31話 こっちの弱みとあっちの強み
「ヘルズ!!」
すぐに彼女に駆け寄る。近づいてみると、彼女の容態が鮮明になった。怪我……そう、怪我を負っていたのだ。返り血じゃない。自分の血だ。それは魔物の血と人の血が違うからすぐにわかった。
「なんで……お前が……。メタクラック! ヘルズが怪我してる! 急いでベンチに運ぼう!」
「ああ! 俺は水とタオルで応急処置をする! こっちに運べ!」
メタクラックに言われ、すぐにヘルズを抱える。どうしてこんな状況になっているのかは分からないが、一旦それは後回しだ。とりあえず息はある。鼻からわずかな吐息が聞こえてきた。生きてる。けど、状態が分からない。頭からの出血。体中に傷はないものの、数か所だけ擦り傷が見える。これはさっきできたものか、それとももっと前に出来たものか。ベンチに着くと、タオルを枕にして少し頭を浮かせながら彼女を寝かせる。水を吸わせたタオルで血をふき取り、怪我の状態を確認。そのまま違うタオルで頭に置き、安静にさせる。
「容態は……」
「そこまで重傷じゃない。でも頭に一発くらって軽い出血と脳震盪を起こしてる。次期に目は覚めると思う」
「そうか」
そう言われて少しだけ安心する。血を流して倒れていたから最悪死んでしまうかと思ったが、どうやらそこまでの重傷ではないらしい。ただ、目をつむるヘルズを見ているとまだ不安だ。どうすればいいのか分からなくなる。
「まさかヘルズがやられちまうとは……敵の狙いはゴールじゃなかったのか。最初からヘルズ狙い?」
「さあね。ただ、ヘルズに向かって行く魔物がいたのは俺も見た。相手は魔物だし、そう言う算段だったと言われても納得だよ」
敵の狙いはゴールではなかった。その可能性は十分ある。なにせ、考えてみれば俺たちは三人でダンジョンに参加しているからな。そのうち一人でもダウンさせられれば俺たちの戦力は大きく削られる。そもそもの話、敵は分かっていたのかもしれない。俺らの中で一人を集中的に狙えば残りの二人が必ずフォローに入るってことが。だって俺たちは仲間が大事だから。攻略よりも何倍も仲間の命を優先するから。
最初の得点時俺が二人のフォローに走った通り、俺たちは何よりも味方の危険に敏感だ。対して魔物は仲間が死のうと何も思っていない様子だった。だからこそ、そこを突けば仲間想いの俺たちは一気に崩壊する。そこに敵が気付いていた可能性がある。自然と拳に力が入った。
「どうするメタクラック。このまま続行するか? それとももうダンジョンを出て家に帰るか?」
とはいえ、そこに今腹を立ててもしょうがない。ヘルズの意識が飛んだことで、もう家に帰る、という選択肢が生まれてしまった。流石に二人でクリアするのはかなり厳しいし、何よりヘルズの容態が心配だ。今回は失敗という形にして、また家に帰って挑戦するか否かを決めるのもありだと思う。メタクラックは軽く水分補給をしながら唸った。
「俺もその判断は正しいと思う。ヘルズなしじゃかなり役不足って言うか……戦力不足だしね。けど多分それをするとこいつは間違いなくブチギレるよ。なんで続行してなかったんだって」
「そんなこと言ってる場合かよ。意識飛ぶレベルだぞ。続行するのはリスクが高い」
「わかってる。ヘルズの容態もあるし、それ度外視しても結局こいつの穴埋めはしばらくゴーレムがすることになる。ただゴーレムじゃヘルズの3分の1も役に立たない。こっちの不利は加速する」
それが今の現状だ、とメタクラックは語った。今得点的には10対11で俺たちが勝っている。ヘルズは死んでないから討伐という形で点数にカウントされていないし、ゴーレムもどうにか耐えて点数変動はない。だけど、だからこそ勝っているのに逃げる、なんて行動ヘルズが許さないし、これがゲームなら俺もメタクラックも許さないだろう。とはいえ、前半残り10分あるかないか。その間ゴールを決められないように手回しをするのは中々に厳しい。特にヘルズがいなくなった左サイド。あいつの席をゴーレムが務められるかと言われればできないし、だからと言ってメタクラック側にボール集めてどうにかってのもあんまりうまくいくとは思えない。俺が相手ならまず左側から攻めるだろうしな。
「だったら私側にゴーレムを多めに置けばいい。それで問題は解決でしょ」
「ヘルズ、起きたのか!」
「うん。ちょっと前からだけど」
ヘルズが丁度起きた。よかった、この試合中に目を覚まさない可能性もあったが、一時的なものだったようだ。
「でも、結局それも時間稼ぎにしかならないよ。ヘルズは交代する。そこは変えるつもりはない」
「わかってる。私も流石にこの状況で無理やり出ようとは思わない。だけど、後半ならいける。その頃には体力も大分回復してるはずだ」
「ハーフタイムとこの10分で体力を戻すつもり? 流石に無茶でしょ。痛みはまだ続くよ」
「大丈夫。怪我の状態は軽傷だ。痛み止め飲んで回復ポーションもがぶ飲みすればどうにかなる。まだ諦めたくない」
ヘルズは一向に引くつもりはないらしい。頭にタオル掛けて手乗っけてるから顔は見えないが、おそらく本気だ。ここまで来て自分のせいでリタイアは絶対にさせないと、そんな力強さを感じる。気持ちはわかる。俺ももしこいつの立場なら、「死んでも続行だ」と豪語するだろう。だって悔しすぎるから。俺の役不足で攻略できなかったとか目も当てられないから。だから俺はこいつの意思に口出しできない。
「……改めて。どうするメタクラック。多分こいつこれ以上言っても聞かねえぞ」
「はぁ……この状況でよくこんなこと言えるよね。怪我人は黙ってリタイアしますって言えばいいのに」
「そんな玉じゃないってのは俺たちが一番よく知ってることだ。俺だってこいつの立場なら絶対続行させる。クリアできる可能性が1%でもあるわけだからな」
「その気持ちは俺にだってある。だから面倒なんだ、ゲーマーとか言う理想主義者は」
長い付き合いの俺たちは知っている。知りすぎている。こんな時、絶対まだできると豪語することを。でもメタクラックからすれば嘆かずにはいられないだろう。最終的な判断は俺でもなければヘルズでもなくリーダーのメタクラックにあるのだから。何とも責任重大で、俺たちは何とも無責任だ。メタクラックはしばらく考え込んだが、やがて口を開いた。
「本人が続行を願ってるなら続行するしかない。続けよう」
「了解、仰せのままに」
「それでいい。怪我はすぐに直す」
メタクラックは続行の意を示した。青春のクソページはまだ引かないらしい。ま、ヘルズが起きた時点で予想通りっちゃ予想通りだけどな。本人の意思が何よりも重要なわけだから。
とはいえ、これでヘルズが回復しなかったとしてもそれは自己責任だ。あるいはこいつが重傷でマジでヤバイ状況でした、なんてことがあったとしたらその時はもう攻略を諦めるしかない。一度はいい。けど状況悪化は攻略のリスクをうんと高める。
「んじゃ、とりあえず続行が決まったってことで、ヘルズは自分の分と俺とメタクラックの分の回復ポーション及び保険の一本、締めて7本全部飲め。あと水分補給な。それが終わったらすぐに寝ろ」
回復ポーションを全部ヘルズに渡す。元々保険のつもりで持ってきたものだし、ヘルズの体力を回復させるためには全て飲ますのが確実だ。正直一本の回復ポーションでどれだけ傷が回復するのかとかよくわからないしな。できるだけ早く回復を図りたい。
「あとタオルも忘れずにね。それと、包帯も巻いとこう。キュウタ、巻ける?」
「おう、任せろ。得意分野だ」
「みんな過保護だね。私もしかしてお姫様?」
「姫プされるくらい弱いってことだよ。甘んじて受け入れろ」
「……あの状況ならメタクラックくんでも同じ状況になってたよ。そのくらいの窮地だった」
「だってよメタクラック、なんか一言言ったらどうだ?」
「脳震盪で頭おかしくなっちゃってんだよ。現実を直視できてないんだ彼女は……可哀想に」
「今なんか言ったかチビっ子が」
「フッ、雑魚なんだからあまり粋がなよ、傷口に響くぞ」
「は?」
「あ?」
「おい、あんま動くな、巻きづらいだろ」
喧嘩しろ、とは思っていたが体を動かせとは言ってない。まあ、こういうやり取りができるならヘルズも多分軽傷だ。軽く休めば後半からは問題なく動けるだろう。ほんと頼むぞ、冗談抜きで。回復してもらわなきゃマジで詰むんだから。




