第106話 To the beginning
死闘を制したのは歩だった。
わずかな差だった。どちらが勝ってもおかしくはなかった。最後はただの相性の問題。それだけの差でも歩は勝ちをもぎ取ったのだ。
「勝った……のか……」
右手を下ろす間も無く、その場に倒れこむ。
そして、彼の意識はそこで途絶えた。
§ § §
「流石、といったところですね。でもどちらが勝ってもおかしくはなかった。あれで本当に私に勝てるのですか? あのLA程度なら、無傷で完封できますよ?」
先ほどの試合を中継を通じてみた彼女は、感想を口にするがそれは賞賛と言うよりも落胆を表していた。
都内のとあるビルの一室。そこには二人の男女がおり、先ほどの試合の感想を話し合う。
「ふむ。いまはまだ、第二制御だからそう思っても仕方はない。完全到達者同士の戦いとはいえ、まだ真には迫っていないね。七条歩も本当の意味で『本気を出さない』とは……まぁ、彼らしいがね。それに、あの戦闘では勘違いするだろうが、本質はワイヤーだよ。武器を創造しようが、それがLAだろうが、彼は何処まで行ってもワイヤー使いでしかない」
「なるほど、まだ本気ではないと」
「そうだね。彼はまだ隠している力がある」
「ふふふ、次の試合は『私』と当たりますからね……それは本当に楽しみです」
「詩織……いや、今は楓かな?」
そう、そこにいたのは狂姫と呼ばれている倉内楓だった。ICH東京本校の生徒会長である彼女がなぜ、ここにいるのか。なぜ、この男と話しているのか。それは今の段階で知る者はほとんどいない。
「ふふ、分かっちゃいます?」
「でも意識は共有しているんだろ?」
「えぇ。でも基本的な主導権は私にありますからねぇ。うふふ」
「ま、そこはどうだっていいさ。七条歩を手に入れるためなら、詩織だろうが、楓だろうが誰でもいいさ」
「えー、そこは楓が欲しいって言ってくださいよ〜」
「はは、楓が欲しいかな?」
「気持ちがこもってなーい! やり直し!」
「はははは」
仲睦まじいやり取りをしているも、二人ともその目は真剣そのもの。とうとう、あの時がやってくる。世界の転換期が。平穏の終わりが……近づいている。
「D-report、これをみた時の彼の反応が楽しみだよ」
男はデバイスから、あるデータを投影する。
D-report。それは七条歩の、いや彼だけではない数少ない『成功例』について記載された情報。
こうして、世界は終わりの始まりを迎える。
§ § §
「……試合終了!!!!! なんと、なんと、なんと、なんと、なんと、なんと、なんと、なんと、なんと、なんとッ!!!! 勝ったのは……七条歩選手です!!!!! 盛大な、盛大な拍手をッ!!!!!」
先ほどまで静まっていた場だが、実況のひとみの声を聞いて我に返ったのか、観客たちはスタンディングオベーションを送る。
間違いなく、今後の歴史に語り継がれるだろう死闘。
多くのものはこの時代に生まれ、この試合を観れたことに感謝すらしていたのだ。
「ちょっと紗季……あんた、何泣いてるのよ……」
紗季は立ち上がって拍手を送っていたが、その目からはとめどなく涙が溢れ出す。
「はは、柄じゃないけど……感動したよ。歩が頑張っているのも観てると、どうしても我慢できなくてね。でもそう言う彩花も泣いてるじゃないか」
「私は……!! その、だって……二人があんなに……あんなにも……うううううううううぅぅぅぅ!!!」
二人はそのまま泣きながら、ずっと拍手を送り続けるのだった。
「あああああああああああ!!!!!! なんてことだッ!!!! 歩さんが、歩さんがッ!!!!」
一方、紗季と彩花とは離れた位置で観戦していた、翔と葵と雪時。3人とも、拍手をしているが、その中でも翔だけは異常なくらい騒ぎ立てていた。
「おい、水野。興奮するのはわかるが、もうちょっと静かにしろよ」
「馬鹿野郎ッ!!!! これが黙っていられるか!!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
葵は二人を宥めるが、翔はさらに興奮していく。
「いや、歩さんだけじゃない!!! 有栖川もすごかった!!! 二人ともすごかった!!! 俺は、俺は……!! この時代に生まれて、この試合を見れて猛烈に感動している!!!! すげぇよ!! 二人ともすごいな!」
「ま、気持ちは分からんでもないな。この試合は……明らかに異常だったからな。長谷川はあれが何か知っているのか?」
「いや……うーん。あの現象は……多分、クオリアだと思うよ」
一人で泣き叫んでいる翔を置いておいて、雪時は葵に先ほどの試合の内容について問いかける。研究者として活動している彼女なら、きっと何か知っているからに違いないと思ったからだ。
「クオリア? それは……一体?」
「詳しくは私もよく知らないの。でも、紗季の今の研究テーマがクオリアについてだったから、それで少し知ってて。端的に言うと、あれはクリエイターの次の段階……とも言うべきなのかも」
「次の段階?」
「今のクリエイターは、CVAとVAを使うだけ。でも、クオリアの発現者は意のままに何でも創造できる……本当の意味での創造者と呼ぶべき存在」
「本当の意味……か。全く、歩も有栖川も大概すげぇやつだと思ってたが、もうここまでくると規格外だな」
「ふふ、私もそう思うわ」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!! 歩さああああああああああああああん!!!!」
そして、依然として翔は一人で騒ぎ立てているのだった。




