2-16-B. 先輩・後輩のスキンシップ
中学からの後輩である子は、何かを言いたそうな雰囲気でこちらに視線を送っていた。
ボクには気付かれていないと思っているのかもしれない。
だけど、視線はほぼ気配だ。
意図するもしないも無関係に、向けられた方は何かしら感じ取ることが出来るモノだった。
「一年生のみんなは、さ」
沈黙を破るのは得意なことでは無く、むしろ自信満々に苦手だと言い切ることができる。
自分の声が擦れ気味でほとんど通らないような声になっていたことは、果たして誤魔化せたのだろうか。
一度咳払いでもしておけばよかった。
そのあたりは微妙なラインだったが、何人かはこちらに気付いてくれた。
とりあえず今は気にしないことにして話を続ける。
「……『気にするな』とは言わないけれど、気にしすぎる必要は無いからね」
アドバイスであるのは間違いない。
ただしあれは、ある程度慣れていて初めて解る程度の部分も多い。
ボクらも去年入学したばかりの頃は困惑気味だったものだ。
「何でああいう言い方になったかは、解ってくれてるかな」
大きく頷くような子が居なかった。
好感が持てる。
去年、神村先生の娘でもある神村春紅先輩は『今ひとつ解ってないってことを正直に言えるのは大事だよ』とボクらにそう言ってくれたが、改めてその心が解った気がした。
先生が全体に向かって話をするときに敢えて厳しいことを言った場合――、それは『既に基礎は出来ていて、もうワンステップ上がるにも概ね条件は満たしているが、より上のレベルを目指すには不足している』と思った時。
褒めて伸ばすレベルは卒業していると判断したときだ。
「つまり、……まぁ、『がんばれ』ってことなんだよ」
「締まらないなぁ」
「じゃあ神流が代わりに言ってくれ」
「ヤだ」
「即答かよ」
話のオチを考えていなかった。
当然のように同級生の高島神流に冷やかされ、そのまま逃亡される。
――まぁいい、実際それ以上に伝えられることは無い。
ただ、こんな拙い話でも、話を聴いてくれた一年生たちは素直に受け止めてくれたらしく、困惑気味だったり哀しげだったりした目の色に光が差しているように見えた。
「みずきせんぱいっ!」
「……ん? ぉわっ!?」
玄関を出たところで名前を呼ばれた。
――その声が聴き取れたところまでは良かったけれど、その直後に背中に衝撃。
声はモノラルだったが、衝撃はステレオ。
思わずそのまま前のめりに倒れそうになったが、ギリギリで踏みとどまる。
もっとも、その衝撃の正体が何なのかは概ねわかっている。
昨年一年間はご無沙汰だったが、今年の四月以降こういうことはしょっちゅうだった。
「昔から思ってるけど、君らはもうちょっと『力加減』って言うモノを学習するべきだと思うんだよね」
「ごめんなさーい」
「すみませーん」
学習してもそれを反省に役立てる気が無い、ということは重々理解していた。
衝撃の正体とは、中学時代の後輩でもある笹川みずほと中園咲良のふたり。
おそらく、笹川さんのノリに中園さんが乗っかったというカタチだろう。
「ふたりともおとなしくしなよ、先輩困ってるでしょ」
後ろからさらに声がかかる。もうひとりいる中学時代の後輩、榊原有希だ。
ちょっと呆れ気味ではある、のだが――。
「……っていう有希もやりたいんじゃないの?」
「……」
その無言は肯定にしか聞こえない。
笹川さんもその様子を察して満面の笑みだった。
「それにしてもさっきの先輩、良かったです」
小さなかわいらしい咳払いをひとつして、気を取り直した榊原さんが続けた。
「何が?」
「片付けのときです。けっこう他の子たちもどうしようって言ってたんですけど、先輩のおかげでラクになりました」
ボクの方へといちばん視線を送ってきていた榊原さんが言う。
どうにかしたいけれどどうしたらいいのかわからないという感情が、彼女の雰囲気から勝手に察していた。
予想は当たったらしくて安心する。
出過ぎた真似じゃなくてよかった。
「あれは、ホラ。春紅先輩の請売りだから」
「あ。そういえば昔、春紅先輩言ってましたね」
「ん? 何の話?」
ウワサをすれば影。
スッと真横から現れる神村春紅先輩。
何時の間に近くに来ていたのだろうか。
物理的な衝撃を受けるのよりも明らかに驚く。
心臓が口から出るかと思った。
「っていうか、君らはそんなにくっついて何をしているのかなぁ?」
ゆらり、と何か色味のおかしなオーラが見えた気がする。
「先輩も混ざります?」
「当然でしょ」
「は? ……ぅぐぇ」
リアクションを取る間もなく、真正面からタックル紛いの衝撃を受ける。
どこからか「あそこ、仲良いなぁ」とか「ハーレムじゃねえか」とか、「滅べ」とかいう声が聞こえてきた気がしたが、まったくもってそれどころではなかった。
みんなで叫ぼう、「ハーレムじゃねーか」と。




