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(10)諏訪邸へ-2-

明来あきは大きく深呼吸をした。


今、またも同じ諏訪家の玄関先にいた。蔦が伸び、子供手のひらにも満たない小さな葉が成長を始めていた。開き始めたそれは、淡いグリーンの柔らかそうなものだった。


明来は再度インターホンを押した。


しばらくして女性の声がした。きっと幸太の母親だ。


「あの、斉藤明来です。どうか、はっ、話を」


ツーツーツー。


スピーカーから、ぶつりと途絶えたインターホンの音がした。


うぬっと唸ると、再度インターホンを押した。


「お願です。話をっ」


ツーツーツー。


今度は出てもくれないようだ。困った。どう持っていけばいいのだろう。


明来は玄関先から一旦離れると、住宅を一望した。あまり玄関先で徘徊するのも、諏訪家のご迷惑になるだろう。かと言って、ここで帰っても意味がない。


明来は空をあおいだ。

どこまでも高く、真っ青な青だ。住宅街らしく、ちちっと鳴く雀の声がしていた。


ホテルマンの高杉が言ったことを、思い浮かべた。


『守りたいもの』


それを諏訪家の人も、必死に守ろうとしている。


自分が力任せに話を聞き出すのは、幸太のお母さんを傷つけてしまうことになるだろう。それは明来にとっても本意ではない。


だったら、どうすればいいか。


明来は目を閉じた。すうっと大きく息を吸い込んだ。ここは後ろを山に囲まれ、前方は海へと続いている、とても空気の澄んだところだ。


『争いや憎しみも、元は愛から始まったものではないでしょうか』


明来はくるりと踵を返すと、すたすたと歩きはじめた。


ポケットに入れた四つ折りにしたプリントを取り出し、おもむろに広げた。そこにはJRの駅からこの住宅街の地図が載っていた。高宮に渡された資料の一部だ。


その一角に、公民館と書かれた施設があった。


明来はよしっと小さく頷くと、そこに向かって歩き出した。



公民館では、会合があっているらしく、建て物の外からも人影が見えた。明来はしばらく玄関あたりで待つと、急にドアがあいて、ざわざわと人が出てきた。年令は中年から初老まで男女様々だ。


明来は慌てて、先頭を歩く人に尋ねた。


「済みません。あの、諏訪隆さんはいらっしゃいますでしょうか?」


六十を過ぎたくらいの男性が、おっと目を光らせた。


「諏訪さんの知り合いかい?」


「あ。いえ。ちょっとお話を伺いたくて。今日はこちらだと聞きまして」


「いるよ。ちょっと待ってな」


気さくな男性は、公民館に戻ると玄関を開けた。中に入って何やら声をかけているようだ。


明来は高鳴る胸を押さえて、ぐっと唇を噛みしめた。


ほんの一分も経ってないだろう、先ほどの男性が真っ白になった髪の初老の男性を連れて玄関から出てきた。


「ああ、この人。諏訪さんに用事だって」


うん?と訝しげに見つめる諏訪隆。


一体全体、こんな高校生みたいな若い男が何の用だ?と言わんばかりだ。


連れてきてくれた男性は手を上げると、その場を去っていった。


明来は深々と頭を下げた。頭を下げたまま、諏訪に話しかけた。


「初めまして。東京から来ました斉藤明来と言います。ご迷惑をかえりみず、このような場所まで押しかけてしまって、申し訳ありません」


「東京? あんたもしや?」


「僕は東辞家の人間ではありません。ですが、諏訪さんのお気持ちを考えると、大変失礼なことをしていると思います。本当に済みません。ですが、どうか。どうかお話を聞かせて下さい」


明来は更に頭を下げた。ぎゅっと目を瞑り、頭を下げたまま、何度も何度も「お願いします」と言い続けた。


ふいに静かになって、明来は目を開いた。


視界には砂じゃりが見えていた。そこに自分の靴と、少し前に諏訪隆のスニーカーが見えた。ふいに、そのスニーカーが踵を返す。


ぎょっとなって、身体を起こすと、自分よりは幾分身長の低い諏訪の後ろ姿があった。


「諏訪さんっ」


「ここじゃ何だろう。ついて来なさい」


明来はぎゅっと眉間に力を入れると、「はい」と声をあげた。


諏訪に連れられて、公民館に戻ると二階へ上がっていった。談話室のような大きな部屋に、個室に区切られた小さな部屋があった。ドアを開けて入ると、ソファとテーブルのある応接室だった。


「座りなさい」


明来は諏訪に頭を下げると、ソファに座った。


諏訪は明来の正面に座ると、「いいかね?」とタバコを取り出した。


「はい。どうぞ」


「孫が小さいから、自宅では吸わないことにしているんだ」


幸太君ですよね? と言いそうになって、明来は口をつぐんだ。前もって調べていたなんて思われたら、心証を悪くしてしまいそうだと思ったからだ。


「その頬の傷は?」


びくりとなって、明来は視線が泳いだ。


「昨日、孫が、犬に体当たりしたお兄ちゃんを助けてあげたと言っていたが」


たらっと冷汗が出そうになり、明来は無言になった。幸太君を助けたつもりだったが、助けてもらったのは自分の方だという認識を知って、更にたらーと汗が流れてきた。


「済みませんっ。僕です。幸太君に会ったのは偶然で。犬に吠えられて」


「はは。その頬の傷を見れば、君の性格が判ると言うものだ。緊張する必要はない。何が聞きたいんだ?」


明来は目を大きく見開いた。ばっと頭を下げると、目を瞑った。


「あ、ありがとうございます」


「察するに、東辞に関わることなのだろう?」


くゆりと煙をはいて、諏訪は少し上を向いた。


「はい。僕は東辞の人間ではありませんが、僕の大切な友達が東辞家の当主の息子なんです」


「東辞亘の息子? 男子は果てたと聞いたが?」


「そうなんです。最後の一人が、僕の友人の東辞智加なんです」


「東辞智加?」


「母親が東辞家を出て、住まいを転々としながら、隠して育てたと聞きました。それで10歳の時に見つかって、無理矢理母親と引き離されて、連れ戻されたそうです」


途端、諏訪の顔色が変わった。


水桧みずえさんか?」


「そうですっ。智加の母親の水桧さんです。行方を探しているんです。ご存知ありませんか?」


諏訪はふうと大きなため息をついて、タバコの火を消した。


(続く)

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