2-16-A. 指導の意味
時刻はまもなく十六時半。
そろそろ音楽室へ向かっておいた方が良い時間になってしまった。
早い。
ものすごく時間の経過を早く感じる。
何かに集中しているときや好きなことをしていると時間の経つのが早く感じられると言うが、まさに今がそれだったのかもしれない。
「……ふぅ」
中腰の姿勢で針金を結わえる作業。
没頭しているときにはあまり気にならないが、一息吐いた瞬間に腰辺りにハリ感を覚える。
「そのまま『ウッ!?』とかなるのは止めてくれよ?」
「大丈夫だ……、たぶん」
二階堂くんの容赦ない指摘に脇腹を刺された感じはあったが、何とかやりすごす。
さすがにこのまま油断して魔女の一撃を食らうなんてことは、絶対に避けておかないといけないことだった。
今日の作業用テントはいつもより人が少ない。
大抵は外での部活の連中が作業をしているが、今日は祐樹たち野球部の面々が不在だった。
彼らは午前中までで早退している。
もちろん、夏の甲子園を目指す大会のためだ。
――もっとも月雁野球部にとっては、まず地方大会を勝ち上がるところを目標に置いている大会ではあるけれど。
祐樹たちは「勝ったら連絡を寄越す」と言っていたが、まだその連絡はない。
試合が長引いているのか、負けてしまったのか、あるいはただ単純に忘れているか。
そのどれかだろう。
あいにく我らが月雁高校の野球部はそれほど強くない。
それでもここ数年は一、二回くらい勝つことがあるが、良くてもその程度だ。
全国大会の切符はほとんど見えていないくらいだ。
近年は私立高校の増加とその強豪化の波に押されて、弱小校と一般校の間くらいの立ち位置だ。
数十年前には一度だけ甲子園にも出たことがあるのだが、残念ながら『昔取った杵柄』とはなっていない。古豪と呼ばれることもない。
「海江田ぁ?」
「ん?」
サッカー部所属の井ノ原くんが、作業の手を止めながら呼ぶ。
「野球部、どうなってる?」
「音沙汰無し」
「マジかぁ」
「一回戦じゃあスコア配信も無いしなぁ……」
スポーツ情報配信をしているアプリやホームページを検索してみても、まだ勝敗すら掲載されていなかった。
同じ試合会場で行われていた、一つ前の試合も未配信状態。
情報発信が遅いのは少し困る。
アイツらからの情報が最速になる可能性の方が高そうだった。
「まぁ、勝ったら意気揚々と連絡してくるだろ」
「たしかに」
その様子は簡単に目に浮かんでくる。
「吉報を待つことにしよう」
言いながらボクはクラス全員に配布されたオリジナルデザインのツナギを脱ぐ。
ちょっと迷ったが、またここに戻ってくることを前提にしてしまうのは危険だ。
定期演奏会も近くなってくるこの時期は、練習時間が少々定時――十八時――を超えることなんてザラだ。
「それじゃあ、部活行ってくる」
「がんばれー」
「さんきゅー」
再び作業に入った井ノ原くんたちにゆったりと見送られつつ、校舎裏手の入り口へと向かった。
懸念していたよりは早かった――と思いたい。
時刻は十八時二十三分。演奏の練習自体は十八時前に終わっていたが、その後のミーティングが長引いた。
原因は、当然ながら演奏クオリティ。
各クラスの準備が徐々に佳境へと向かっているとはいえ、もちろん定期演奏会に向けての練習も残り回数は確実に減っている。
その中で例年になく完成度の上がり方が緩慢だと言うことで、神村先生の逆鱗に触れたというパターンだった。
昨年も何度か、定期演奏会直前くらいの時期に同じようなことは経験している事とはいえ、今回のコメントはいつにも増して厳しいものだった。
一年生たち周辺の空気の重さは言わずもがなだ。
これが最後とばかりに、ため息交じりにオーボエをケースに仕舞う。
金具が音を立てて、気持ちを切り替える。
一年生にとってはここまでキツい言い方をされたことなんて、入学以来無かったはずだ。
もしかするとそれぞれの指導の場面ではあったかもしれないが、全体の場面では少なくとも初めてのこと。
なおのこと衝撃というか、ショックは大きいだろう。
先生は既に音楽室を離れている。
そして、今ボクの周りには、三年生の姿は無い。
一年生がほとんどだ。
――少しばかり、ケアをしてあげる必要はありそうだった。
空気は読む。




