6・護衛騎士という災難
アルベルトが護衛騎士となって二年が過ぎた。
マルガリタ姫は北の同盟国へ無事に嫁いだ。未婚の姫は同行不可との王命が出て、北国を見聞できなかったのは残念だが…。
デルフィナ姫は17歳に無事お成りあそばされた。姫の横暴にも慣れてきたし、あと一年か。楽勝だな!
だがもちろん、その認識は甘かった……。
「アルベルト、起きなさい」
「!?ひめ!?」
「静かに!行くわよ」
窓の外を見るに、まだ夜明け前。いや夜中まで酒盛りしてて、さっき寝たとこなんですけど。
「お前、酒臭いわね。着替え…いえ、もうそのままで良いわ」
あれ、上掛けは?頭は寝ぼけてるが、身体は起きている。そのことに、一気に目が覚める。
慌てて上掛けを手繰り寄せるが、時すでに遅し。
「姫、男の寝込みを襲ってはいけません!……見ました?」
「お前が健康だという証拠のことかしら?」
「〜〜〜!」
「結構なことよ。さぁ行くわよ」
おい、恥じらいは!? 17歳未婚処女だろ!というか、その格好は…!
「どこへ!?まだ夜明け前ですけど!」
「姉様がいらっしゃる北のソグルーブへ会いに行こうと思って」
「なぜ今から!?なぜその格好!?」
「早く行きたいからよ。準備は出来てるわ。あ、騎士服はダメよ。平民の格好で」
やっぱりお忍び!デルフィナ姫のお忍びは、本気のお忍びだ。完全に平民になりきる。それもちょっと貧乏そうな平民に。しかも男装!!
当然、護衛のアルベルトも同じ水準の平民コスプレをする羽目になる。それは問題ではない。
「お忍びで旅するなら貴族の館に泊まりにくくなりますが」
「構わないわ。お母様に見つかる前に到着したいの」
つまりまた、嫌な客との面会があるんだな。この様子だと昨日の酒宴で知ったとか。気持ちは分かる。
「はぁなるほど。しかしこのままでは、駆け落ちと思われてしまいます。お互い不名誉なことになりますが」
「私との駆け落ちは不名誉だと?」
姫の柳眉が不機嫌に曲がる。
ナニ言ってんだ。問題点はそこじゃねぇ。
アルベルトは出来るだけ丁寧にウソをついて、時間を稼ぐことにした。
「良いですか、我が王国の尊い花なるデルフィナ姫。未婚の姫が護衛騎士と二人だけで旅をしたなどと知られれば、ただでさえ気配のない婚姻がさらに遠のきます」
「別に構わないわ」
「婚約者の一人もいないのですよ?それに早朝から男の部屋に居たとなれば、さらにますます…」
「そうよ。だから変装して来たのでしょう。つべこべ言わずにサッサと支度なさい。わたくし一人でも行くわよ」
クッソこの姫、本気で行く気だ。
同室だったナチョは、先日結婚して新居に引っ越したところ。止めてくれる人がいない…。
仕方ない。このまま一人で行かせるワケにはいかない。だが!二人きりで旅することが、どうかアサフランの君主には伝わりませんように…。
婚姻の気配が無いのは、デルフィナ姫はハーレム入り…隣国の君主に嫁ぐと秘密裏に決まっているからだ。
婚約希望者は居るが…漏れなく変態ばかりだ。王妃が全て断っているものの、変態にしか申し込まれないデルフィナ姫はかわいそうとも思う。その原因の半分は自分だとは、アルベルトは知らない。
ひたすら急かされながら、最低限の準備をする。平民は長剣なんて持たないから、短剣をいくつか仕込む。銀貨と銅貨だけ入れたボロそうな財布に火口箱、最低限の着替え…あと身分証明!最後に裾のほつれた長い外套を羽織る。
「早く早く。夜が明けてしまうわ」
夜よ明けろ!!と心の中で叫びながら部屋を出る前に、壁へ伝言を書きつける。騎士は紙なんて高級品、持ってねぇよ!かろうじて冷めてたオイルランプ皿の煤を指につけて壁の漆喰に書くのは、
“姫とソグルーブへ
カリナ姫に会う
応援求む
アルベルト”
後ろから舌打ちとドス低いつぶやきが聞こえた。「余計なことを…」
読み書きできるのがバレた…副官に鞍替えとか無いかな。脳筋の団長と副官、何より王妃に伝わることを願いつつ、引きずられるように部屋を出た。
そこからの旅は、まさに悪夢。
馬に一人で乗りたくない姫と二人乗りからの乗馬の練習、もちろん姫にヤル気なし。
俺にもたれるな!背筋を立てろ!男装してる自覚を持て!余計な誤解を生むだろ!?
野宿=強盗の餌食のため、宿(親切そうな見知らぬ人の自宅)を探して泊まる。宿屋はぼったくられるから回避だ。
が、馬二頭連れのため、納屋で馬と一緒に寝ることになる。納屋にベッドなど無い、広くもない。故に外套に包まって二人で雑魚寝。
朝方は冷え込むからって、くっ付くな!この姫、俺を男だと思ってないだろ…!俺を信用しすぎだ!
アルベルトが熟女趣味とは副官のとっさの方便、つまりウソ。だがソレを明かす勇気などない。特に今は。
他に泊り客がいる場合は、姫の安全のために抱き込んで寝る羽目になる。寝てる横で万が一、味見されないためだ。だが…。
知ってるか?デルフィナ姫の二つ名は、妖艶なるデルフィナ姫、なんだぜ?本人はそうだと思ってないようだが!
明け方の人肌の温もりがツラい。姫に自覚が無いのがツラい。自分の健康な体がツラい。他の泊まり客がいるとツラい。だが二人きりはもっとツラい!
何より、応援が来ないのがツラい…!!
後から知ったが、応援は自分たちを見つけられ無かったらしい。ウソだ。見目麗しい二人組、でピンと来いよ。ちゃんと聞き込みしたのか?まさか護衛服とドレスな王女を探してたとか…?
姫はあっという間に順応し、羽を伸ばして毎日を謳歌。タフが過ぎる。疲れてくると馬にひとりで乗らなくなるのは相変わらずだが…。
まぁ、何でも慣れだな。
………なんてウソ!夜は無理!!アサフランの君主よ、必ず処女を守り通して嫁がせます! 祖先の偉大な勇士達よ、我に忍耐を与えたまえ…!おい!寝ぼけて絡まってくんな!!や、やわら…
すり減っていく理性とギリギリの精神の狭間で24時間戦い続けた長くて長い10日間。
ソグルーブに無事辿り着き、カリナ姫に何とか面会出来た時は、不覚にも涙ぐんでしまったアルベルトだった。
帰りの旅の快適なことよ。
姫は馬車!一人で乗る馬ラクすぎ!雲泥の差とはこのことか。
そして帰れば叱責の嵐だった。理不尽〜!!
「アルベルト、起きなさい」
「!?ひめ!?」
「今度は南の姉姫のところへ行くわよ!」
「王妃様に通報します!」
姫の脱走理由は嫌いな面会者に会わないためだ。いつもそれで振り回される。
でもまぁ、逃げたい気持ちは分かる。俺だって逃げるわ。特にあの首輪を贈りつけたヤツとか。
アルベルトは王妃に直談判し、変態と会わずに済むよう平身低頭、懇願した。その甲斐あって、王妃は心を改め、品のない面会者は全て姫の周りから締め出した。
その結果、姫の脱走は劇的に減ったのだった。
デルフィナは馬に乗れるようになった、この小旅行に味をしめたようだった。だが、このソグルーブ行き以降、アルベルトは姫と二人きりになることを極力避けるようになった。




