5・アルベルトの業務報告
護衛の任務が始まって、アルベルトはすぐに理解した。なぜ勝ち抜き戦で選定したのかを。
勝ち抜き戦には技能や体力だけではなく、タフな精神…目標を諦めない、折れない心を持続させる精神力が求められる。
第三王女ことデルフィナ姫に如何に振り回されようとも、どんな理不尽に打ちのめされようとも、任務を遂行するという精神力が。
「よぉアルベルト。今夜空いてるか?」
デルフィナ姫の護衛騎士となって一年。久しぶりに休暇がもらえた夜、軽いノリで騎士団長が声をかけてきた。特に断る理由も無いアルベルトは、ごく素直に頷く。
どこか酒場にでもと思いきや、連れて行かれたのは城下にある団長の自宅だった。
思いがけず、団長宅の家庭料理をご馳走になる。
「団長いつも、こんな旨い手料理食べてたんですね」
お世辞抜きで褒める。団長は大得意顔だ。
「そうだろう、そうだろう。もっと褒めろ」
なんでも、有名な食事屋の娘に惚れ込んで頼み倒して嫁にもらったらしい。
店の名前を覚えておこう。なにか懐かしい味がする。
二人で舌鼓を打つ間に、奥方は子ども達を寝かせに連れて行った。替わるがわりに就寝の挨拶ーーヒゲ面の団長の頬にチュッとしておやすみなさいーーに来る子ども達は、はちゃめちゃに可愛い。
「お子さん達…団長似なのに可愛いですね」
思わず心の声が出てしまう。
「そうだろう、そうだろう?みんな世界一かわいいだろ!?」
「4人いらっしゃったんですね」
「いや、7人だ。上二人は嫁いで、1人は修業に出てる」
修業…??
アルベルトの疑問顔をよそに、団長は立ち上がってワインを取りに行ってしまった。二階から、寝る前な子ども達の喧騒が聞こえてくる。
いいなぁ…。俺も家庭持ちたい。かわいい嫁にかわいい子ども、旨い手料理、清潔な家。団長め…おまけに地位も名誉もある。
だが人質なこの身が憎い。叶わぬ夢だ。
小鍋に残ったスープ、腹いせに全部飲もうかと思ってるところへ団長が帰ってきた。ワインの入っている細長い素焼きの壺を抱えている。
「飲むだろ?」
「もちろんです」
四つ脚の椅子をひっくり返すと、底まで細い壺を立てかけるのにピッタリ!
団長は地下の貯蔵庫からチーズも持ってきていた。硬いチーズを薄く削って、ワインと飲む。チーズの塩気がワインを引き立てる。
「デルフィナ姫の護衛、どうだ?」
これが本題だな。
この一年を振り返る……慣れない任務、知らない人達、問題しかない護衛対象。
隠す間も無く口から本心が出る。
「最悪ですね」
「詳しく話せよ」
団長はニヤニヤしながらも、聴く姿勢だ。不敬を問う感じではない。
アルベルトは、ぶちまけることにした。
「姫は強すぎます!」
「それが最悪?」
「何を言っても聞かない…一度決めたら必ずやる…。
昼食会に嫌いな人が来る時は、ほとんど必ず脱走するんです。真昼の城外ですよ!?暑くて誰もが休んでる時間帯に、城下に降りても誰も居ません!市場も休み!それをいいことに平民の格好で街中をウロウロ…。こっちは水の入った皮袋を担いで、ずっと着いて回るんですよ?炎天下でもお構いナシです!
鍛冶屋の前を通れば、中を見たいと言う。中は炭火で熱いのですよ!?イイ娘が汗ばんで…男どもの目がどれだけ蕩けてたか!日陰でオレンジ食べてりゃ良いんです!
馬で遠乗りも…なぜひとりで乗らないんですか!?密着するな!暑い!馬の方は姫のこと気に入ってるのに、姫は可愛がるだけで乗らない!重くて俺の馬がかわいそうだ!
この前は遠乗りに連れ出されて、川遊びして流されかけて、どれだけ肝を冷やしたか…。あの時はナチョが一緒だったから何とかなりましたけど、かわいそうにナチョの奴、それから毎晩、姫が夢に出てきてうなされてます」
「ナチョの転属願いは、それが原因か?」
「ええ。川で流された後、濡れた服を脱ぐしかなかったんです。ところが乾いた服は私の外套とかろうじてナチョの上着だけで。仕方なく姫にはナチョの上着を着て頂いたのですが、足が丸見えで!」
団長は悲鳴を飲み込む。
嫁入り前なのに!いや、嫁に行っててもダメ!!
「私の外套は私の腰覆いに使ってますからね、仕方なかった」
「姫が夢に出てきて…」
団長はいろいろと察したものの、問わずにはいられない。
「ええ、姫の形をした悪魔に誘惑されるそうです。私はね、夢なんだから乗ればいいと勧めたんですが、ナチョは真面目すぎる。夢で乗ったら、現実でもいかがわしい目で姫を見てしまう、と」
「ナチョ…護衛の鏡だな!」
「心底そう思います。なんとか引き留めていますが…」
「アルベルトは?護衛続けられそうか?」
姫の夢を見るのか?とは聞けなかった。
返ってきたのは沈黙。アルベルトはワインを並々とコップに注ぐと、一気に飲み干した。
「続けますよ。せっかく手に入れた居場所だ、姫の色気ごときで手放すつもりはありません」
「そうか」
団長は体の奥から息を吐いて、ワインで唇を湿らせる。
もう一つの本題は、ここからだ。
「マルガリタ姫の結婚が決まった」
「ひぇ?まだ14歳では!?デルフィナ姫より先に!?」
「先方がマルガリタ姫に惚れ込まれてな。変な虫が付く前に連れ帰って育てよう、ってな話だ」
「なるほど…気持ちは分かります」
団長は胸の内でつぶやく。
あの北の大男が一目惚れしたのは晩餐会。その席には当然、デルフィナ姫もいた。つまり護衛のアルベルトも、だ。変な虫ってのは、お前のことだよ可哀想に。イケメンなのに損してばかりだな。
「それで、だ。ハーレムへ嫁ぐのはデルフィナ姫になる。あと二年だ。18歳になるまで何としてでも守ってほしい」
アルベルトは重々しく頷いた。この国に来た理由であり目的でもある、王女のハーレム入り、両国間の平穏維持。我が君主の手に委ねる時まで、傷モノにするわけにはいかない。
「姫は、このことはご存知ですか」
「いや。18歳になる直前まで秘匿するとの仰せだ」
「なるほど。脱走癖がありますからね」
「それまで、婚約者もいない行き遅れとの陰口に耐えてもらわにゃならん。お前への風当たりもキツくなるかもしれん」
「姫は侍女には優しいですからね。八つ当たりするなら、それ以外…」
つまり自分だ。ナチョには普通だしな!なぜ!!
「団長!護衛、増やしてください!」
「うーん…下心のないヤツはほとんど居ないんだよな〜。ま、がんばれ!」
理不尽〜!!
そのままアルベルトは杯を重ね、団長宅に泊まった。翌日の朝食も昼食もお世話になり、昼寝の時間まで子ども達と遊ぶ。
思いのほか楽しかった休日にニヤけながら、城の自室に戻ると、アルベルトが幻の妻に会ってたと噂が立った。
あー、奥さん欲しいー!!
アルベルトの忍耐が極限まで試される事件は、この一年後に起きるーー。




