番外編③-7 会心のアルベルト
アルベルトは王と王妃を連れて、デルフィナ姫の待つ部屋の扉を開けた。
脇へ下がり、王と王妃に恭しく頭を下げる。
「姫はこちらでお待ちです」
王と王妃は部屋に足を踏み入れ、感嘆の声を上げた。
中では本番さながらに着飾った花嫁姿のデルフィナ姫が2人を待っていた。
部屋の入り口で控えるアルベルトは、すでに堪能した後。なにせロドリーゴの捕縛でゴタゴタしてる間に、試着も最終確認も全て終わり、その間ずっと護衛の任務で側に付いていたからだ。
「デルフィナ…綺麗よ…」
そう言ったきり、王妃は涙ぐむ。鬼の目にも涙などと思ってはいけない。
「デルフィナ、本当に嫁ぐのだね…」
王も瞬きを我慢しながら、娘の晴れ姿を目に焼き付けている。
そんな両親の様子に、デルフィナ姫も泣き笑いだ。
「お父様、お母様、出立までまだ時間がありますわ」
「あとたった一月よ」
「国境まで共に行くからな」
「ありがとうございます…心強いですわ」
王妃がアルベルトに素早く視線を投げる。アルベルトは小さく首を振った。
今この雰囲気で言うとか、心臓に刃物が生えてても無理。デルフィナ姫もいるし、当初の予定通りでお願いしたい。
王妃は小さく頷いた。
8月の満月、婚礼の夜まで、あと1ヶ月。
出立まで、あと20日。
変態貴族どもを排除したり黙らせたおかげで、送別会等々はものすごーくスムーズに穏やかに気持ち良く進んだ。厳戒態勢は一旦緩められ、アルベルトには久しぶりに休日が与えられた。
この機会に城下の市場でお世話になった人たちにも挨拶に行く。姫のお忍びで城下に同行した際、何かと助けてくれた人たちだ。
姫がアサフランへ嫁ぐことは知れ渡っていて、行く先々で同じことを聞かれた。
「お守りの護衛殿も付いて行くのかい?」
「まぁ、護衛だから」
「で、どうするんだい?」
「どう、とは?」
「駆け落ちしないのかい?」
「…しねぇよ」
「嫁ぎ先の旦那と護衛殿と三角関係になるんじゃないか、ってもう楽しみ…いや心配で心配で…!」
「奥方。本音が漏れてる!ねぇよそんなこと!!」
「いや、絶対ある!あんた程の男前は、いないからね!」
「絶対ない!」
姫の嫁ぎ先は、俺だからな!!
というか、二人して変装してたのに全く無意味なくらいバレてたな…。
あちこちで姫に餞別だと野菜や果物や、アレコレ貰う。持ちきれなくてマントを風呂敷みたいにして包み、背中に担いで帰城した。行商人か泥棒みたいに見えるが、そしらぬ顔で門番と挨拶を交わす。
デルフィナ姫はアルベルトが一人で市井に出掛けたことを心底羨ましがったが、アルベルトは微笑んで全てスルーした。
一緒に行かなくて良かった。これに尽きる。
婚礼の夜まであと20日。出立まで残り10日。
デルフィナ姫が思い詰めた顔で、もじもじしている。アルベルトはその様子に気づいていたが、可愛らしいので横目で眺めつつ、気付かないフリをしていた。
連日の飲み会でさすがに二日酔いがキツイのもある。
変態貴族の捕縛作戦後、なぜか飲みに誘われることが増えた。アルベルトもハシントを去ることを公表していないにも関わらず。
しかも飲んでる間やたら視線を感じる…くちびるに。飲むメンツは例の作戦に参加した騎士がほとんどだ。その騎士達の誰かが必ず、アルベルトの唇を見つめている。
アルベルトは悪い予感に震えつつも、タダ飯代だと割り切ろうとしていた。
あと数日の辛抱だしな。
「ちょっとアルベルト!察しなさい!」
「…ええ、柄にも無くモジモジされていましたが、どうなさいましたか、嵐の姫君」
「まぁ、呼び掛けが雑よ!」
話が進まないので、傍らに控えるエレナに目配せする。筆頭侍女としてアサフランへ生涯同行するエレナは、アルベルトが真の嫁ぎ先だと知る数少ないひとりだ。
「アルベルト様、我らの愛らしいデルフィナ様は、愛用の枕を持って行きたくお思いなのです」
「まくら、ですか」
そんなの黙って積んでおけば良いのに。
デルフィナ姫は、さっきまでの恥じらいが嘘のように堂々と宣言する。
「ええ。使い慣れたものでないと、眠れないの」
「なるほど、繊細な姫君ならあり得ますが…」
「まぁアルベルト。お前の目は節穴なの?」
枕なんて要らないだろ。
アルベルトは至って真面目な口振りで返す。
「ハーレムでひとり寝することは無いと思いますが」
「ヒッ」
口を押さえて叫びを飲み込んだのはエレナだった。目が輝いている。
「そうなの?」
「ええ」
首傾げるの、かわよ〜。というか“ひとり寝”する気だったのか?…毎晩一緒に寝るつもりですけど何か。
アルベルトはエレナに冷たい視線を投げて釘を刺してから、デルフィナに念押しする。
「アサフランの花婿に、ひとり寝させる気はありません」
「そ、そうかもしれないけれど、それまでの道中に要るのよ!」
「ああまぁ、それなら」
婚礼の夜まであと15日。出立まで残り5日。
デルフィナ姫がアサフランへ出立する日、城内の人間だけでなく、城下の人々も集まって長い花道を作った。
侍女達は大半がここでお別れだ。数名が国境まで同行した後、帰城する。彼女たちは王妃の元で再訓練され、半年後に来るレオンシオの婚約者、アルベルトの妹サラの侍女となる予定だ。
荷物の大半は先に出発していて、国境で落ち合う予定だ。今から出るのは花嫁衣装や宝飾類、そして最も価値ある尊いデルフィナ姫。
旅装の姫はすでに馬上に落ち着き、城の皆に手を振っている。
姫を送り出す大歓声の中、デルフィナ姫とアルベルトはそれぞれの思いで最後に城を見回す。
「出発!!」
騎士団長の号令で、一団は同じ方向を向いて動き出した。
婚礼の夜まで、あと10日。さわやかな夏の朝であった。
王城のあるオデロットから国境の村ノラプトレプまで、馬なら4日くらい。
なのに王がゆっくりさせるせいで、到着したのは出発日から6日も経っていた。
国境では既に、アサフラン側の迎えが勢揃いしていた。迎えの一団を率いるのはアサフランの宰相スマイールとアルベルトの母の兄。
アルベルトは単騎で統率者たちに近づく。アルベルトがハシントまで同行することは皆、知っているため、ハシント側は見守るのみだ。
母方の伯父は両腕を広げて迎え、しかし旧知の仲と分からないように、軽く挨拶/ハグする。
「まだいろいろ隠しているのか?」
「ええ、お察しの通り」
「ふぅん。まぁ、いい。別れの挨拶を済ませてくると良い。その間に荷物を受け取ろう」
伯父の後ろにはラバがズラリと並んでいる。
「イスマイール宰相殿、貴方に出迎えて頂くとは感激です。感謝に堪えません」
宰相はアルベルトの両手をギュッと握りしめる。
「これくらい、何のことはありません。さぁ、山越えの準備にかかりましょう」
アサフランの首都は、この村から山脈を二つ越えた先だ。急な山道を荷車で上がり下がりするよりも、ロバかラバで運ぶ方が確実。輿入れに用意した大量の荷物はラバに積み上げられていく。
アルベルトは王と王妃に向き合っていた。最後に挨拶をする時が来たのだ。
「気高く思慮深きイーケル王よ、御代永遠でありますように。
それではデルフィナ姫をお連れ致します」
「う…む。アルベルト、短くも濃密な3年間、ご苦労であった。我が愛しい娘を頼む(護衛として)」
アルベルトは感激した。
さすが王妃様…ちゃんと王に話してくれたんだな。しかもこんなに好意的に送り出してくれるとは…!
「寛大なるイーケル王よ、陛下の治世に与れたことは、我が人生の大きな幸運でありました。姫を(我が妻として)快く送り出してくださること、心より感謝いたします」
「アルベルトよ。送られてきたのが其方で良かった。我が娘の行く末を見届けてくれ(訳: 護衛として婚礼を見守るように)」
「仰せかしこまりました。我が瞳のごとく、(妻として生涯)大切にいたしましょう」
「いろいろ、宜しく頼む(護衛として)」
「全てお任せください(もちろん初夜を含む)」
王妃オリビアは二人の斜め後ろでソッと目を逸らした。王には何も話していない。この後の荒ぶる王が今から見えるようだ。ひょっとしたら、体を張ることになるかもしれない。
実は噛み合っていない別れの挨拶を済ませ、アルベルトは騎乗する。デルフィナ姫の愛馬に優しく前進を促した。
「行って参ります!」
気丈なデルフィナ姫の声に、ハシント側はせめてもの大歓声で応え、送り出した。
デルフィナ姫とアルベルト、侍女のエレナがアサフランの一団に混ざり、出発するのを見届けてから、王妃は王に近付いた。
「わたくしの敬愛しますイーケル様」
「オリビア…私たちの可愛い宝が、またひとつ他の男のものになろうとしている…。アサフランの君主は、デルフィナを大切にしてくれるだろうか」
オリビアはホッと息を吐いた。良かった、嫁いだ国云々よりも、娘の幸せを案じてくださっているのね。
「それなら全くもって心配ありませんわ」
「そうか?君主には数多くの妃がいるのだろう?」
「いいえ、彼は初婚。しかもデルフィナに心底惚れ込んでいますもの」
「え…?初婚?え…?」
「あなた、黙っていてごめんなさい。デルフィナを妻にするのは、アサフランの君主の甥、我が国ではアルベルトと名乗っていた彼ですの」
「えええええー!?」
叫んだのは周りの騎士達だった。
王は口を開けたままオリビアを見、口を閉じ、また大きく開けて怒鳴った。
「アルベルトー!!貴様ァァ!!」
すでに一団は遠く離れ、山あいに差し掛かり、先頭はすでに山陰に入っている。
中の一騎が振り返り、手を大きく振った。アルベルトだ。王は確信する。何ならイケメン野郎の笑顔まで見えるようだ。
「絶対泣かすなよ!!妻は一人だけにしろ!!」
周りの騎士も、大ブーイングの嵐だ。
「心移りも離婚も愛人も許さん!!つまみ食いもだ!!それから…!」
王は一団が見えなくなるまで怒鳴り続けた。
その後、宰相を問い詰めるため疾風怒濤の勢いで帰城する。
嵐のように戻ってきた王の顔を見るなり、宰相はアルベルトの詩歌ーーアサフランの君主を動かした板挟みの恋歌ーーと最上級ワインを差し出した。
遅れて帰城したオリビア王妃が飛び込んで来た時には、王は落ち着きを取り戻していたものの…。そのやるせ無さを全て受け止めたのは、王妃だった。
一年後に7人目が生まれた由縁である。
次話、番外編③最終話「アルベルトの本懐」




