第七章 見抜かなければならない人
第七章 見抜かなければならない人
開業から半年。
「乙女婚」の会員は百名を超えていた。
男性五十二名。
女性五十四名。
毎週のようにお見合いが組まれ、交際へ進む会員も少しずつ増えていた。
乙葉は忙しかった。
朝は面談。
昼はプロフィール作成。
午後はお見合いの立ち会い。
夜は会員からの相談。
理想だった「みんなを幸せにする結婚相談所」が、少しずつ形になり始めていた。
そんなある日、一人の女性会員が神妙な顔で相談室を訪れた。
「神崎さん……少し気になることがあります。」
「どうしました?」
「お見合いした男性から、『新しい事業を始めるから投資しないか』と言われました。」
乙葉の表情が変わった。
「お見合いの席で、ですか?」
「いいえ。三回目のデートで……。」
女性はスマートフォンを差し出した。
画面にはメッセージが並んでいた。
『二人の将来のためにも資産を増やそう。』
『絶対に利益が出る。』
『誰にも話さないでほしい。』
乙葉は胸騒ぎを覚えた。
結婚相談所は、人生のパートナーを探す場所だ。
金銭の勧誘や投資話は、本来あってはならない。
「この件はこちらで確認します。今後はお金に関する話には応じず、相手とは二人だけで会わないでください。」
女性は安心したようにうなずいた。
その日のうちに、乙葉は記録を調べ始めた。
すると、同じ男性とお見合いした別の女性会員からも、似たような相談が寄せられていたことが分かった。
「副業に興味はありませんか。」
「将来のための資産運用です。」
「内緒で話したいことがあります。」
どれも似た言葉だった。
乙葉は男性会員を事務所へ呼んだ。
「確認したいことがあります。」
男性は落ち着いた様子で椅子に座った。
「会員の方に、投資や事業への勧誘をされましたか。」
「将来の話をしただけです。」
「金銭を求める発言はありませんでしたか。」
男性は少し笑った。
「誤解ですよ。」
しかし、乙葉は複数の相談内容とメッセージの記録を机に並べた。
男性の表情から笑みが消えた。
「乙女婚の会員規約では、会員に対する金銭の勧誘、投資や事業への勧誘、その他結婚以外を目的とした活動を禁止しています。」
静かな口調で続ける。
「事実確認の結果、規約違反と判断しました。」
男性は何も答えなかった。
乙葉は一枚の書類を差し出した。
「本日をもって、会員資格を取り消します。」
部屋には重い沈黙が流れた。
男性が帰ったあと、乙葉は深く息をついた。
「結婚相談所は、人を信じる場所です。」
だからこそ、その信頼を利用しようとする人から会員を守らなければならない。
翌日、乙葉は会員全員にお知らせを送った。
「当相談所では、金銭の貸し借り、投資や副業への勧誘、物品販売など、婚活以外を目的とした行為を固く禁止しています。不安を感じた場合は、一人で悩まず、必ずご相談ください。」
理念は変わらない。
「みんなを幸せにする結婚相談所。」
その「みんな」の中には、安心して婚活できる環境を守ることも含まれている。
乙葉は改めて誓った。
幸せな出会いをつくるだけではない。
危険な出会いから会員を守ることもまた、自分の大切な仕事なのだ。




