番外編③-6 アルベルトの復讐
“見せしめ”に選ばれたのはもちろん、あの首輪を贈りつけてきた貴族だ。
もっと若い時はスラリとして、それなりに整っていたらしい。だが暴飲暴食を重ね、見るも無惨な結果になってしまった。
もっとも、デルフィナ姫に嫌悪されているのは、その見た目ではなく、贈り物のキモさのため。
自分の髪を編んで作ったブレスレット(すぐに焼却)、
お揃いのイヤリング(お揃いと聞いて即、却下)、
彼の名前が彫られた指輪(落とし物ですわよ、と返却)、
唇の形のイヤーカフ(失くしたことにしてある。忘却!)
等々…。
極め付けは妙にズッシリと重いはちみつケーキだった。
食べ物なんて珍しい、毒味係を呼びなさいと警戒した後で、箱の底から出てきたのが例の首輪にしか見えないネックレスだった。あまりの気味悪さにケーキは箱ごと城の猟犬に与えた。食べた後、やはり大変だったらしい。
ネックレスは泣く泣く回収した。純金製なのに誰もネコババしてくれなかったのだ。なにせ執着が刻み込まれている…。
“デルフィナはロドリーゴ様のモノ”
それが15才になる誕生日の3日前の話。媚薬入りのケーキに、性奴隷みたいな首輪…。多感な少女がその貴族を毛嫌いするのは、ごく当然のことだった。
その直後にアルベルト(騎士団の頂上決定戦優勝者)が護衛に就いてからは、粘着度の高い贈り物は控えめになったが、やたら二人きりで会いたがってくる。もちろんお断りである。姫があの手この手で回避したのも、やっぱり当然のことだった。
詳細を後から聞かされたアルベルトは心からソイツを軽蔑した。聞き出す前に首輪を跡形も無く熔かしておいて、大正解だった。アレはアルベルトの結婚指輪に生まれ変わっている。
アサフランに帰還後は、デルフィナ姫との結婚の印となる。ザマァ、だ。
首輪の残りの分で、姫の指輪も作ってもらっている。姫に受け入れてもらえなければ、第二の変態貴族になるかもしれないことは、考えないでおく。
というわけで、いろいろと積もる苛立ちがある。この際、完膚無きまでに潰しておこうと、アルベルトは決心していた。
デルフィナ姫の花嫁衣装がお披露目されると聞いて、ロドリーゴ・デ・ハロバは喜び浮き立つ心と苛立ち怒る心の相反する感情で荒ぶっていた。
怒りとは、ロドリーゴ様の手を取らずに隣国の君主ごときへ嫁ぐことである。
喜びとは、花嫁姿を花婿より先にロドリーゴ様へ見せたいということ。
散々気の無いフリをしておったが、やはり女の浅知恵であった。最後の最後で我輩のお情けを乞おうというのだろう。ヨシヨシ。まぁ、生娘の肌をさらけ出して膝まづいてお願いするなら、許してやらんこともない。その後で我輩のモノである印を付けてやろう。仕方ないなァ…。
夕暮れの城内は明かりが灯され、どこか幻想的でもある。ロドリーゴの妄想は加速する一方だった。
花嫁姿のお披露目は、姫の自室ではなく王城の奥にある特別な一室で行われるらしい。道案内の下僕に連れられるまま、奥へと進む。自分だけが招かれている優越感、妄想する姫のあられもない姿に、鼻息の荒さも加速していく。
「この部屋になります」
下僕が部屋を示して脇に退がる。ロドリーゴは一際大きく鼻を鳴らすと、ドアを無遠慮にノックした。
細い女の声が応えたのを聞いて扉をむしり開ける。
中は薄暗く、広さは分からなかった。明かりが灯されているのは部屋の奥、窓際に置かれた寝椅子の回りだけで、まるで娼館のような妖しげな雰囲気だ。その窓際の寝椅子には白い花嫁衣装と白いベールを纏った女が、しどけなく寝そべってロドリーゴを待っていた。
膨らみ始めた月光が、肘を付いて上半身だけ起こした女の白い姿を淡く縁取り、その紅い口元を艶めかせる。真夏だというのに、指先や首元まで覆う禁欲的なドレスは、かえってドレスの下…隠された肢体への欲を掻き立てる。
目深に被ったベールは、恥じらいの現れか…暴かれる期待か…愛いヤツめ。
ロドリーゴは生唾を飲み込み、両腕を広げて艶めかしい花嫁姿のデルフィナに、ズカズカと近付いた。
「おぉ、妖艶なるデルフィナ姫。ようやく、我輩を受け入れる聡明さに目覚めたのですな。遅かった…が、寛容な我輩はもちろん、情けを与えますぞ。さぁ、その花嫁衣装を開いて我がモノとなりなさい。アサフランの下賤な王より何倍もの悦びを与えてやろう」
ロドリーゴが欲望を口に出来たのはここまでだった。花嫁が素早く立ち上がった次の瞬間に、殴り飛ばされていたからだ。
「ごぶぁはっ」
歯と涎を撒き散らしながら倒れ込んだロドリーゴに、 どこからかアルベルトの声が響いた。
「謀反人ロドリーゴ・デ・ハロバ。国家反逆の疑いで逮捕する」
たちまち部屋の暗がりから騎士達が現れてロドリーゴを拘束した。部屋の明かりが増やされ、さらに数人がロドリーゴの前に姿を現した。
王妃と宰相、そして国王イーケルだ。
殴られたショックと痛みでまともな言葉も出なかったロドリーゴは、3人の権力者を見てようやく正気に戻った。
「こ、これは一体…我輩はハメられたのでふか!?」
「ハメられたんじゃなくて、暴かれたんだよ」
野太い声とともに騎士団長も現れる。
3人の権力者達は沈黙したままだ。話しかけるのも汚らわしいと、軽蔑の眼差しが語っている。
花嫁が一歩近づく。
「デルフィナひめ!」
ロドリーゴの叫びに、花嫁はベールを一気に剥ぎ取った。現れたのは、あの艶やかな唇の持ち主…アルベルトだった。
「「な…っ!!」」
言葉にならない叫びが、ロドリーゴと騎士達の間から上がった。
さっきまで妖艶な匂い立つ美女だったのに、ベールを脱いだ今はどこをどう見ても肩幅も背丈もある、連勝記録更新中の護衛騎士アルベルトだ。白い花嫁衣装も夢から覚めたように、ただの白くて長い服になった。
ただ唇だけが鮮やかに紅く、さっきまでの残り香を漂わせている。
ロドリーゴと騎士達はその唇から目が離せない。あのアルベルトの唇だというのに。
アルベルトは紅を差した唇を歪ませ、ロドリーゴの胸ぐらを掴み、ささやく。
「次にいかがわしい妄想をしたら、その目と残りの歯を全て、えぐり取る」
ロドリーゴは今度こそ震え上がり、騎士団長の号令で大人しく連行されて行った。
変態貴族代表ロドリーゴ・デ・ハロバの捕縛は、絶大な効果をもたらした。
他の粘着系貴族はたちまち死んだように大人しくなり、ハロバ家の領地は王家のものになって王家も領民も潤った。
ハロバ家の跡継ぎだったロドリーゴは、人が変わったように謙遜な真人間になって当主は没落の中、唯一の慰めを得た。
ただし、騎士達だけは立ち直れなかったらしい。
捕縛の翌日、作戦に参加した騎士は全員酔い潰れていて使いものにならなかったことは、後々まで語り草にされた。なんでも、絶世の美女に魂を奪われた次の瞬間に手酷く失恋したため、とのこと。
白い美女が黒く染まる悪夢を見る者が続出したとかなんとか。
デルフィナ姫の夫が誰なのか、公表された後はさらに酷かったらしい。




