9話 吠える猛者、気合いを添えて
ゾンビデッド・ウォーランニングというゲームがある。
そのゲームは簡単に言えば街をゾンビから守るゾンビディフェンスゲームだ。ダウンロード数はいくらか知らないが、シリーズ化され現在は3まで発売している人気ゲームである。もともと製作者は海外のゾンビ映画から着想を得たとかで、だからなのか、妙に細部までこだわった設定が特徴だった。街の食糧管理、隣町の様子、派閥、敵の情報。ゾンビと言っても一種類じゃない。その種類は50種類以上存在し、しかもAIが組み込まれており襲撃方法もバラバラだ。
中でもストーリー進行中、主人公がコロコロと変わるのだが、一般市民Aとかいう村人A的なキャラに視点が切り替わった時攻めてくるゾンビーー通称ビギナー狩りと呼ばれるクソみたいなゾンビにプレイヤーはみんな手を焼かされた。
なにせ、通常はガトリングガンやら砲撃やら重機を扱える他のキャラと違ってこの一般市民Aは鉄パイプか斧というクソみたいに貧相な武器しか使えないからだ。そのせいで一体倒すのに時間はかかるわすぐ死ぬわでまさに鬼畜。しかも死んだらまたストーリー最初からだから笑えない。
別にクソゲーってわけじゃない。バグとかないし、ちゃんと作りこまれてるし、やっていると面白い。けどそれでも難易度が高く、クリアするのには相当な時間がかかるのがネックだった。そう、まさに今の状況と瓜二つだ。
「こんな気持ちはゲームで無理難題押し付けられた時以来だ。デッドウォーって知ってるか!? あいつら今みたいに問答無用で襲ってくるんだぜ!? しかもこれの倍くらいの数だ!」
それに比べればいくらかまし、というのは流石に言い過ぎだろうか。しかし、腐敗臭ありきだとこっちも相当なキツさだ。どうやら魔物は死んだらドロップ品を落とすが、服に着いた血は落ちないっぽいからな。
洗濯しても落ちないだろうそれを見ていると、やはり精神的な辛さはデッドウォーと同等かそれ以上。まあこっちは一般市民よりかなり動ける自信があるし、まだ可愛げはあるほうだ。
ゲーマーの根性舐めんなよ。っと思いつつ最初に投げたスクレーパーを手に取り、魔物相手にぶん投げる。ゲームと違っていい点はバグという存在がないことだ。投げた場所にしっかり命中するし、ダメージもすぐに入る。怯みもある、気絶もある。絶命も攻撃の重さによってまちまちだ。
「最後だ。次はちゃんと仕留める!」
包丁はもうボロボロだったので地面を蹴ってすぐに投げた。豚顔の魔物ーー恐らくオークだろうが、そいつは包丁を意にも返さずこん棒で振り払う。その間、地面にドロップしていた短剣を手に取った。
ーー《微光の短剣》ーー
・太陽の光を攻撃力に変える。夜になると威力は半減する。
・魔力を入れすぎるとすぐに壊れるため、諸刃とも呼ばれる。
使える剣であるかは手に取った瞬間出てきた透明板ーー説明を読む時間がないので分からないが、刃こぼれした包丁よりはマシだろう。こん棒が振り下ろされるのを寸前で避け、更には残りの包丁を左足に突き刺し、怯むことなく振りかざしてきた二撃目の攻撃を地面を転がりながら避けると、砂埃が周囲に舞った。
息が上がっているのが分かるが、唾を飲み込み、腹を蹴り飛ばす。身体能力の上がった今の蹴りは300キロほどはあろうか、という奴の体重をわずかに浮かせ、吹き飛ばすことに成功する。しかし、足が震えていた。
「重い……反動で足が捻りそうだな!」
勢いそのままに、正面から走る。やつは相撲でも取るのかと勘違いしたのか、よだれをまき散らしながらこん棒を背後に投げ、両手を広げた。このまま殴り飛ばすか?いや、今の俺はやつよりも攻撃力が低い。体力的にも持たない可能性がある。正面突破はまず不可能!
「うおぉおおお気合いじゃああああ!!!!!」
叫びながらオークの至近距離まで近づくと、オークは右手でジャブを放ってきたのでスライディングして股を通る。その最中、両手で短剣を握りオークの腹を思いっきり引き裂いた。重い……というかかなり深い。脂肪分が多いのか、切った感じがまんま硬い鞄でも切り裂いたような……しかしそれが決定打になったようでオークは顔から地面に倒れた。血が大雨が降った後の水たまりの様に見る見るうちに広がっていく。それに関しちゃ別に何も思わないが、なんだか現実離れした光景だな、としみじみ思う。
「はぁ……はぁっ……だぁぁくそ! どんなもんじゃああああああーーーー!!!!」
両手を広げて仰向けで倒れた。呼吸の音がすごい……心臓がバクバクと鳴っているのが分かる。周囲にはもう魔物はいなかった。全部倒したし、後続もいないことは確認済みだ。にしても、流石にこんなに大量の魔物と戦うことになるとは思わなかったな。これがメガホンの力なのか……それとも俺が無鉄砲な真似をしたが故の結果なのか。
「もう二度としねぇ。こんなこと!」
命の駆け引きも、楽しかったと言えば楽しかったが流石にお腹いっぱいだ。満腹どころか、吐きそうなくらいに食った後の気分。起き上がって背後を見ると、そこには目視でもわかるほどのたくさんの報酬品があった。特に魔石は宝石みたいに綺麗な輝きを放っているためよく見える。まあ、それでも今拾うのは体力的にしんどいため一旦休憩だ。ベンチまで歩くと下に置いたお茶とタオルを手に取り、体を預ける。そしてお茶を一口。
「ーー!! お茶うめぇぇええええ!!! 疲れた体に染み渡るぅうううう!!」
久しく忘れていた中学校の記憶。中学は部活に入部するの必須だったからテニス部に入部して、毎日毎日来る日も来る日も練習したのだ。特に休日は丸一日動き回って家に帰ったら倒れるように寝転ぶというのが日課だった。その時に飲んだお茶のうまさたるや、頑張ったものにしか味わえないものがある。
「これが頑張ったものだけが味わえるお茶か。なんだか落ち着くねぇ」
面白いことに今の今まで爆音が鳴り響いていた戦場は嘘のように静まり返っている。その上魔物はみんな霧になって消えたから、残っているのは血も汗もないまさに普通の運動場。なんだかすげぇギャップにちょっと笑いそうになる。
「ねぇメタクラックくん!! こっちから頭のおかしな人の電波を感じる気がするんだけど気のせいかな!?」
「ああ!? 何のこと言ってんのこんな時に!! それよりどうすんだよこれ!!」
「巻くしかないでしょ! あ、でもそこに運動場があるよ! あそこでやろうか!」
「戦うのね! 了解!!」
なんか聞き覚えのある声が聞こえてきた気がする。あと、なんか聞き覚えのあるドタドタとした地面を踏み込む音がする。気のせいだろうか。入り口から男女が一人ずつ入ってきてグラウンドに駆け込んできた。
一人は紅の髪色の揺らす女だ。身長は170半ばくらいだろうか。凛々しい顔をした、見るからにスタイルの整った女だ。モデルとかやってそうだった。
もう一人は男だ。茶髪に同じく琥珀みたいな綺麗な瞳をした男。顔は中々に整っている。たぶん俺よりちょっとばかし良い面だ。あとゲームとか好きそうだな。昔からそのせいで夜更かしとかするタイプの顔だ。
「ん? え?」
「あれ、なんかここすごいドロップ品落ちてない!? 誰かが戦ったのかな!?」
「誰かって誰が!? 運動場で戦うなんて心当たり……」
「……」
「……」
「「あるな」」
メタクラックとヘルズは周囲を見渡した。俺は遠くのベンチに座ったまま、静かに見守る。目が合った。二人はコクリと頷き合うと、楽しそうな笑みを向けてこちらに走ってきた。
「いたいた! 探したんだよキュウタくぅ~ん! 大丈夫だったぁ~?」
「まったく心配したんだよキュウタ! 死んだらどうしようかと思ってさぁ!」
「そう思うならこっちに来るんじゃねえ!! 馬鹿か!!??」
なんともまあわざとらしい演技に、吐きそうである。こいつら……俺の場所を調べてわざと魔物連れてきやがったな。しかも思いのほか集まったからって巻き込むつもりだ!
「お前ら、魔物だったら殺してるぞ!?」
「そんなこと言わないでよキュウタきゅん、私たち友達でしょ?」
「親友第一! 一緒に楽しもうよキュウタ!」
「……っ。都合よすぎる!!???」
いつもは煽りまくって友達だなんてひとかけらも言わないくせに、こういうときだけ乱用しやがる。親の顔が見てみたいぜ。
第2ラウンドが始まった。俺はすぐに重い腰を上げ、再び剣を握るのだった。




