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(11)諏訪邸へ-3-

「斉藤君と言ったか。君は、どこまで知っているのかな?」


「あの、済みません。何も。ただ、東辞の名前を捨て、縁を切って故郷を離れたとしか」


「いや。何もとがめているわけじゃない。捨てたのは私達だから。今の東辞家がどうなっているのかも、知らないのだし、知ろうとも思わない。君を責める道理はないよ」


明来はふと諏訪の目を覗き込んだ。深いシワが目尻に走り、怒った様子はなかった。そこで思い切って言ってみた。


「あの、もしご迷惑でなければ、聞かせて頂けますか? 東辞家と何があったのか」


諏訪は一瞬目を見開いたかと思うと、くわえていたタバコを摘まんで、灰皿に押し当てた。


水桧みずえさんのことが、聞きたいんだったね。君は、どうして家族でもない人のために、こんなところまで来たんだ?」


明来は、一瞬目を見開いた。

そしてゆっくりと半分閉じると、下唇をきゅっと噛みしめた。


「僕は三年前、母を亡くしました。火事でした。それからどうやって生きてきたのか、毎日どう生活していたのか、ぼんやりとしか覚えていません。自分ではただ普通に生きていたと思っていたんですが」


「お母さんを? まだお若かかったろう」

 

「いきなりだったから、耐えられなかったんです。火事で何もかも焼けて、残ったものなんて何もなかった。だからっていい訳になるかもしれませんが、母の爪を、遺体から剥ぎ取って、隠し持っていました」


「爪を?」


諏訪は明来の顔を凝視した。明来はその視線に耐えられずに、思わず下を向いた。膝の上に置いた指先が白っぽく、ただぼんやりと見えた。


「お守りにして、肌身離さず、大事に大事に。ずっと持っていました。その時、東辞智加に出会ったんです」


「当主の息子か。よくも見つけたものだ」


「はい。実子は、もう智加一人らしいです。爪を持っている僕に、気付かせてくれたのは智加なんです。この爪に群がってくる死霊に、僕は喰われていたらしくて、現実を見ようとしなくて、ただ甘い綿菓子のような世界にいた自分を、連れ戻してくれました」


「連れ戻した?」


「あはは。その通りの言葉で。智加が言うには、僕は一時心肺停止までいったそうです。死んでもいいって思ってました。でも、智加が……」


あの頃いつも握りしめていたものは、もう今はない。手のひらを広げると、あの時握りしめたものを思い出した。黒髪の柔らかなものが目元をかすめた。胸の奥がしんしんとする。ふと口を緩めると、明来は微笑んだ。


「痛かった。母の居る世界に行きたかった。でも、僕は今、一人で生きているんじゃないって思えるようになりました。辛いことも、楽しいことも、全部自分を作っている一部なんだって思います。だから、智加にも。彼はお母さんとずっと暮らしていました。東辞から逃げるように、隠れて暮らしていたんです。ですが、ついに見つかって、母親から引き裂かれてしまったんです。その時、智加は言霊を使って暴走したらしく、母親に恐ろしいところを見せてしまって」


「言霊を? そんな小さな子が?」


諏訪はぎょっとした顔で、明来を見つめた。

明来は少し気落ちした顔をして、


「東辞家でも奇跡なほどの人材だそうです。普段から彼は声を出しません。誰とも喋らないのです。それほど高い能力があるそうです」


「お母さんは知ってたんだろ?」


「はい。母親に乱暴する男に、言霊を使って暴力をふるってしまったそうです。智加は実の母親に「化け物」って罵られて、そのままなんです。それなのに、このままでいいなんて言うんです。僕はいやだ」


明来は声が震えだした。ふいに下を向くと、熱くなっていく目頭をぎゅっと瞑った。


「斉藤君……」


「僕はいやなんですっ。このままで終わっていいはずはない。お母さんは生きて、どこかに居るんです。だったら絶対気持ちだって変わっている。あの時のままじゃない。だからここで終わりじゃないってことを、彼に判って欲しいんです。その為には、お母さんを探さないといけない。教えて下さい。東辞水桧さんの行方を」


明来はばっと顔を上げた。諏訪の目をまっすぐに見つめると、微動だにしなかった。


諏訪は二本目のタバコに手を伸ばすと、安い100円ライターを取り出した。かちりと小さな音をたてて、タバコに火がついた。


「私が福岡に移ったのは、十二歳の時で。私の父はもう他界したが、その父が東辞とは縁を切って出てきたと言っていた。娘は何も知らない。ただ、東辞に関わることだけは厳しく言ってきたから、忠実に守ったろう」


「済みません。僕が何度もご自宅へいって、ご迷惑をかけたと思います。でもお嬢さんは決して僕に何も言いませんでした」


「ああ。そういう娘だ。静かに暮らすことだけが今の幸せだから。……私には十歳離れた兄がいてね。とても優しい、虫も殺せないような穏やかな人だった。その兄は東辞の血を色濃く受け継いて、能力が高かった。結局二十二で他界したが、私にはただ憧れのような存在だった」


「二十二歳で? もしや」


「そう。悪神に祟られて、身体が腐ってね。死んでしまったよ」


明来はひゅっと息を飲んだ。



(続く)

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