アガンという国 2
その後、私達は騎手のおじさんとお別れして宿屋に向かった。
昔にお世話になった所らしく、宿主とも仲は良かったので無下にはされないという。
「適当な宿に泊まるとぼったくられたり、盗まれたりするからな」
宿に向かう道中でそんな話を聞かされ、アガン王国の治安の悪さを知った。
街を歩いていても昼間から酒を飲んでたり、数人の大人が小路で暴行、かと思ったら大通りの道端でも乱闘していたりとどこを見ても目が疲れる光景ばっかりだった。
「なんか、煙ってない?」
「アガンは軍事国家だけあって武器工房が沢山あるからな。その影響だろう」
アガンの街は濁った煙で視界は曇り、そして少し煙臭く慣れるまでは何度も咳をこんだ。この国の盛んな産業の一つに武器製造があるらしく、この煙は武器を作った時に出るガスらしい。
「他に盛んなのは傭兵と奴隷商だな」
指を指す方へ目を向けると鎧や防具、自分の好みに添った装備をしている集団が大門へ向かっている。
その数は20人と小隊を組める多さだ。
「アガン王国は人類史上主義、人間同士の揉め事には介入しないが相手が亜人となれば話は違う。他国が亜人討伐を要請するとああやって傭兵が向かい倒してくれる訳だ」
傭兵。
この世界において亜人を快く思っていない場所や国にとっては英雄のような存在であり、それを派遣してくれるアガン王国は正しく最高の国だろう。
「なによそれ、調和を捨てただけじゃない…」
しかし、私は大通りを堂々と歩く傭兵から目を背けて悪態を吐いた。
アガン王国の傭兵システム。
それは亜人をただの魔物と同じように扱う所から来ている。
彼らにとっては人以外は殺すべき魔物と同然なのだ。
「亜人だって同じ人類種なのに…バカみたい」
悪態が止まらない。
オルウェン王国にも亜人は少なからずいた。
そんな亜人達は魔物とは違い、笑顔で挨拶をして仕事をして買い物をして遊んで食べて寝る。
人と変わらない日常を共に送っていた。
「私、やっぱりこの国は嫌い」
そんな生活を送ってきたからこそ、アガン王国のあり方が理解出来なかった。
最後に再確認するように口に出した。
「まぁ、気持ちは分かるがあんまり大声で言うなよ?。この国に居られなくなるからな」
そんな私を横目で見ていたザルドは言った。
確かに国のヘイトを行えばその国に居ずらくなるのも当然か……、この事は心に閉まっておくことにした。
「奴隷商は言わなくてもわかるな?」
「うん」
明らかに機嫌が下がった様子で答えるカリーナに奴隷商の話を掘り下げてるのは逆効果と思ったので俺はここで暗い話を終わらせる。
アガン王国とはつまる所、亜人との戦いの為なら何でもする国ということだ。
「暗い話をしていてもしょうがないからな、とりあえず宿で一泊して身体を休めよう」
そしてたどり着いた宿屋は縦長の三階建て。
外装はボロく、茶色く黄ばんでるのか錆び付いてるのかよくわからない壁にはスプレーで卑猥な言葉が沢山書いてあった。
そんな今にでも壊れそうな宿屋が今回泊まる所だ。
「もしかしてここが宿?、廃墟じゃなくて?」
「失礼だぞ、れっきとした宿屋だ」
ひきつる顔は宿屋を見てゆっくりと俺の方を向く。
「本当にここ?」とジェスチャーで伝えてきたので頷くと再度宿屋に顔を向けて笑った。
「ザルドぉ…いくら私が機嫌悪くしたからってこんなドッキリは良くないよ」
「いや、ここだが」
今度こそカリーナは固まった。
笑顔のまま動かなくなった。
固まる気持ちはわかるが、仮にも一泊野宿を経験したならこんな所は楽園だろうに。
全くこれだから城育ちはいけない。
と、ため息を漏らしそうになるのを我慢してカリーナを安心させる。
「大丈夫だ、確かに外装はボロいが中はきちんと整備が整ってるからな安心していい」
「本当に?」
少し涙目になっている城育ち女に俺は宿屋の玄関に足を動かす。
「本当だ、仮にも宿屋だぞ? 大丈夫に決まって……」
ガシャァァンッ!!!
それは玄関に向かおうとした俺の目の前に落ちてきた。
天の槍の如く降り落ちたそれは縦長で地面に少し穴が空いていた。
2メートル程の大きさの鉄の塊、ピンク色の電灯がチカチカと点滅しながらそれは地面に倒れた。
「看板……」
「だな」
二人は固まる。
当然だ、先程まで掛かっていた看板が落ちてきたのだからな。
当たっていれば即死していたかも知れない。
アガン王国、休まる場所もないと言う事かと勝手に解釈し、俺もカリーナと同じくらいにこの国が嫌いになった。
そんなカリーナは呆然と立ち尽くし、俺はひきつった顔で看板を見た。
「いらっしゃい 宿丸へようこそ」
俺を殺そうとした看板にはそう書いてあった。
「おう、ザルド久しぶりだな! 元気そうで何よりだ」
「今、死にそうになった所だけどな」
ガハハッ!と愉快なオヤジは力の入った固い握手をしてきた。
宿丸の店主、ヤジマさん。
宿丸三代目で妻子もち、気の良い人で空腹で倒れていた俺を助けてくれた事がきっかけでここに泊まるようになった。
「それにしてもさっきのでかい音は何だったんだ?」
チクチクしそうな顎髭を触りながら呑気に言ってくるヤマダは俺の不機嫌な顔にも気付かず普通に接してくる。
まぁ、そこがヤマダの良いところだが。
「お宅の看板が落ちた音だよ、そのおかげで俺の墓が宿丸の目の前でなるところだったよ」
「ガハハッ!、面白いことを言うようになったなザルド!」
「危うく面白くなくなる所だったけどな」
楽しそうに笑うヤマダに怒りも消えていき、心底どうでもよくなった。いや、どうでもよくはないが別に許してやろうと思った。
「6年も経つが何も変わらないな、ここは」
辺りを見渡し、6年前と何も変わらない内装にどこか安心する。
先程の外装とは裏腹に宿内は綺麗そのものだ。
全体は木で作られた壁や床であり、ここの雰囲気に合うように深い焦げ茶のような色合い。
装飾も背丈程の木が一本とシンプルながらも空間とマッチングして違和感がない。
「何も変わらんさ、ここも外も国も」
と意味深な事を言ってくるヤマダはすぐに、ニカッ!と笑い、俺の後ろの方にいたカリーナに目を向ける。
「ところで、そこの可愛い女の子は彼女か?」
「へっ!?」
ロビーのカウンターから肘でつついてくるヤマダは心底楽しそうに俺をいじってくる。
一方カリーナは顔を赤くして驚いた様子だったが、すぐに反応した。
「私達は恋人同士ではなくって…」
「恋人!、ほほうザルドも遂にこちら側か」
見事に言葉の一部を切り取って勝手に判断され、ついため息が漏れてしまったカリーナ。
酔っぱらいの絡み方と酷似しているヤマダのおっさん。悪気はないのだが、この手の人間はとても苦手なカリーナは苦笑いをするだけ。
「勘違いしているようだが、カリーナは彼女じゃないぞ」
だから俺が答えた。
しかし、終始笑っているヤマダは信じていない様子だった。
「まぁ、ゆっくりしていけや。安くしとくからよ」
「ありがとうございます」
カウンターの下に引っかけてある鍵を一個持ってそれを渡してくる。
その鍵を見て俺は首を傾げているとポンッと手のひらが肩に置かれた。
「ダブルベッドにしといたぜ」
「やめろ」




