(16)研修2日目ー4-
「一体、なんの冗談かと思ったよ。真っ白な着物を着て、見たこともない。滑稽な古典的な姿だ。私がいた病院は、アメリカでも一、二を争う最先端の病院だ。アメリカで最先端ということは、世界最高峰と言っても過言ではない。その現場にだよ。医局長と私だけを残して人払いをすると、その日本人は、患者に向かって何やら言葉を発しだした」
守部は智加を見た。覇気のない、どんよりした眼だった。
「とかみ、とか。たーみえ、とか、言ったか。当時、日本語なんて聞き取れなかったしね。もうここまで言えば判るだろう。患者は完全に治癒したよ。有りえない事だ。回復する確率は0%だった。今も存命で活躍している。君のお父さんは、禁忌の祝詞を使ったんだ」
智加はぎろりと守部を見た。
守部は気にも留めずに、喋り続けた。
「私が人生をかけて目指した医学とは、何だったんだろうねえ」
守部は少し俯くと、ふっと失笑した。両手を広げると、肩をすくめてみせた。乾いた笑い声が、守部の口から洩れていた。
「さあ、研修会はこれで終了だ。横浜の進水式の神官には、君を推薦しておくよ。君以上の実力者なんて、今の日本にいるはずもないしね。今後、日本にどんな嵐が巻き起こるか、楽しみにしているよ」
守部はそう言うと、手をひらひらとさせて研修室を出ていった。
入れ替わりに入ってきたのは、寮長だ。頭を深々と下げると、電話の子機を差し出した。
智加は受け取って、無言で受話器に耳をあてた。
「智加さん? 何かありましたか?」
高宮だ。ふっと身体の力を抜くと、智加は研修室の隅までいって、小声を出した。
「何もない。なんの用だ?」
「ああ、良かった。少々心配しておりました。幼いころのあなたが泣く夢を、見ましたので」
智加はちっと舌打ちすると、思わず受話器から耳を遠ざけた。あ、冗談ですよ、と高宮が笑いながら言う。
「横浜の進水式、決まったそうですね」
「ああ。早いな」
「最初から判っていたことですし。あなた以外にいないでしょう。神社本庁は、ただ、あなたを使うことのプレゼンを、この研修会でしただけです。研修の意味など何もなかった。授業は粗末なものだったでしょう? 今頃は、各神社に通達がいってるころです。もう終わったんですよね?」
「ああ。適当過ぎるな」
「守部には気を付けて下さい」
「判っている」
「ちなみに、寮長にお預けしている旅券がありますから、それで帰郷して下さい」
帰郷などと言う。別に恋しい故郷などない。
「お帰りをお待ちしております」
智加は電話を切った。寮長は近付いてきて、封筒を差し出した。それが旅券なのだろう。智加は頭を下げると受け取った。
「東辞様。研修会はこれで終わりです。皆、各自解散となっておりますので、お時間のよろしい時にお立ち下さい」
智加はまた頭を下げた。
「お会いできたことを、光栄に思います」
そう言うと、初老の寮長は深い笑みを作り、出ていった。すっと背筋が伸びて、なんとも颯爽としたものだ。
研修室を見回すと、人ひとりいない。がらんとした大きな室内は、机やイスがひっくり返り、騒然としたままだ。その有様にふうとため息をついた。
なんとも礼儀正しい寮長だったが。この人物だけがまともじゃなかったか。智加は髪の毛を掻き上げると、荷物をまとめるべく自室に歩き出した。
(続く)




