10・酒場といえば乱闘
「よぉアルベルト!勇猛にして幸運なるアルベルトよ!明日は非番か?」
夜会のため登城していたご令嬢やご夫人方は、本日、全員無事にお帰りになられた。宰相の策略のおかげで、粘っこいお誘いはほぼ全く無い、穏やか過ぎる夜会だった。
ベテダビド宰相に乾杯!!
アルベルトには休暇が与えられ、酒場でひとり慰労会をしているところだった。
が、酒場で呑むお約束は、知人友人から絡まれること。
「いかにも」
そう言って杯を掲げてみせる。
声を掛けてきた知人以上友人以下…同い年のエピファニオは、途端にひくりと顔を歪める。
「おい、嫌味なとこは相変わらずだな」
「お前もな」
むしろ友人ではないから好き放題、お互い言えるのかもしれない。
エピファニオは歪んだ笑顔で続ける。
「聞いたぞ、お前クビになるって?」
「姫の輿入れの話が先だろ」
「我が王国の花、婀娜っぽいフィナータ姫の婚姻だろ?いや、めでたい」
ハーレム入りの話、もうコイツ如きまで広まっているのか。
つか、婀娜っぽい…だと?熟練みたいな言い方しやがって。あの人には可愛らしいところだってあるのに。
ほんの三日前、月光を浴びて白く輝きながら、上目遣いで自分を見上げたデルフィナ姫を思い出す。
フィナータとはデルフィナ姫の愛称の一つだが、もちろん誰もそんな下品で馴れ馴れしい二つ名は付けない。
「お前…不敬だぞ」
低くなる声でアルベルトはたしなめた。
「なにお利口ぶってんだ。お前だって心の中で呼んでるだろ。誰もいない時とか、夜寝る前…とか」
そう言ってニヤニヤするエピファニオの横っ面に、アルベルトは躊躇いなく拳を叩き込む。
派手な音を立ててエピファニオは机の上を滑って床へ倒れ込んだ。机も道連れにひっくり返る。
黙って殴られるエピファニオでは、もちろん無い。実力でもぎ取ったとはいえ、アルベルトの立場を羨む者は多い。エピファニオだって選抜戦でいいところまで勝ち進んだのだ。それを涼しい顔で蹴散らされ、今やアルベルトが四六時中、姫のお側に侍る護衛騎士。しかもあんなお色気垂れ流しの姫…。
というわけで、酒場は瞬く間に殴り合いの場となる。他の酔客では手がつけられず騎士団に通報されて、やっと取り押さえられた。
一晩、留置所に放り込まれた翌朝早く。
しかめっ面の団長がやって来る。
「言い開きは?」
「アルベルトが先に殴りました」
「団長、こいつはデルフィナ姫と自分を侮辱しました。それに対する抗議です」
「ふうん。で、どっちが勝ったんだ?」
「「自分です」」
「じゃあ続きは鍛練場でな。誰かアルベルトの手当てしてやってくれ。エピファニオもな」
衛生兵に手当てされながら、アルベルトはエピファニオを睨みつける。
「お前、あんな言葉、姫の目の前で言えるか。姫に伝われば、お前こそクビだ」
「お前の奥方に教えてやるよ」
「言えるものなら言ってみろ」
俺に奥方なんて、いねぇよ。
鍛錬場に行くまでも無い、今ここで沈めてやる。
休み明けの護衛を見てデルフィナは目を丸くした。
「まぁ…わんぱくね。イケメンが台無し…」
「こちらの方が、姫のお好みかと」
傷が痛むので引きつった笑顔になる。
「生傷は好みではないわ。それに…お前のケガは違う輩を招きそう」
「甲斐甲斐しい年上の女性なら、大歓迎です」
「傷が膿んで熱が出るといいわ」
部屋付きの侍女が発言の許可を求めた。
「フロラ、なぁに?」
「我が王国の輝く太陽、デルフィナ姫様、本日は昼食会が入っております。
ヘノベバ夫人とその娘のグロリア様です」
「あぁ、あの2人…」
侍女のフロラはちらりとアルベルトを斜め見る。やだ、ケガしててもイケメンってどういうこと?
「アルベルト様は同席しない方が穏やかかもしれません」
「確かに」
あの親娘め…護衛がアルベルトになってから足繁く訪問しよってからに。あの顔面の腫れを見れば大騒ぎするに決まっている。かと言って会えないとなると、また五月蝿い。そういえば夜会には不参加だったわね…。
「最初は同席しなさい。親娘が席についたタイミングで、次席護衛騎士と交代しなさい」
「仰せかしこまりました」
フロラはもう一度アルベルトをチラ見してから、昼食会の段取りのため退出する。
デルフィナは手元の紙切れを眺める。カストロ副官の字で、アルベルトの起こした騒動についての報告が認められている。団長のサインもある。
「お前…意外と正義感があったのね」
「…報告書には何と」
「姫の名を馴れ馴れしく呼びかつ、侮辱的な発言をしたためアルベルトから殴打された」
「その通りです」
「なるほど、お前に反省を促す内容ではないわね」
「私に非はありません」
胸を張って答える包帯男。
「で、完膚なきまでに叩きのめしたのね?」
デルフィナ姫の護衛騎士、トーナメント優勝者はニヤリとした。
「当たり前です。私は任務にまぁ差し支えありませんが、ヤツは2、3日寝込むことになるかと」
「まぁ。ふふふ」
デルフィナは誰よりも悪い笑顔で報告書を弾いた。
「親しみを込めるのは良いわ。だけど侮辱は、ダメよ。良くやったわ、アルベルト」
姫の黒い賞賛に、アルベルトはただ黙ってうやうやしく頭を下げた。
エピファニオ、ざまぁ。存在しない俺の妻に粉を掛けようと、無駄に彷徨うがいい。
第11話 は明日 朝7:00 更新します




