を閉じた。

煮詰めた昆布の甘辛さが舌の上でとろりと解ける。

その下からお米の白い甘みがあがってきて、

二つがゆっくりと重なる。

塩が、ちょうどいいところで締めている。

香りが鼻の奥を通り抜けた瞬間——

老人の胸の中に、遠い記憶が戻ってきた。

百年前の路地。屋台の明かり。あの時も、この匂いがした。


「……旨い」


静かに言った。


「あの時の鬼灯の結び飯と同じじゃ」


老人の目が——滲んでいた。


「わしが若い頃、現世で鬼灯の屋台でおにぎりを買ったことがある。

あれから百年以上経つが——同じ味じゃ」


 桃果が目を丸くした。


「百年前に……現世で?」


「そうじゃ。鬼灯の先代が握ってくれたおにぎり。

あの時のことは今でも覚えておる」


老人が、もう一口かじった。


「繋がっとるな。鬼灯の味は、ちゃんと繋がっておる」


桃果が、手を見た。


(繋がってる。お婆ちゃんから、お母さんから、わたしへ。

現世から、幽世へ!鬼灯の味は——どこへでも届くんだ!)


噂は、炊き立てのご飯の匂いよりも速く

あっという間に広まった。

幽世の都に、鬼灯のおにぎり屋が開いた——と。


二人目の客が来た。

三人目が来た。

五人目が来た。

……気づいたら、行列ができていた。


「順番にどうぞ!一人二個まで!」

桃果はおにぎりを握りながら客を誘導する。

雪哉が会計を担当していた。


「正確に。零銭も間違えない……」

「梅が切れそうだから補充する?」


客の注文を聞いていた朔が何かに気づいた。


「お願い!」


そう言いながらも桃果は、ひたすらひたすら握り続けて……

梅。鮭。昆布。焼きおかか。

一個ずつ、心を込めて。手が、光り続けた。


* * *


夕方。星が見えそうな空の下、漸く桃果は暖簾を下ろした。

3人が店の中に倒れ込むように座っていた。

疲れていたが——3人の顔が、笑っていた。


「……疲れた」


桃果の隣に座っていた朔が伸びをした。


「当然だ。あれだけの客が来た」


疲れ顔だったが何処か嬉しそうな雪哉が言った。


「具材の補充が追いつかなかった。明日は多めに準備しよう」

「もう明日の準備はバッチリ!明日もやることをやるだけやってみるよ!」

「桃果は凄いなぁ……俺はもう疲れた」

「朔くんも?」

「ずっと注文聞いてたから……」


疲れ顔の二人に桃果は深々とお辞儀をして顔を見せ笑った。


「でも今日は朔くんも雪哉さんも手伝ってくれて、

お客さんが来てくれて、おにぎりを食べてくれて——

全部、最高だった!有難うございます!」


朔が再び伸びをした。


「……明日も開けるんですよね」

「うん!」

「また手伝うよ!」

「私も」雪哉が頷いた。


桃果が立ち上がった。


「二人共、おにぎり食べる?」

「「食べる」」


朔と雪哉が同時に言い桃果が笑いながら厨房に向かった。

夜の鬼灯おにぎり屋・ほおず喜に明かりが灯り

暖簾が夜風に揺れ鬼灯家の家紋が提灯の光を受けて輝いていた。

厨房から米の炊ける匂いが漂い温かい光が石畳に零れている。


おにぎり屋・ほおず喜——ここから、始まった。


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