闘技場編 信頼された男
結局2つの部屋を用意してもらい、ことなき終えた二人は自分の部屋で夜を過ごしていた。
「情報収集は明日からでいいだろう。疲れも溜まってることだしな」
ザルドのその提案でベッドの上でくつろいでいる私は、窓の外から見える景色を眺めていた。
オルウェン王国とは違い、夜になっても明かりは消えず、むしろこれからが本番だと酒場などで男達がどんちゃん騒ぎをしていた。
「眠れないな…」
圧倒的な程の環境の違いに身体がついてこられず、眠ろうにも眠れない。
逆によく野宿出来たなと今までの自分を褒めたい気分だ。
そういえばザルドはここで1年間ほど暮らしていたというが、どうなのだろうか。
「やっぱり、慣れていくものなのかな」
ふぅ…、とため息をついて仰向けになるも、特にすることがなく暇をもてあそぶ。
「ザルドはなにやってんのかな…」
天井の染みを数えながらそんな事を思った。
「闘技場のトーナメント?」
「あぁ、いつまでだ」
一階のロビーでカウンターを間に挟んで話し合う二人の男がいた。
時刻は12時を少し過ぎた辺り、ここに宿屋に泊まりに来る客というのは大半はこの環境に慣れず、隠れるように泊まっている観光客か力のない弱者。
よって、ロビーで秘密の話をしていても皆は寝ているので平気という訳だ。
「ザルド、何だってまた闘技場なんかに…」
いつも愉快に笑っているヤマダは「闘技場」という言葉に反応し、顔をしかめる。
闘技場はその名の通り、互いに戦い殺し合うエンターテイメント。
アガン王国において闘技場は己の強さをアピール出来る絶好の機会であり、また負ければその地位を奪われ地に落ちるギャンブルのような場所でもある。
そこに参加したいとなれば当然、知り合いのよしみで止めに来るのは当たり前だ。
それにザルドが闘技場に行くとなれば……。
「俺だって出来ることなら近づきたくはねぇよ。だがどうしても手に入れたい情報があるんだよ」
ため息交じりに語られる言葉はいたって真剣だ。
アガン王国での生活において、闘技場とは忘れたくても忘れられない一つの苦い思い出の場所だ。
しかし、カリーナとの約束を守るにはここで情報を手に入れるしかない。
「なるほどな……、その情報ってんのには触れないでおくよ。だいたい察しはついてるからな」
と、ヤマダは後ろにある階段に視線を送る。
ロビーのカウンターしか照らさない一つの電球では階段方面まで光が入らず、とても暗いがその中にギシリッと動く物影が見えた。
「カリーナ!?」
「あっはは…、どうもぉ~」
そこから現れたのは赤とオレンジが混ざった髪を首筋までおろしたカリーナであった。
暗い階段を申し訳なさそうに降りてきて、光が当たるロビーのカウンターまで歩みを進める。
服装はザルドと同じ楽な格好、薄ピンク色の上着に何故か兎の絵がデカデカと描かれた寝間着を着ていた。
「いつからそこに?」
「闘技場の辺りから…」
ほぼ最初からいたのかよ、とため息を吐きつつも自分の警戒心の無さに落胆した。
カリーナはカリーナで頭を自分で撫でながら、ごめんごめん、と反省の色の全くない謝りを見せる。
「でも、私には内緒で秘密の話をするのはちょっと違うと思うのだけれど?」
「あらら、これは確かにザルドが悪いなぁ」
「ヤマダのおっさんまで」
自分には内緒で勝手に話を進められて不満を覚えるカリーナにヤマダは便乗し、結局ザルドが全部悪くなってしまった。
まぁ、元々俺が悪いんだけどさ。
と心の中でそんなことを思いながら咳払いをして話を再開させる。
「カリーナが来ちまったのは仕方ない、一からまた話すよ」
そう言ってさっき話していた事を一から説明した。
「なるほどね、その馬車の人に闘技場に行けって言われたんだ」
「あぁ、闘技場は裏の情報も入りやすいからな。勝ち続けるのが条件ではあるが」
一通り話を聞いたカリーナはう~ん…と顎に指をおいて少し考えると頭を上げて男二人を見て答える。
「別に問題ないじゃん」
「はっ?」
そのすっとんきょうな答えにヤマダも驚きを隠せない様子でいた。
それはそうだろう、死ぬかもしれない闘技場に行くのだから心配の一つでもしてくれると思ったんだろう。
俺も正直、少しは心配してくれると思った。
たが、その懸念の心もすぐに消えた。
「だってうちのザルドが負けるはずないもん」
腰に手をやり、胸を張るカリーナは自分のことではないのにドヤッていた。
それはザルドに寄せる絶対的な自信。
オルウェン王国の元兵士長でバジリスクを単独討伐した男、それに何よりカリーナが幼い頃からずっと見てきた無敵の男はこんな所で死ぬわけがないと信じて疑わない。
ザルドは驚いていた。
不可抗力とはいえ一度は国を捨て、国の危機にも現れなかった人物にここまでの信頼を置いていたとは。
「うおっ!?」
気付いたらカリーナの頭を掴んでいた。
そしてワシワシとかき回す。
「ちょっ!、なにっ!?」
突然の行動に戸惑いの声が出て、思うがままに髪の毛を乱される。
このままじゃ女の命が死んでしまうとすぐに抵抗しようとザルドの顔を見た時、「えっ?」と戸惑いから驚きの声に変わっていた。
「俺はお前の物じゃねぇ」
口では厳しく辺り、上からカリーナを睨み付けてくるザルドだったがその口元は少し笑っていた。
その表情に驚いたのだった。
「まぁ、というわけで闘技場に参加するから」
「そんな惚気を見せられたらこっちも反対するわけにはいかないな」
「「惚気じゃない!!」」と二人してハモりそれがまた惚気みたくなってしまった。
わっはは!と笑うヤマダは愉快そうにして、その翌日もいじってきた。
「まさかカリーナからあんな言葉が聞けるとはな」
闘技場のトーナメントの事を聞いた後、俺達は互いの自室に帰っていた。
明日の準備、と言っても特にするものはないのだが何となく落ち着かないので暇にならないようにする、をしながらさっきの言葉を頭の中でリピートしていた。
「あそこまで信頼されたらな……期待に応えないといけないよな」
笑みがこぼれる程カリーナのあの言葉は嬉しかった。
純粋に信用されるというのは以前からあった。オルウェン王国の兵士長をしていた時は特に。
しかし、それはあくまで信用されているという事であって信頼とは違う。
今まではそれが出来て当たり前、やって当たり前。なぜなら歴代の兵士長は全員そうやってきたからという肩書きを背負った信用であった。
それがザルドだから大丈夫だと一人の男として信じてくれている。
これほど嬉しいことが今までにあったか?……いやない。
だからザルドはその信頼に答える。
「そうだよな相棒」
絶対に人には見せない優しい笑みを浮かべながら、机に立ててある鼠色の大剣を呼ぶ。
たくさんの死地を共に乗り越えた相棒はザルドが一番信頼している得物だ。
今日も相棒は何も応えない。
しかし、何となくだが心の中で「おう!」と応えてくれたような気がした。
「ん~~~~~……」
一方、自室のベッドに顔を埋めて唸っていたのはカリーナであった。
ザルド同様カリーナも話し合いが終わると、すぐに部屋に戻って髪の毛(女の命)を整えていた。
しかし、何故か落ち着かなくなり髪の手入れも半ば布団に横になっていた。
「最初は怒ってやろうと思ったのに…」
今日か、もしくは明日か、それとも両日で髪の毛の件を怒ってやろうかと思っていたカリーナの心はもう無くなっていた。
そもそも、そこまで手入れをしたことがないというのが本音だ。
そんな仮初めの怒りの替わりに変なもやもやが胸の中に滞在していた。
「あんな顔、見たことない」
それは一言で言えば優しい笑顔だった。
いつも笑わず、少し怠そうで笑ったとしてもそれは馬鹿にしてる時か煽ってる時なのに今回は違かった。
あれがザルドの純粋な笑顔なのかと、これがもやもやの正体なのかとそのワンシーンをリピートしまくる。
「って、これじゃあ私が変態みたいじゃないのよぉぉ!!」
同じ人の顔をずっと頭の中で思い浮かべる。
うん、確かに変態だなと頭では冷静な判断が取れても身体はベッドの上をどんぐり周り。
そしてそれが治まったら仰向けになり、ふぅ………とため息を一つ。
「もういいや、考えるのやめよ。……寝よ」
電気を消して布団をかぶる。
時刻は、もうすぐ1時。
外は未だに男達が騒いでいる。
そんな中でも疲れたのか瞼を重くしていた。
(朝は7時に起きてご飯食べて闘技場に行ってそれから……)
「すぅーすぅー」
寝息が響き渡る。
外の騒ぎなんか全く聞こえないかのように夢の中に落ちるカリーナはその日ザルドの夢を見た。




