(17)花が咲く
明来は、太宰府天満宮に来ていた。
諏訪隆から話を聞いたあと、その足で電車を乗り継ぎ、降り立った場所は福岡市に隣接する太宰府市だ。
駅から天満宮まで沿道がずっと続き、土産物売り場で賑やかな場所だ。時折甘い香りが、明来の鼻孔をくすぐった。
「おっと、お土産は帰りに買わなきゃ。高宮のさんの指示はまず」
明来は携帯のフリップをあけて、メールを見た。高宮の指示はこうだった。
・太宰府天満宮で祈願する
・梅ヶ枝餅を買って帰ること
・あと、これが一番大事ですが、飛び梅を連れて帰ってきて下さい
明来は、何度読んでもぽかんとなった。
飛び梅?
連れて帰る?
首をかしげながら、取りあえず歩を進めた。参拝者の流れにそって一緒に行くと、奥に一番大きな境内があった。
皆そこで、参拝していた。明来も人に並んで、賽銭箱に五円と五十円と小銭を全部投げ込むと、両手を合わせた。
父の顔を思い浮かべた。そして、智加と智加のお母さんと高宮さん、平川と平川の妹さん、瑤子ちゃん、諏訪家の皆さん。そして今はもういない母親の顔を。
全部まとめて幸せを願って、パンと拍手を打った。一瞬、ぴりっとした気持ちなった。
境内から少し離れたところに、見晴らしの良い石段があった。登っていくとベンチがあって、休憩場所のようなところだ。石の手すりから見渡すと、下には池があり、まわりをぐるりと樹木が囲んでいた。
これが有名な梅の花か。明来は境内でもらったパンフレットを開けると、まじまじと写真と見比べた。今はまだ花が咲いていないので、深い緑の葉しかないが、写真には満開の梅の花が、赤に白に綺麗に咲いていた。
パンフレットを見ながら、明来は独りごちる。
「なになに、菅原道真公をお祀りしている神社。そうかそれで受験の神様なのか」
参拝客に制服を着た学生がやたらと目立った。もう受験は終わった時期なので、お礼詣りというものだろう。年配のご老人など様々な人が見て取れた。
「梅の花って、これが飛び梅なのか?」
パンフレットには、道真公が左遷されて福岡の地に流された時、公を慕うあまりに梅と松があとを追って飛んできたと説明文がのっていた。
「うぬー。高宮さん。まさか、この梅を折って持って帰れってこと?」
ふいに、背後に近寄ってくる気配を感じ、振り返った。思いもしない人物に、明来は口があんぐりと開いてしまった。
智加だ。
今日まで、東京で研修のはずじゃなかったのか。
スーツ姿でネクタイを締め、すらりとして、いつも以上に大人びえて見えた。
声も出せずに、まじまじとその顔を見つめてしまう。
(どうして、こんな時に、)
「よう」
相変わらず涼しげな顔で、明来をちらりと見ると、あっさりと目を伏せた。石の欄干に手をつくと、景色を眺めていた。
「な、なんで?」
「知らん。高宮が用意したチケットに、乗っただけだ」
智加はぶっきらぼうにそれだけ言うと、顔を下に向けて、池の野鳥に視線を向けた。
「あ、あのさ。オレ」
「ああ」
「お母さんの行方、まだ」
「ああ」
「ごめん」
手がかりが掴めなかった。
折角、福岡まで来たのに。諏訪隆と話せたのに。何も成果がないのだ。点と点で結ばれた線が、ここ福岡でぷつりと切れた。この先、どう探せばいいのだろう。
智加の腕がばっと上がって、明来は思わず身体が固まった。瞬間、ぎゅっと目をつむってしまう。
くしゃくしゃと頭が撫でられた。
明来は俯いたまま、目を見開いた。智加の細い指が、自分の髪の間に入り、柔らかく撫でている。なぜだか、急に何とも言えなくなって、明来は唇をきゅっと噛んだ。
智加は何も言わなかった。こちらを見ているような視線を感じて、明来は顔が上げられないままでいた。
「春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮」 (山上憶良 「万葉集818」)
途端、下の方でわーっと歓声が起こった。展望台から見やると、なんと樹木に色がさわさわとつき始めている。まるで筆で徐々に塗り始めたかのように、下からさーっとピンクや赤や白い花びらが色とりどりに咲き始めた。
「花が? 東辞」
明来はばっと顔を上げると、智加の腕を掴んだ。
智加はにやりと笑って、自分を見ていた。その顔にどきんとして、一瞬目が離せなかった。
「咲いたな」
「さっきの歌。東辞が咲かせたのか」
「すぐに消えるさ。きっと春の精が見せた幻ってことで。地元メディアでちょっと騒がれるか。まずいな」
ふむと口元に手を当てると、智加は眉間に皺を寄せた。
その顔が面白くて、明来は思わずぷっと吹き出した。
「あはっ。あはは。東辞ってば、もう」
「ふん。梅には悪いが、とっとと散ってもらおう。高宮には言うなよ」
明来は心から楽しくなってしまった。すごくすごく。東辞が横にいる。傍にいる。それだけで、気持ちがどんどん笑っている。力が湧いてくるのだ。
「東辞。大好きだ」
「ばっ。何言って?」
「あはは。真赤だぞ」
「そんなはずない」
ぷいっと智加は顔を背け、またその仕草が小学生の男子のようだ。
むくれた智加の横顔を見ながら、ついニヤニヤとなってしまう。なんだろう。本当に。この人の幸せを願っている。それが全てだ。
「あれ?」
空から、何か白いものが降ってきた。雪か?それにしてはそれほど冷えてない。
空中に目をこらした。それは花びらだった。白梅の小さな花びらがちらちらと舞い降りてきている。まるで雪のように真っ白で、ふわふわと頭上に舞っていた。
智加を見ると、智加も同じように空中を見上げてた。
「綺麗だね」
「ああ」
さわさわとまるで花びらが音をたているような、とても穏やかな空間に、動いているのは花びらだけだった。
(続く)




