13話 ロマンと現実の味
さてさて、結界の効果について色々と検証したからか、俺はその日夜番をすることなくぐっすりと眠ることが出来た。
大怪我……とは言わないものの相当深い傷を負っていた俺からすると睡眠をとることが出来たのはだいぶ大きい。メタクラック曰く、流石に怪我人を寝かさず自分たちだけ寝るのは人としてまずいでしょ……とか言ってたけど、正直信じらないってのが感想だ。特に、ヘルズとか当たり前のように寝そうだからな。何ならこっちが話しかける前にもう寝てるまである。ま、終わったことだし、そこら辺はいいんだけど。
ともあれ翌日。
寝室からリビングへと降りると、メタクラックとヘルズが朝食を食べながらテレビを見ていた。まだテレビやってんのか……という業界根性ここに極まれりな状況に感心せざる得ないが、まあそれはともかく、俺も適当に食パンを焼いて口にくわえる。
「……すげぇ雨だな。昨日の夜からずっとじゃないか?」
「だね。魔物が出てきたのと関係あるんじゃない? って疑うのは流石に考えすぎか。でも相当だよ」
「泳げそう」
二人を一瞥しながらも窓から外を眺める。外はあいにくの雨模様だ。それも、ここいらでは見たことがないくらいの豪雨。突き刺すような……というのは詩的な表現に聞こえるが、そんな言葉が似合うほどに槍みたくデカい雨粒が地面に叩きつけられ、川が形成されている。
道路に川……それも中々の深さだ。降水量で言うと200ミリくらいか?いや、天気のお姉さんじゃないので分からないが、とにかく相当な雨が降りでいる。
二人はこの光景をすでに何度か見ているのか外よりもテレビに夢中だ。一瞬だけ見えたが、東京もまたここと同じくらいの豪雨が降り注いでいるらしい。まさに、ヘルズの言う泳げそう……という言葉がぴったりだった。といっても、この雨で泳げば簡単に流されて終いだろうが。目の前に置いてあった机に水を置いて、ソファに腰掛ける。
「そう言えばキュウタ、もう傷治ったの?」
「粗方はもう大丈夫だな。小さい擦り傷とかは既に完治してる。あとは横腹がまだ痛むけど、多分これも明日にはほとんど回復するだろう」
「ほえ~回復ポーションってすごいね。普通なら一か月は余裕でかかりそうなのに」
それは俺も感謝してる。怪我って痛むと気分が落ち込むからな。一週間やそこらで治らない傷が僅か三日で治るなら、回復ポーションの回復力も相当なものと言っていいだろう。気分もそこまで落ち込まなくて済む。
「でもどうせこの雨だからな。狩りに行こうにも行けないだろ。流石に家で安静だよな?」
「当然。こんな雨の中外に出られるかよ。今日はずっと降るらしいしね。全員外出禁止」
「命が惜しくないなら出てもいいと思うけど……わざわざリスク取る必要はないよね」
そりゃ、誰が好き好んでこんな雨の中外に出るかって。外は豪雨というにはさらに甘いような、殴りかかる雨が降ってるのに、出られるはずもない。そもそも外に出てもやることがない。この雨じゃ魔物もほとんどいないだろうし、食い物探すにしても全滅だろう。食べ物に関しちゃ別に困ってないしな。ドロップ品を含めれば多分二か月くらいは余裕があると見ていい。となれば、今日は完全に臨時休業、朝食を持ったまま勝手口のドアを開け、靴を履き替える。
「……? どこ行くの?」
「外。せっかくだし、景色見ながら食べるわ」
「ほーい、行ってらっしゃい」
「怪我して帰ってくるなよー!」
「うっす」
外に出るって言っても、結界内だけだ。さっき中から見てたけど、この結界は雨も防いでくれるようだからな。中にいても面白くなさそうだし、外でモーニングする方が楽しそうだ。
勝手口を開けて外に出る。庭には小さな倉庫と、昔買ったバスケットゴールが置いてあった。さらに庭の中心部から両端には鉄パイプが二本刺さっている。前者は父さんの物置倉庫。後者二つは俺の遊び道具。
中でも倉庫から取り出したのは木製の椅子と背の高いテーブルだ。それらを庭の出入り口ギリギリに置くことで、目の前の絶景(10メートル先は雨でほとんど見えない)を見ながら食事が出来る簡易的なテラス席が完成する。まあ、家から出てるから屋外っちゃあ屋外なんだが、結界内であることを考えると屋内ともとれる……こういうのは気持ちの問題だ。景色自体は雨で地面が川流れ状態、足を延ばせば結界外に出ることができ、雨に濡れることも可能。物珍しさと斬新さという面で見れば、もうこれは自室VIP席だ。相当な物好きなら5万くらい払って座りたい席だと言っても過言ではないのではないだろうか。
「うむ。なんて迫力だ。景色もクソもねえ」
テラス席ーーもっとおしゃれに言うとオープンテラス。さらにカッコよく言うとアウトドアダイニング。いいや、ここはカッコつっけてオーシャンビューとでも言っておこうか。右手で食パンを食べながら左手で結界外に手を伸ばせば、雨がバチバチと当たるのが分かる。外は雨で気温が下がっていた。大体13,4度くらいか?感覚なので多分違うが、薄着だと相当寒いだろう。加えて、靴下を脱いで足を延ばしてみれば、そこにあるのは清涼感溢れる水ーー否、泥と砂を巻き込んだ汚れた冷たいだけの水が足を右へと連れ去らんと流していく。こういうの結構好きなんだよな。なんかロマンがあるっていうか……ドキドキするっていうか……。
「贅沢を言うなら、魔物がいてくれたよかったんだが……」
最高にハイテンションになるためにはもう一味加えていただきたいところ。たしかに景色はクソだが足湯は嫌いじゃない。俺の泥臭さとマッチしてるし、阿保な感じ(?)がする。あとは魔物さえいてくれれば正直満点なんだが……それがないのが何とも悔やまれる。
おそらく、この雨の中活動出来る魔物も中にはいるだろう。こういうのってゲームじゃ雨にしか出現しない魔物とか当たり前のようにいるしな。けど、流石にここにはまだ出現してないようだから、ただ景色を見て楽しむだけになっている。
「そう言えば、さっきメタクラックがこの雨も異世界関係じゃないか、なんて言っていたな」
ふと思い出した。雨が降ること自体は別に普通だし、特に不思議も何もないが、しかし魔物が現れた次の日にこれほどの歴史的な豪雨が降るとなるとそう思うのも頷ける。例えば、これが魔物が暮らしやすい世界に環境整備している、という役割を持っているとか、魔物による何かしらの能力でこうなっているとか。
前者はありえなくもないが後者は流石に考えすぎか。だって東京も同じようになってるんだもんな。もし本当に魔物の仕業なら日本全土に及ぼすほどの能力を発動させていることになる。それは流石に考えにくいだろう。となると魔物が出現したことによる何かしらの副作用、つまり魔物が暮らしやすいように自然と世界がそうさせた的な……
「おっと、スピリタス。陰謀論もいいとこだ。これ以上考えても無駄だな」
最早どっかの宗教団体が唱えていそうなぶっ飛んだ思想の頂に、頭を振る。別にこの世界がどんな理由でこうなろうと、どんな理屈が存在しようとそう言うのはどうでもいいんだ。大事なのは今、そしてこれからの行動。余計なこと考えてもどうせ数秒後には忘れてるしな。それで言うと、今はとりあえずパンを食って家でゲームするのが一番大事。
「なーにが無駄なのかな?」
っと余計なことを考えていると後ろからヘルズが話しかけてきた。
「あれ、中にいるんじゃなかったのか?」
「暇だったからね。どうせなら外の空気でも吸おうと思って」
「さいですか」
俺も同様の気持ちで外に出ているのでその気持ちはよくわかる。家の中にいても楽しいっちゃ楽しいんだけどね。二人ともテレビ見てたし、やることはないのかなと。ヘルズはどこから持ってきたのか、椅子を俺の隣に置いて、勝手に座った。一応、テーブルは三人くらい使えるデカめのやつを持ってきたので、余裕はある。
「へぇ。眺めはまあまあだね。下手なテラス席よりは好みだよ」
「お気に召したようで何より。ついでに足湯もあるぜ?」
「なら減点だ。汚れた水は好みじゃない」
「このロマンが伝わらねぇかぁ!!」
ちょっと悪いことをしているかのような罪悪感、汚れた泥にまみれるような背徳感からくる興奮。こういうの分からないとは、ヘルズもまだまだ男心が分かっていない。
ついでに「手を伸ばせば雨で勝手に汚れを洗い流してくれるんだぜ?」と言うと多分、「家で流せば?」とか言い返されそうなもんだが……いいや、そこに関しちゃ褒めてくれるかもな。それは加点だ、とか言う気がする。
「ついでに手を伸ばせば勝手に汚れを洗い流してくれるんだぜ?」
「それは加点だ。こういうの良いよね。ロマンがある」
「それはわかるのか」
やはり予想通りそこは評価してくれるヘルズにはロマンが分かっているのかわかっていないのか分からないが、しかし減点といいつつも試してくれるのがヘルズの面白いところ。靴を脱ぐとそのまま道路に足を突き出し、足湯を始めた。
「靴下のままとは、恐れ入るな」
「私は君よりも上だからね。やることなすことレベルが一段の上なのさ!」
「勝負の結果についてはその日限り有効です。最終的な結果は1071戦357勝357敗なので、今は誰も煽れません」
「そうはそうだったね。って、これ煽りじゃなくて素だから。勝負関係ないよ」
「素で煽り厨ですか。おたく性格終わってますね。親の教育の賜物かな?」
「言うじゃない。まあ、親の教育なんて受けたことないから分からないけどね」
おっと、ここで気づかぬうちに地雷を踏んでしまうのはキュウタさんの悪いところでしょうか。そう言えばヘルズの親は終わりも終わりーークソッたれオブクソッたれの毒も猛毒、猛毒親だった気がするので、今のはあまりいいお言葉ではなかったようだ。
一瞬謝るか?と思ったが、やめた。謝ったらシリアスな空気になってしまう。寧ろここは機転を利かせて話題をゲームにでもコロッと変えるのが出来るゲーマーというものだろう。早速実行するとする。
「ヘルズさん、最近中々興味のそそられるゲームがあってだな。これが意外と……」
「キュウタは親が心配なの?」
「え?」
失敗だ。言わんこっちゃない。そもそも、急に話の話題をゲームにするってのも会話素人丸出しの証拠ではないだろうか。今更考えても遅すぎる見解に一旦静寂をもって答える。
「メタクラックくんも両親がいる。今は世界がこうなって自分のことを優先しているけど、目的の中には家族の救出もあるはずだ。いつかそっちにも付き合わされるかもね」
「そうか?」
あいつは多分そう言うタイプじゃなくて、おそらく「両親を探しに行くから一旦別れるわ!」とか、「家族の救出はついででいいや。一応目先のことだけ優先して見つかったらそっち優先で」みたいなタイプだと思うが。そこら辺は実際に聞いてみないと分からないな。
あいつの家族とは話したことないし、会ったこともないから。でもまあ、仲が悪いってわけじゃないから多分見つかれば探すってのが一番有力な気がする。
「うちはみんなゲーマーでもなければ強い人間じゃないけど、それでも家族は多分生きてるはずだ。なんとなーくしぶといタイプだからな。特に心配はしていない。多分メタクラックも同じじゃないか? あいつの親って言えば結構変わり者な感じがするし、子は親をまねるって言うし」
「その理論でいくとメタクラックくんの親も相当頭が切れるってことになるね。キュウタと違って」
「ハハッ、それな……! 気の切れる的な……って、今何つった!? お前頭カチ割られたいのか?」
「冗談だよ。でも、そうだといいな。親は子をまねるってのはすごく嫌な言葉だけど。二人の親がそうなら私はもっと気楽にいける」
一人一人家族関係は千差万別だ。俺もメタクラックが「家族を探すから一人で遠出するわ」とか言ったら寂しすぎて泣いちゃうかもしれない。それと同じような気持ちをヘルズも抱いているのか……まあといっても、親どうこうにかかわらずその気持ちはよくわかる。
「この雨で大怪我でも負っちゃえばいいのに」
ただでさえ強い雨が、さらに強く降り始めた気がした。結界は音を遮断する。便利な機能のはずなのに、今はそれがなんとも惜しい。主語のないその発言は、前後の会話で誰に向けたものなのか一目瞭然だった。
「そんなこと言うな」、「やめとけ」とかそう言う言葉は言わない。そんなこと言えるほど俺はいい奴じゃないし、そもそもヘルズ側の人間だから。
冷たいと思うかもしれないけどニュースで人が100人死のうが200人死のうが、ましてや100万人死のうが、それが一切自分と関わりのない人間なら全く悲しいと思わない系のドライなタイプだから。
「とりあえず、この雨に乾杯!」
ぜーんぶ有耶無耶にして、面白い体験をさせてくれたこの雨に乾杯をしよう。というわけで、誰に言うわけでもなく目の前に水を突き出して盛大に祝う。
「……いかれてるよ」
隣から笑いと呆れのこもったそんな一言をもらいながら、俺は最後の一口を飲み干した。




