闘技場編 戦女王リーゼ
「ふぁ……」
受付の朝は早い。
朝の六時には闘技場につき、色んな支度をする。
入り口の門を開けたり、掃除をしたり、書類整理をしたりと仕事の量は多い。
受付人のバール、もうすぐ五十歳を迎えようとしていた。
「今日も暇だ」
毎日が同じことの繰り返し、受付人とだけあって闘技場で繰り広げられる戦いを観に行くことも出来ず、ずっと窓口に座って対応をし続ける。
こう見えても昔はアガン王国に夢を見て入国した若き男だったが、相手との圧倒的な差を思い知り、気付けばここに落ち着いていた。
「なんか楽しいことが起きないかな」
ため息が漏れる日常に飽き飽きしていたバールは今日も七時に窓口を開く。
「んっ……、なんだこの音は?」
いつもと同じ静かな朝だと思っていたバールはその異変に気付く。
机に置かれたペットボトルの水が揺れ、遠くからは何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。
こんなことは数十年の受付人生で初めてだと、恐る恐る闘技場の入り口から顔を覗かせた。
「くたばれクソ女がァァァ!!」
ドォン……!と鎧を纏った男の雄叫びと共に轟音が響き渡る。
振り落とされた拳が地面に地響きを与え、その衝撃で強風がバールの顔に吹き荒れる。
「な、何が起こってるんだ!?」
ぶつかり合うのは拳と拳、戦っているのは鎧の男と褐色の女、素人の目でもわかる次元の違う戦闘はバールのつまらない日常を瓦解させるのには充分だった。
驚きの声を上げるもその声すら轟音や怒涛に消え去り、いつしかバールはその光景を黙って見守るようになった。
つまらない日常を壊してくれた強者の二人に感謝をするように。
二人の戦いは最初、攻防戦から始まった。
カリーナを守るザルドとそれを殺そうとするリーゼ。
投げ飛ばされたリーゼはゆっくりと身体を起こして、満面の笑みでその戦闘の合図に歓喜した。
そして繰り広げされた攻防戦は途中から変わっていった。
「お前が毎夜毎夜襲ってくるから一時期夜が怖くて眠れなくなった時があったんだぞ!?」
「可愛らしい所もあるじゃないかザルド、さらに惚れそうだ」
当初は冷静にリーゼと戦い、カリーナを守ってくれていたザルドも途中から愚痴が止まらなくなり、気付けば私の存在をすっかり忘れて攻めまくっていた。
それに答えるようにリーゼも更に攻撃の速さを上げていき、二人とも私の事は眼中になくなっていた。
「あのぉ……えっ…と、がんばれぇ……」
というわけでカリーナはその場で座りながらザルドを応援しているのだが、何とも人外離れの戦闘だ。
一度蹴りを繰り出せば空気が切れて辺りの霧は晴れ、また一度殴ればその反動で強風が吹き荒れて辺りの霧が晴れる。
結論を言えば、ザルドとリーゼの周りは霧一つない綺麗な空気が存在していた。
「でも、見えないんだよねぇ…」
一番近くで観戦していたカリーナが呆れるほど驚いているのは、二人の手足が見えないことだ。
実際には見えてはいるのだが、モザイクのようにぶれているのだ。
それは速すぎるが故に自分の目が二人の速さに追い付いていない証拠であり、二人がどれだけ強いのかを教えてくれている。
「…っ!そこ!!」
「ぐっ!?」
しかし、状況は動いた。
身体を横に向けて繰り出されるリーゼの前蹴りを手を振り落とすことで難なく防ぎ、がら空きになった褐色の腹に渾身の拳を捻り込ませる。
グシャ…!という鳴ってはいけない音と共に血反吐を吐くリーゼはそのまま後方へと吹き飛ばされる。
ソニックブームのような風の衝撃波が発生し、勢いよく飛んでいく身体は一度も地面に着くことはない。
そして、くの字に曲がったまま後方の住宅へと突っ込んでいった。
「あっ、ザルドやった」
人を殺してしまった。
カリーナはそう思った。
なぜなら住宅に大きな穴を作るほどの威力で人を殴り飛ばしたからだ。
普通に死んだだろうとそんな目でザルドを見るが、当の本人は特に何も反応はない。
「あぁ…、スッキリした」
それよりも、自分のトラウマをぶん殴った事でやりきった感まで出している。
家の中からは男の太い悲鳴声が聞こえてきて、恐らく悲惨な光景なのだろうとリーゼのいる場所に手を合わせる。
「って、こんなことがバレたら大変だよ!早く逃げないと!?」
それまで座っていた身体を起こしてザルドに近付く。
やりきった男の汗を拭っている犯罪者は特に気にする様子もなく、こちらを振り向く。
「あの女には散々嫌な目に遭ったからな、一度くらい殴っとかないと気がすまな………いっうぇ!?」
「そんな事は後で聞くから早く逃げるよ!」
手を引っ張られ、来た道を急いで戻っていくカリーナにつられて二人は闘技場を後にする。
そして後に残ったのは数個のクレーターと大きな穴の空いた住宅だった。
「ひぃぃぃぃぃ………し、死んでる?」
オカマっぽい雰囲気を醸し出す男は家の壁に突き刺さっている女に近付いていく。
家の外壁には人が二人並んで入れる程度の大きな穴が空き、その奥の内壁二壁を突き破り、三個目の壁でやっと止まった。
最初は何事かと起きて見れば女が壁に突き刺さっているのだから驚きだ。
「どうしよう、死んでるよね?」
頭から胸までが埋まっており、まともに身体が残っているのが奇跡な程だ。
しかし、動かない女に恐る恐る触ろうとした。
「くっはっはっはっ!」
「ひぃ!?」
死んでいると思っていた女が急に笑いだし、本日二度目の悲鳴を上げるオカマは部屋の奥まで後退りした。
「はっはっはっ………ふぅ、流石にザルドは強いな」
よっこいしょ、とベッドから身体を起こすが如く当たり前に起き上がるリーゼは肩を回して身体の調子を測る。
壁をいとも容易く壊しながら身体を起こした女に驚きを持っていたオカマはその姿をよく見た時納得した。
「なんだ……戦女王か」
そう呼ばれたリーゼは声のする方へ顔を向けてると、一言「悪い」と謝罪の言葉を述べて家を後にする。
「戦女王に金を払えとは言えないわね」
と、諦めた様子でため息を吐いた。
「ゲホッ!ゲホッ!…あぁやっぱり効いてる」
家から出たリーゼは口から出る血反吐を見た。
腹部を殴られた際に内臓と骨の数本をやられ、さらに壁に背中を強打した時にも臓器を痛めていた。
本来なら立てないダメージを負っても立てるのは戦女王の意地かそれともザルドの愛ゆえか、そんな愛のお相手はもうおらず辺りはいつもの静かな朝に戻っていた。
「残念…もう少し愛を育んでいたかったけど」
ゲホッ…と咳を込みながら来た道を帰っていくリーゼはどこか寂しそうで、しかしどこか嬉しそうだった。
「また明日、楽しみにしているぞ。ザルド」




