18話 誰が魚か?
「じゃあ、入るとしますか」
目的地に着いたので早速庭の散策から始める。庭はそこまで広くないが、野菜や果物を育てているのでそこにいないかの確認だけした。いなかったので庭は散策終了。一応車が一台無くなっていることも確認しつつ、門扉をくぐり玄関へと向かう。
「相変わらず物が多いな。ほとんどゴミだろこれ」
家の周辺にはガラクタと思われるものが散乱していた。机や椅子、卓球台、その他家具。机も椅子も処理が面倒だから置いてるんだろう。卓球台はヒビもないし、特に汚れた様子もなく埃被っているだけなのでまだ使えるが、やるとしても俺とヘルズ、メタクラックの三人、あるいは婆ちゃんくらいなので放置してる様子だ。見ていると若干懐かしく思える。
でも別に何かに荒らされたって感じじゃないな。もともと一か月前からこんなだったし、まったく以前と変わってない。ここはうちよりさらに坂を上った位置にあることもあって、魔物から襲われにくい場所なのか。はたまた門扉やドアが閉まっていて入ることが出来なかったか。魔物なら強引に開けてもおかしくはないが、結界が張られていないことを考えると魔物がいない確証はない。警戒は続けたほうが良さそうだ。
「お邪魔しまーす」
土足のまま玄関をくぐると、同時に鈴の音が響いた。誰かが来れば分かるようベルが付けられていたみたいだ。うるさいので短剣で切って回収し、近くに置いておく。こんなんで魔物が寄ってきたら敵わん。家の主からすれば誰かが入ってくれば分かるし防犯器具みたいな扱いになるのかもしれないが、それよりリスクの方が格段に大きい。玄関を過ぎるとすぐに左の部屋に入る。大体7畳くらいの部屋が姿を現した。
下は畳、真ん中には机が一つと、仏壇が一つ。それ以外は特に特筆すべきものはない。気配もないし、誰もいないと見ていいだろう。そのまま外の縁を歩き庭の景色を見ながら他の部屋も見ていく。トン、トン、と足音だけが響いた。
「広いなここ。古き良き日本庭園に和式の家。小さいが渡り廊下もあるんだよな。こりゃ、どっかに魔物潜んでても不思議じゃない」
トイレや子供部屋、リビングを見ながらそう思う。物騒ではあるが、広い場所は魔物が潜みやすいという特徴がある。今のところ荒らされた形跡はないし、血痕も見えないが……ここまで広いと油断はできない。
ついでに渡り廊下を渡ってもう一つの部屋も見てみる。こっちは尚更誰もいないと思うが……念の為だ。
「……予想通りここも誰もいないか。これで一階は全滅だな。残るは二階、と」
やはりというべきか、誰もいなかった。そろそろ魔物が飛び出してくるかも、と思って警戒はしていたがまったくもってその気配はない。
ここまでくると魔物は出ないか?と思ってしまいそうになるが……こういうのはどっかでドッキリされるのがオチなのだ。魔物の中にも小賢しい種類はいるだろうし、こうやって荒らされてない部屋を見せつつ油断したところを狙ってくるみたいなのは定石だ。わかってる、オラいっぱいゲームしてるからわかってるんだ。そういうの。
渡り廊下を戻って今度は二階へと上がる。二階は三つしか部屋がないので確認に時間はかからない。
一つ目の部屋を開けると、そこは書斎だ。書斎には誰もなかった。大量の本があるだけ。どうやらここには誰もいないようだ。
「なるほど。あと二つのどちらかに魔物がいるってパターンか。了解了解」
二つ目の部屋を開けてみる。そこは物置部屋だった。ドアの向こうに魔物がいるというパターンもなし。段ボールが積み上げられているだけで、生き物がいる可能性は低い。
「ここもなしか。となると、最後の部屋だな」
段ボールの中に魔物が入ってる可能性もなくはないが、一々そんなところまで見てられない。もしかするとその間に魔物が家に侵入してくる、なんてことも考えられる。部屋を出ると最後の部屋へ移動する。
「さて、ここはたしか婆ちゃんが偶に使う自室だったか。入り口に張り込んでいる可能性もあるし、クローゼットから飛び出してくる可能性もある。ベット下から切ってくる可能性も、天井から降ってくる可能性もある。まあ、全部許容範囲だ」
こっちはこれまでいろんなゲームやってんだ、ここでドッキリされたって痛くもかゆくもねぇ。
ドアを思いっきり開け、瞬時に短剣を構える。奥にはベットが見えた。右には小さなテレビ。下は絨毯が敷かれているだけで何もない。どうやら魔物がいきなり飛び出してくるなんてことはないようだ。
「奇襲なし……となると、残るはクローゼットとベット下。あと天井。押し入れはないからその三つだな」
まだまだ警戒は解かない。どうせいるんだろう。何なら俺が警戒を解かないから部屋を移動してここまで逃げたんじゃないか?
多分そうだ。追い込み漁、ってやつだ。
「魚みたいな弱い生き物は人から逃げる。勝てそうになるまで攻撃してこないんだ。つまり、お前はどこかに隠れてるってことだろ」
当然返答が返ってくるはずもないが、ハッタリも込めて言っておく。天井を見ても誰もいない。その間、ベット下も警戒するが何も出てこない。追い込み漁……とはよく言ったもの。
魚を追い込んで最後に採る。そう、これは心理戦だ。やつが漁師か、こっちが漁師か。食うもの食われるもの、どちらが追い込まれているのかを問う心理戦。その勝敗は、虚を突き、敵を狩ったものによって決められる。言い換えれば殺したほうが漁師。負けた方が魚、ということ。
「ドアは閉めてる。まずはベットの下から見させていただこうか」
ベットにいるパターンはよくあるからな。近づいてきたところを足の腱を切って引き込む。ホラー映画には付き物だ。もうベターと言っていい。
「残念ながら俺は油断しない男。ベットをのぞき込んでいる間クローゼットから奇襲をかけてくるところまで読んでいる。あるいはその逆もな。ってことでテレビをここに置かせてもらいますね。君の作戦は知ってるから」
クローゼットの前にテレビを置いて開けられないように密閉完了。ついでにガムテープでも貼ってやろうかと思ったが、まあそこまではしなくていいだろう。とにかくこれで奇襲をするという選択肢はなくなった。他に隠れられる場所はなし。というわけで、早速ベットの下をのぞき込む。
「……む? ここにもいないのか。運悪いな俺」
ベットの下にあるのは埃だけだった。魔物はいなかった。その間、奇襲を仕掛けるならクローゼットの扉が動いてドンっと音がするはずだが、それもなし。隙間で俺の姿が見えているのか。俺がクローゼットを開けた瞬間、襲ってくるつもりか。
どんな腹積もりにせよ、クローゼットにいるなら完全にカモだ。パターンが分かってるときほど倒しやすいものはない。
この家の隠れられそうな場所は隅々まで見た。それでもいなかったということは、もうこのクローゼットにいるとしか考えられない。テレビをゆっくりとどける。流石に隙間から中を覗くと刃物でぶっ刺されそうなのでやめておこう。ここは一気に開けて瞬殺するのが得策だ。
「あとは開けるだけか。出てくるなら今の内だぞ」
サクッと討伐してやる。と、心の中でつぶやく。もちろん、生かさん。相手が問答無用で襲ってくる魔物である以上迷わず倒すのは当然だ。クローゼットの奥からは返答がなかった。
「そうか。君はそういうやつなんだな」
出てこないというのならこちらから開けるしかない。エーミールの仇を討つしかない。現在レベル12の俺の反射神経と、やつの反射神経。どちらの牙が敵に届くか。これは最早心理戦ではない。
「98点、これが何の数値かわかるか?」
そう、これはもう、反射神経。つまりPSの勝負なのだ。心理戦は追い詰められると最終的にPSで勝負することになる。もちろん、追い詰めた方が有利な勝負だ。今回で言うと俺。絶対に俺。だって追い詰めたのは俺のはずだから。
そんな俺が少し間を開けて、クローゼットを勢いよく開けた。
「ワニワニパニックだぁああああ!!!!」
ドアをバンっと開く。ワニワニパニックというゲームがある。それは子供の頃に必ず一度はやったことがあるだろう反射神経を競うゲームだ。ワニが穴から出てきてそいつをピコピコハンマーみたいなやつで叩く。点数は最高100、最低は0。ただし、店側の難易度設定によって偶に100を超えることも可能。中でもプロのワニハンターなら難易度最高設定で、中身をいじった違法レベルのワニワニパニックをプレイすることもあるという。俺はそのうわさを聞きつけて難易度クソムズのワニワニパニックがあるゲームセンターに出かけたことがある。
そこはまさに魔境だった。ワニが3匹同時に出てくることは当たり前、出てきた瞬間首を引っ込める。その間わずか0,3秒。これ絶対電圧ミスってんだろと言いたくなるようなクソ難易度のゲームをプレイした俺は、一時間で3000円以上溶かし、100点中98点というベストスコアを叩き出した。そんな俺の反射神経は最早人並みの遥か先を往く。
クローゼットが開いた。隙間からは服が見えた。その先には毛皮らしきものが少し動いたのが見えた。
「いた! 勝機!!」
足を踏み込む。体勢を前のめりに、短剣を振るう。それは既に、直前で止めることなど到底不可能なほどに研ぎ澄まされ、殺意のこもった鋭利な刃だった。刃が敵に刺さる。プゥという可愛らしい音が鳴る。当たった。このまま殺し切る!
「…………ん? プゥ?」
なんとも聞いたことのある音に手から反射的に力が抜けていく。
クローゼットにあったものは、魔物ーーではなかった。
ぬいぐるみだ。それも茶色くてかわいらしい顔をした愛嬌たっぷりのクマのぬいぐるみ。そこに魔物という凶暴性を秘めた異物の姿はなかった。
「……魔物じゃない。何もいないのか?」
しばらく静止する。クローゼットを改めて見てみるが、そこには何もいなかった。魔物の姿は愚か、それらしいものも見えない。
えーっとこれは、何と言うか。つまり、だな。なんか色々と勘ぐってたけど、最初からこの家には魔物なんて一匹もいなかったと、そう言うわけだろうか。
勝手に勘違いして、勝手に盛り上がって、結局全部俺の思い違いだったと。そう言うわけか?
ふむ。
たしかに冷静に考えてみれば、”ゲームなら魔物が襲ってくる”とか”警戒を解く”とか、あそこら辺から魔物がいると思い込んでいた気がしなくもない。てっきり俺が家中を探し回っている間追い詰められた魔物が奇襲をしてくるんだとばかり思ってたんだが……全部勘違いだったようだ。
あまりの恥ずかしさにわざとらしく咳払いをする。
「まあ、エーミールだって復讐はしなかったからな。わかってたよ、ここに何もいないなんて。全部演技だから。暇つぶしに演じてただけだから」
流石に苦しすぎる言い訳ってのは俺が一番よくわかってるが何も言わないでほしい。魔物がいない可能性に関してはもちろん考えなかったことはないんだ。寧ろその可能性を一番に考えていた。けど、ちょっと役に入りすぎたというか……ここにメタクラックもヘルズもいなくて大変助かったというか……
「あの二人がいたら爆笑されてたな。いなくてよかった」
気恥ずかしすぎて頭が痒くなる。別々で行動しようと言ってくれたヘルズには感謝してもしきれないな。こんなの二人に知られたら一生の笑いものだ。勝手に警戒して全部勘違いして、結果収穫もゼロとか。恥ずかしすぎて死ねる。情けなくて目を瞑りたくなる。
「うっ、これが羞恥心…。いや、誰にも見られていないならセーフだ。さっさと出よう。今ならまだ間に合う」
収穫はなしってことで。というか、さっきまでの慎重すぎる行動も諸々何もなかったということで。
まあ、婆ちゃんがここにいないってことは理解できたし、それだけでも大きな収穫だ。
欲を言えばどこに逃げるのか書留でも置いててくれると今後動きやすくなるから助かったんだけど、状況を考えるに無理な話だ。
もう用はないのでこの家を出て、再び魔物狩りでも出かけるとしよう。
踵を返し、ドアを開ける。
と、その時、
鋭い刃が、目の前に迫っていた。
「……っ!!」
咄嗟だった。視界に何かが迫ってくるのを感じて、反射的に短剣でそれを防いだ。ガキンッという金属がぶつかったような音が聞こえてきた。火花が散った。その勢いに思わず後退し、背後のベットにふくらはぎをぶつける。僅かに痛みがやってくるが、無視して、目の前のそれに目を向ける。
「な、なんだ!?」
目の前には魔物がいた。大きさは2メートル程だろうか。足が10本くらいあってどれも鋭くとがっており、付け根は脂肪分の塊みたく丸みを帯びている。上半身は人の形をしていた。しかし、それでも化物だ。目が8つついている。
まさしく異形。いや、こいつはーー、
「土蜘蛛!」
ファンタジー世界にたびたび出てくる土蜘蛛。
上半身は人だが、下半身は蜘蛛という、恐ろしく、悍ましい魔物だ。
やはり奴はそこにいる……
作者の実家にはゴキブリの10倍くらい蜘蛛がリポップします。みなさんも気をつけましょう。




