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9・ハーレムに有るもの無いもの

「我が王国の華なるデルフィナ姫、王妃様と昼食会の時間です」


 夜会から二日が経ち、アルベルトが待ちに待った時がやって来た。デルフィナの説得がメインディッシュの昼食会である。

 この国もお昼の時間が長い。くつろいで食事をし、おしゃべりや休憩を楽しみつつ暑い昼間をしのぐ。王妃が説得する時間はたっぷりあるということだ。


「アルベルトお前、どうして薄笑いを浮かべているの」


 やべぇ、顔に出てた。

 アルベルトはニヤけ顔を優しいほほ笑みにすり替える。


「敬愛しますデルフィナ姫、それは姫の心が曇っているために、そう見えるのです」

「美しいのは顔だけな、お前と一緒ね」


 アルベルトは口の両端を上げ、ことさら美しく笑む。

 どうしよう…何を言われても腹立たしくならない…!王妃様、この暴れ馬をよろしくお願いいたします…!!


「ふふ。似たもの主従、光栄の限りです」

「わたくし、そんなに毒舌かしら?」


 外ヅラは麗しい二人のやり取りを、周りの侍女たちは頬を赤らめながら見守っている。おそらく、話の内容は耳に入っていない。

 デルフィナ姫は周りを見回している。

 手鏡でも探しているのか?早く行きたいんだが。

 アルベルトは、とびっきり優しく語りかける。


「姫、鏡が割れてしまいます。王妃様の元へ速やかに参りましょう」

「どういう意味?」


 扉が閉まる寸前、何人かの侍女達が崩れ落ちるのが見えた。



 一番上の姉姫は議会貴族との関係強化のため、侯爵家の嫡男へ降嫁し、

 二番目の賢姫は南の最前線・辺境伯の助けとなるべく求められ、

 四番目の美姫は北の同盟国の首領に身染められて嫁いだ。

 五番目の妹姫は、まだ5歳になったばかりで婚姻はしばらく先。

 三番目のデルフィナ姫が、ハーレムへ入れる唯一の姫である。


 アルベルトは定位置(姫の斜め後ろ)でフワフワ気分だった。

 あぁ、今までこんなにも心浮き立つ廊下があっただろうか。いや、ない。

 王妃部屋の扉が開く時の微(かす)かな軋(きし)みさえ、天上からの響きに聞こえる。いつもは地獄の宣告なのに。


 今日の昼食会、アルベルトは自室待機だ。城内ならどこに居ても良いが、後ろ髪を引かれる思いで王妃の居室から退出する。

 ここからは、デルフィナ一人で王妃(ラスボス)と向き合う時間の始まりだ。

 王妃様、がんばれ〜!!と心の中で大声援を送り、食堂へ向かった。



 デルフィナは王妃の部屋で、なるべく寛いで見えるようにがんばっていた。

 食卓の上に昼食が運ばれてくる。肉がメインで全て…と思ったら、鱈(タラ)料理ばかりだった。


「デルフィナ、聞きましたよ。ハーレムに行きたい令嬢を探したとか。

 あなたは国の命運を何処の誰とも分からない娘に押し付けるのですか」


 王妃は最初から核心を抉(えぐ)り込んでくる。

 迎え打つデルフィナは、悲しげに表情を曇らせ心外だと言わんばかりに返す。


「まぁお母様、押し付けるのではありません。委託ですわ。ハーレムで生き延びるなど、わたくし如きにはとても務まりません…。わたくしに何かあればそれこそ国家間の問題になります。

 それを回避するべく、わたくしなどより有能で意欲に満ちた令嬢を推薦しようと探したのです」


 王妃はため息をついた。

 わたくしだって、アサフラン送りを回避しようと、いろいろ考えたのよ?とっとと結婚させようとか…。なのにデルフィナがモタモタしてる間に、マルガリタがあっという間に攫われてしまって…まぁ見返り(花嫁料)は巨大だったけれど。

 デルフィナは婚約すら整わず。有力な貴族ほど、すでに既婚者…。それもこれも、あのイケメンすぎる護衛のせい。独身候補者が嫌がって名乗りを上げない。並べられるのが嫌だとか何とか。艶(なまめ)かしい娘と枕を並べたくないの!?王女よ?権力要らないの!?結局、アサフラン入りを断れるだけの有力者を捕まえられなかったじゃない!!

 …まぁ、そんな有力者、そもそも居ないんだけど。


「そんな令嬢を国外へ出しては我が国の損失でしょう?それにそんなに頭も口も回るなら、ハーレムでも大丈夫です」

「でも行きたくないのです」

「デルフィナ。今のアサフランで命を狙われることはありません。今代の君主には35人の息子、25人の娘がいるのです。生きている人数で、ですよ。この先あなたが授かって1人や2人増えようとも、どうと言うことはありません。それに、」


 母の目がギラリと光り、デルフィナは悟る。

 あ、コレ絶対逃げられないやつ。


「他の令嬢とはつまり、我が国内のややこしい貴族の娘に、あなたの代わりに死ねと責任を押し付けるということ。一体どうやって、そんな奇特な令嬢を募るというのです。とんでもない訳アリしか来ませんよ」


 王妃の顔には、国家内も国家間も面倒ごとは御免だと、ハッキリ書いてある。

 確かに、訳アリ令嬢を自分の身代わりにするのは、矜持に障る。まるで自分が訳アリみたいではないか。しょぼい代理なら自分の格まで下がってしまう。

 それに我が国の真の権力者(王妃)の心は決まっているようだ。ソレをひっくり返すなんて無理。今日、世界が終わったとしても無理。

 いろいろな思いを呑み込むしか無さそうだけど。


「友好の手立ては、婚姻以外にありませんか?」


 最後の悪あがきを口(くち)にする。

 母親は深くため息をついた。


「アサフランへ嫁ぐ話は、三年前からあったのです。回避は叶いませんでした」


 言葉を失うデルフィナ姫に、母親も何も言わずに昼食を始めるよう視線を流した。


 運ばれてくる料理は全て、鱈料理。マルガリタ姫が嫁いだ結果の一大通商品である。ここハシント国でも生産するものの、やはり北の国には劣る漁獲量、製造量。マルガリタのおかげで、安定した供給が可能となり、国民全ての食卓が潤うようになった。大成功の政略結婚、しかも両思いの二人…。

 メニューに込められた意図ぐらい、デルフィナでなくとも分かる。

 つまり、わたくしの婚姻にも、国家間で取引が絡んでいるという事ね。それも、三年も前から…アルベルトが護衛に着いたのも、この政略結婚を守るためかもしれない。皮肉な話だこと。

 デルフィナは自分の役割を受け止めるべく、しばしの間だけ瞳を閉じた。




 護衛騎士アルベルトはもう一度聞き返した。


「ハーレムへ行くと仰ったのですか?」

「何度も言わせないで」

「ではタフなご令嬢探しは」

「やめた」


 しゅ、しゅごい…さすが王妃様…。あんだけ啖呵切ってた手強いデルフィナ姫が、たった一回の昼食会で、あっさり手の平返しだと!?


 しかしアルベルトは無表情のまま、いかにも分かっている風に頷いた。

 この結果を求めていたのだ。余計な憎まれ口をたたいて、姫を怒らせる気などさらさら無い。

 ハーレムへ輿入れ!歓迎します心からほんとに待ってました王妃様ありがとうございます!!


「ご英断、賞賛に値します」

「お前も身の振りを考えるのね。わたくしが嫁すれば、護衛はクビになるのよ」

「願ったり叶ったりです」

「なんですって!?」


 アルベルトは下を向き、恭順を示す。が、ニヤニヤが止まらない。あぁついにやっと…!


「アルベルト!何をニヤついているの!」

「いえ、歯に食べカスが挟まっておりました」

「我慢なさい」


 この横暴っぷりよ…。だが許せる。もうすぐ嫁入りだと思うと…。


「出立はいつでしょうか」

「出来るだけ早くとの仰せよ。出来るだけ引き伸ばすわ」


 それで部屋に侍る侍女が少ないのか。みな総出で準備に当たっていると思われる。つまり、どんなに引き伸ばしても一月(ひとつき)から三月(みつき)の我慢…。今は初夏だから、三月後がいいかもな。暑い中、旅をさせるのは可哀想だ。


「我が君、王国の苛烈なつむじ風なるデルフィナ姫、ハーレムには最新の装いも、珍しく美味なる料理、退屈させない数々の催しがございますが、ただ一つ、この城のような階段はございません。今のうちに堪能されますよう申し上げます」

「お前…言うようになったわね」


 いかにハーレムが豊かで楽しみに満ちていたとしても、デルフィナの求めるものはそこには無い。けれどどうやら、時が来てしまったようだ。

 デルフィナは毅然と顎(あご)を上げるのみ。

 泣くのは、泣くのは…今じゃないわ。


 アルベルトは今度こそ頭を下げた。

 これみよがしな既婚者のしるし…肌身離さず身につけている、あの指輪が襟元から滑り出て、鈍い光を放った。

第10話は、8/2 18:00に更新します

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