8・上手くいかないのが人生
デルフィナ姫と付き添うアルベルトは、王と王妃に先立って入場する。現れた会場の華に、場は一気に高揚し、感嘆のため息とねばつく視線が二人に集まる。
下衆な思惑を含む視線は受け流し、にこやかに笑顔で挨拶を受けながら王族の定位置へ。
デルフィナは、ほほ笑みの仮面の下でまたつぶやく。
今日も気分の悪い系が交じってるわね。まぁ議会の貴族だしね…。婚約の申込みが無いとか言われるけれど、この粘っこい視線の持ち主達からは何もないのかしら?あっても受けないけれど。
「姫、笑顔が表面的になってます」
後ろから護衛がささやく。
分かってるわよ。
「どうして後ろにいるお前に、分かるのかしら?」
笑顔の仮面を調整して、振り向かずに嫌味を投げる。もちろん周りには聞こえていない。
「我が君は大変に単純…いえ素直でございますれば」
ここで笑顔を引きつらせては、ヤツの思う壺だ。デルフィナは微笑みに慈愛を混じらせる。
「アルベルト。お前の思惑は分かっていてよ。私をイラつかせて、令嬢と話をさせまいと?」
王家の定位置は一段高い。広間の皆からは、デルフィナの優しくも艶やかな微笑みは良く見える。広間中の視線は、壇上でほほ笑むデルフィナと無表情なアルベルトに釘付けだ。
「姫、そんな穿ったお考え…笑顔が濁ります」
入り口の侍従が王と王妃の来場を告げる。
誰にも聞かれずに、やり取りは続く。
「良いの。それも我が魅力のうち」
実際そうだから、アルベルトは心の中で思わず相槌を打つ。
言い返したいがこれ以上は王妃様に聞こえてしまう。先日もくだらないやり取りを聞かれて、呼び出されたばかりだ。
姫にやり込められたようで悔しい…。が、王妃様がこわい。大人しくしよう。
「王国の沈まぬ太陽に、ご挨拶申し上げます」
議会を代表して、議会長が祝辞を述べる。長々と続く挨拶が終わり、王が返答を返せば夜会の始まりである。
参加者達から途切れなく祝辞を受けながら、デルフィナは内心、焦っていた。
おかしいわ…我が国の令嬢達は、皆こんなにも嫋やかで控えめな令嬢ばかりだったかしら…?
侍従が次の面会者の名を告げる。
来たわ、ミランダね。わたくしの候補者一覧トップ。
「我が王国の祝福、麗しきデルフィナ姫に生誕のご挨拶を申し上げます」
「ありがとう、貴女にも変わりなく祝福があるように」
「感激の至りでございます」
あら…またあっさり終わってしまった…。あの娘、前はあんなに護衛の気を引こうと話し続けていたのに…。
何のことはない、宰相が噂を流したのだ。アルベルトの奥方が幻と呼ばれて姿を現さないのは、アルベルトが控えめで穏やかな女性を好むゆえ、と。
それで今夜の女性達は皆、お淑やかに振る舞っている。アルベルトの気を引こうとして、デルフィナが求める女性とは正反対の姿で。そのためデルフィナに挨拶した後は、アルベルトにチラチラと秋波を送るものの、噂のせいでガツガツ行けない。
そして控えめな女性は、デルフィナの対象外である。
宰相殿の“手を打った”とは、このことか。凄すぎる…。今夜のご令嬢方は、もれなく子羊みたいに大人しい。これなら姫の毒牙に引っかかるまい。
無表情を決め込んでいたアルベルトだったが、我知らず微笑が漏れる。
タイミング良く、その時デルフィナに挨拶していた令嬢は特別初心な感じだった。アルベルトの微かなほほ笑みに、密かに注視していた令嬢達は心の中で悲鳴を上げ、確信する。やっぱりあんな感じがお好みなのね、と。
こうして月が高く昇りきる頃、表立っての夜会は穏やかに終会となった。
未婚の令嬢や姫は、城内それぞれの客間や自室に帰るのが本来である。そう…本来ならば。
だからこそ、そこにも獲物がいると姫は踏んでいた。大人しく部屋に帰り、大人しく就寝したフリをする。全ての侍女達が下がった後、密かに部屋を抜け出すために。
夜会の日は部屋の前に護衛が立つのだが、今夜はいないはず。生誕祝い品と称してワインをたっぷり贈っておいたからだ。
今夜の“変装”は、侍女姿だ。一体どうやって入手したのか…。ひとりで着替えるのも造作ない。なんせどの服もチュニック型だから。
月明かりだけで“変装“し終え、扉を静かに細く開ける。隙間から護衛達がいないか確認するのだ。案の定、護衛達は酒樽を抱えて朝まで休憩中の模様。
ほほほ、思惑通りね。それなりに上物のワインにして大正解。ちゃんとグラスも付けた甲斐があったというもの。
夜会の盛り上がりは未だ続いているようで、夜の暗がりの中、静かにざわめきが伝わってくる。
デルフィナは、スルリと部屋から抜け出した。
「…姫。どちらへ?」
あっ、アルベルトー!!
さっき確認した時は居なかったはずの筆頭護衛が、目の前に仁王立ちしていた。
「侍女の格好で、どちらへ?」
そうよ。普段とは違う装いなのよ。どうして一瞬で見抜かれたの?
なんとか衝撃から自分を取り戻す。
「夫の決まった身でありながら、夜這いとは看過できませんね」
「まぁなんてことを!そんな、はしたないこと、しないわ」
「では一体、どちらへ?」
「有望な令嬢を探しに行こうと」
腕を組んだ護衛の顔がいつになく怖い。片眉をピクリと上げて、彼は繰り返す。
「それは、どこへ、なのですか?」
月光はアルベルトの背後から照らしている。アルベルトの端麗な顔は暗がりに沈んでいるのに、その目だけは鋭く光っている。
デルフィナは渋々、答えた。筆頭護衛の顔を見るのが何だか怖くて、目は逸らしたまま。
「お前の部屋よ」
「はい?」
「有望な令嬢なら、お前の自室に押しかけるでしょう?そこを勧誘しようと思って。出来るだけ事前に」
「………。」
アルベルトから返答が無い。普段のやり取りなら、たっぷり毒の効いた小言が飛んでくるのに。
「アルベルト?」
そっと、護衛の様子を伺う。
アルベルトは口を開けたり閉めたりしている。表情は月明かりの陰で良く分からないが。
「…我が、王国の姫君。夜更けに護衛でも男の部屋を訪れてはいけません。
今夜は夜会後で行き来も多い。さぁ部屋にお戻りください。朝まで出てはいけません。…絶対に」
クッソこの姫、ホント警戒心ないな。俺のこと、絶対大丈夫な宦官とでも思ってるのか?…人の気も知らないで…。危ねぇ、あのまま部屋にいたら今度こそ理性がトぶところだった。虫の知らせか第六感か、確認しに来てホント良かった…。
デルフィナはクルリと向きを変えられ、部屋の中に押し込まれる。
踵に力を入れて抵抗しながら、デルフィナは急いで聞いた。
「お前は部屋に戻るの?誰かご令嬢は来た?来たら手を出さないで、教えてちょうだい」
「戻りません。朝まで扉の前で番をします。
部屋には誰も来ていませんし、誰も入れません」
「まぁ残念…。今夜のご令嬢方はどうしちゃったのかしら…」
一番どうかしてるのは、姫だろ!!
それからコイツら!仕事中に飲んで潰れるな!!
第9話 「ハーレムに有るもの無いもの」
8/2 朝7:00 更新します




