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第10話 結び飯、幽世に灯る。おにぎり屋、開店前夜

土地神が、ぐもったような声を上げた。

大きな体が震える。震える。震える——

すると口から、弾けるように何かが飛び出した。


黒い霞が——段々白い光に変わっていく。

霧が晴れるように光が拡散して空へ消えていく。

穢れが消え、口から弾けるように吐き出された穢れは

綺麗な光となって消滅していった。


徐々に社の空気が変わってゆく。重さが消えて行く。

木々の葉が、さわりと揺れ雪哉は呟いた。


「なんと……やりおったのか」


朔の背の上で、桃果がまだ自分の手を見つめている。

まだ少し、光の余韻が残っていた。


天廻の声が、遠くから蘇る。

——必ず、迎えに行く。

桃果が目を閉じる。

その時——


『……お嬢ちゃん。ありがとう。旨かった……』


遠くから、でも確かに聞こえた。桃果が顔を上げる。


「わたし——」


礼を言おうとした時には、土地神の姿は消えて

社の空気だけが、穏やかに残っていた。

桃果が地面に降り立つ。朔が人の姿に戻る。

犬耳が誇らしそうに立っている。


「そうだ!二人とも——はい、おにぎり!」


桃果が、ふと何かを思い出したように

鞄を探って笹の葉に包まれたおにぎりを、朔と雪哉に差し出す。


「今回の戦いは大変かなって思って、作ってきたんです。どうぞ」


人型に戻った朔が受け取る。雪哉が受け取る。

笹の葉を開くと——二個ずつ、

丁寧に握られたおにぎりが出てきた。


「朔くんには焼きおかか。雪哉さんには鮭です」


朔が一口かじった瞬間、「うめえ!!」と、

朔の耳がぴんと立ったまま固まった。

ふわりとほどけるご飯の甘みの中に、

炙られたおかかの「カリッ」とした食感が来る——

次の瞬間、香ばしさと出汁の旨みが一緒に溶けて、

後味がするっと抜ける。咀嚼が止まらない。


「……焼きおかかって、こんな味するんだ。今まで何食ってたんだろ俺」


ふんわりご飯の中に表面が少し炙られて

香ばしくなったおかかの「カリッ」「ポリッ」とした食感と

甘じょっぱさと出汁の様な旨みが溢れた

おかかのしっとりした質感に、朔は丸くなった尻尾が

思い切り振りきれていた。指に付いた米粒まで食べている。


雪哉も一口かじる。一瞬——動きが止まる。

また一口かじって——雪哉の動きがまた止まった。

ほぐした身がほろりと解ける。

皮目に近い部分の脂が、じわりと口の中に広がる。

塩が、鮭の甘みを引き立てている。

うるさくない。ただ、真っ直ぐ旨い。

釣りたてのような鮭の焦げた皮の香ばしさが鼻に抜けた瞬間、

体の芯から力が戻ってくるような感覚があった。


「……これは」


もう一口、黙って食べた。

ジュワっと染み出た旨み脂が口いっぱいフワっとに広がって

まるでこの場で鮭の定食を頂いているかのような感覚になってゆく。


「これは……身体の芯から、回復する味だな」


静かに、でも確かに言う。

もう一口。また一口。

朔がいつの間にか二個目に入っていた。


「……土地神が幸せな神に戻って良かった。良い仕事をしたな、桃果っ!」


珍しく、名前で呼んだ。


「私からも礼を言う。ありがとう」


桃果が目を丸くする。雪哉の口元が——ほんの少し、動いた。

笑った。気がした。


(……笑った?)


でも次の瞬間にはいつもの無表情に戻っていて、

桃果は自分の見間違いかと首を傾げる。

沈黙のあと。雪哉が懐から印鑑を取り出した。営業許可証を広げる。

一拍——止まる。

わずかに、耳の先が白くなった気がした。


「……これは、私からの褒美だ。良くやったな」


そう、「認可」の印が、許可証に押された。桃果に差し出す。


「これで店主様だな、おにちゃん!」


桃果が許可証を両手で受け取る。


「ありがとうございます!」


深々と、雪哉にお辞儀をした。雪

哉が視線を逸らす。耳の先が、まだ少し白かった。


* * *


開店前夜。とある一店舗。

桃果は一人で厨房に立っていた。

明日から、ここが店になる。

幽世でもついに、鬼灯のおにぎり屋が開く。


(……緊張する)


手を見た。何度も米を握ってきた手。

現世でも、幽世でも。

この手で——明日から、店を開く。


店の扉が開いて朔が顔を出した。


「まだ起きてたんだ……」

「緊張して眠れなくて」

「正直だね」


朔が厨房に入って来て桃果の隣に立った。


「明日、うまくいきますよ」

「えーっ?根拠は?」

「おにちゃんのおにぎりが美味いから」


桃果が笑った。


「それだけ?」

「それで十分だと思う」


しばらくして、雪哉も、店に現れ——

気づいたら、いつものメンバーが店の中にいた。


「……なんだか3人集合しちゃったね」

「開店前夜だから……かな?

それにしても明日に備えて早く寝ろ、とは言わないんですか?」


朔が雪哉に問う。


「言わない。今夜くらいはな」


雪哉が珍しく、柔らかい声で言った。


「……なんだ?」

「いや、雪哉さんが優しいなと思って」

「うるさい」


 桃果が立ち上がった。


「じゃあ——開店前夜、おにぎり食べる?」

「「食べる」」

二人が同時に答えて桃果が笑った

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