番外編③-4 アルベルトの杞憂
「デルフィナに話してはなりません」
オリビア王妃は断言した。一切の反論を許さない、と顔に書いてある。
今夜は王妃様主催・第一回 星見の会である。参加者は王妃オリビア、ベテダビド宰相、護衛騎士アルベルト、の3人。
あまりに微妙すぎるメンバーが集まって密談するため対外的に命名されたが、もちろん部屋は明るく、星など観ない。メンバーは極秘、開始時刻は夜の12時。怪し過ぎる集いだ。
今夜の議題は、アサフラン君主からの信書を受けて、いつどのような場で発表するかである。
王は視察のため不在。いや、不在時を狙って開催した。
「姫には何も知らせない、ですか」
アルベルトは気圧されて、やや間抜けな声で王妃に返した。
オリビア王妃は、一見とても優しくて、包容力に満ち溢れた垂れ目の美女だ。6人産んだ今も抜群の容姿を保っている。
そんな見た目とは裏腹に、影響力は誰よりも強い。議会が大人しいのも、王妃のおかげだ。そのため王も頭が上がらない…。
何よりも意志が強く、誰よりもタフだ。なのに目尻が下がっているため、優しげに見える。
そしてそれは、デルフィナ姫にも受け継がれていて…。おかげでデルフィナ姫がどれだけ睨んでも迫力がない。だからこそ変態貴族は誤解してアプローチし続けるのだ。
「ええ、直前まで秘匿するのが良いでしょう」
「私も同じ意見です」
ベテダビド宰相も王妃に賛同する。
アルベルトだけが納得いかず、首を傾げている。アルベルトの中では、恋心が大きく膨らんでおり、機会があればいつでも弾けそうになっている。想いを伝えたくて、姫の心を知りたくてたまらないのだ。
宰相が咳払いする。
「その…若い内は自重というものが効きにくい傾向があり、想いが…」
「宰相?」
にっこりと優しい笑顔で王妃が遮る。
「皆まで言う必要はありません」
「は、はい。失礼しました」
目の前のやり取りに、アルベルトは内心だけで目を剥く。顔に出してはならない、絶対に。
しゅごい…あの賢者ベテダビドが、雌羊みたいに大人しく従っている…。やはり魔王…。
「分かりました。直前とはいつでしょうか?」
何事も無かった顔でアルベルトは再び問う。
頭の後ろで、宰相が言いかけたことを考えながら。
自重が効きにくい、とは?若いと自重出来ないこと…そりゃ男女のアレコレだろ。だって今、姫と2人きりにされたら自信ない。護衛なのに!
…はぁ、つまりそーゆーことか。確かに自重、できねぇな。
「出来るだけ直前…例えば式の直前…祭壇の前とか。ベールを厚くして誓いの時まで見えないようにするとか」
王妃から、やけに具体的な案が出た。しかし文化の違いが案を妨げる。
「なるほど…。しかし我々のところでは、花嫁が歩いてくるのではなく、花婿が迎えに行って町を練り歩いた後、祭壇の前ではなく、君主と皆の前で誓います」
「では、練り歩くのを省略して、君主の前に出る直前で」
「……。やってみましょう」
そうか。コレは自分の結婚式の話なのか。俺と誰のだ…?
アルベルトはニヤけそうになるのを、ハーブ湯を口に含んで誤魔化す。ミントの爽やかさと、砂糖の贅沢な甘さが冷静さを取り戻してくれる。
さすが宰相御用達のハーブ湯。この甘さは砂糖…すんごい贅沢な飲み物だな。
冷え込む春の夜は温もりが心底ありがたい。
「姫は嫌がらないでしょうか」
甘さと温かさに緩んだ口から、今一番悩んでいる事がポロリと漏れた。
王妃と宰相は、真顔でアルベルトを見た。
何だって?その質問、正気なの?
「その…嫌われていないとは思いますが…」
国一番のイケメンが、もじもじと悩みをこぼしている。か、かわいい…!普段のキリッとした隙の無い姿とのギャップに、王妃は気を失いそうになった。が、失うといろいろ見逃して勿体無いため気を取り直す。
何を言ってるのこのイケメンは!嫌ってる?その正反対よ見たら分かるでしょ!!と思うが口には出さない。
「デルフィナは政略結婚の覚悟が出来ています」
なんかイラっとしたので憎たらしい言い方をする。
「あの子は潔いところがありますから、一旦覚悟が決まれば、どんな相手でも大丈夫です」
どんな相手でも…アルベルトは喜んで良いのか傷付いたらいいのか分からない。
でもまぁ、完全脈無しでは無いということだな。よし、口説こう。解禁されたら口説きまくってやる。
「ただ、惜しむべらくは…あの子の晴れ姿を見られないことです…」
「……。それは、申し訳ありません…。」
デルフィナの妹姫が嫁いだ時は、同盟国だったので王も王妃も参列できた。
この度は表向きは友好、その実は人質だ。アルベルトの妹が交換のように嫁ぐから、国同士の力関係はバランスが取れているようで…。
功を焦る勘違い貴族が妹に危害を加え無いことをアルベルトは願うばかりだ。
「今から用意を始めればお披露目は可能でしょうな。8月の満月が婚礼なら、7月の満月が欠けた頃に出ればギリギリ間に合います」
「なるほど…?むしろ婚礼の直前に着くようにすれば、直前まで隠せますね」
宰相の見込みに頷きながらアルベルトは背筋がゾゾッとする。アサフランでは、女達が花嫁を飾り始めるのは前日からだ。手のひらや腕、確か足にも施すヘナメイクは諦めて…もらうしかない…。女達の楽しみを奪うこと、先に謝り倒しておこう。
そんなこんなで第一回星見の会はつつがなく終了した。
第二回は王も出席した。デルフィナ姫の結婚は、なるべく早くに王から発表することになった。デルフィナ姫に粉を掛ける貴族が粘着化しているためである。例の首輪みたいなネックレスを贈ってきた、アイツが代表格だ。
しかし王には、嫁ぎ先がアルベルトだとは誰も話せなかった。
イーケル王の落ち込みっぷりが酷かったためだ。
「ワシのかわゆいデルフィナが、とうとうお嫁に行ってしまう…しかも敵国の人質嫁…ハシント弱小時代に生まれた定めか…」
こんな言われ方では、若くてイケメンでデルフィナにメロメロの花婿に嫁ぐ幸せ花嫁コースですよ、と言っても慰めにならない。
同席した三人は固く口を閉ざして、宰相持ち込みの最上級ワインに集中した。
いざとなったら、ちゃんと送り出してくれるはずと信じて。
それから一週間が経った。王はまだ何も言わない。議会開催中で、絶好の発表日和が続いているにも関わらず。
そのため、第三回星見の会が朝一番に開催された。デルフィナ姫の誕生祝いを兼ねた議会明けの夜会まで、あと7日。みな忙しいが事態は差し迫っているためである。準備に取り掛かれない…何と言っても花嫁衣装が大ピンチだ。一刻も早く作り始めなければ間に合わない…!
だが王の発表が先だ。発表の前に始めると余計な勘繰りを招いてしまう。
朝食も兼ねて集まることにして、召集メンバーは王妃・宰相・そして護衛騎士。
が、アルベルトが来ない。後の予定が詰まっているため、王妃と宰相は先に始めることにした。
「王はいかがされたのでしょうか?」
宰相は自家製の甘いハーブ湯を片手に問う。日の出前から起きているため、朝食は家で済ませてきた。
王妃は渋面で返す。何ってもちろん、デルフィナの結婚を発表しない件について。
「毎晩ささやいているのですけれど」
「よほど寂しく思われているのでしょうなぁ」
王の肩を持つ宰相に、王妃が口をとがらせた。少しだけ上ずった声で不満をこぼし始める。
「ですが、決まっていたことですわ。マルガリタが嫁いだ今、アサフランのハーレムに嫁げるのはデルフィナだけ。それなのに…」
「デルフィナはアサフランに嫁ぐのですか?ハーレムとは?」
「ハーレムとはアサフランの男が形成する、愛と諍いの夫婦スタイルですな。複数の妻をいかに上手く扱うかで、男の度量が試されます」
突然の王妃からの質問に、ベテダビド宰相は滑らかに答える。
王妃はもうご存知かと思っていましたが…なぜに今頃そんな質問を?
王妃の顔を見ると、青い。
宰相と王妃は扉に背を向けて座っていた。まさか…!?
後ろからアルベルトの声がする。
「…デルフィナ姫がご来室なさっています」
なんですとー!?!?今の声はデルフィナ姫!?王妃様にそっくり!!
「おはようございます、お母様、ベテダビド宰相殿。今のお話、本当ですの?」
誰ひとり口を開かない。いや、開けない。
「そのご様子、本当のようですわね。わたくし、ちょっとお父様に確認させて頂きますわ!!」
デルフィナ姫は言うなり一瞬で身を翻し、走って行ってしまった。
正体を取り戻した宰相が叫ぶ。
「アルベルト、止めよ!」
「はい!謁見の間には議会貴族も集まっていますが!?」
「とりあえず捕まえてちょうだい!」
「はい!」
だがこのやり取りが命運を分けた。姫が謁見の間の扉を押し開けた時には、アルベルトは侍女長に掛かっていた。デルフィナがすれ違い様に告げ口したからである。もちろん、自分のしたことは言っていない。
一方、部屋に留まった王妃と宰相は開き直っていた。
「いずれ分かることでした」
「王妃殿の寛大なお心に感謝いたします」
「こうなれば今から準備を始めましょう」
「王には、いつお伝えしますか?」
デルフィナを妻にするのはアルベルト、ということを。
「もはや嫁いでからでも良いのでは…?」
「それはさすがに…」
と言いつつも、それしか無いような気がする宰相。
大丈夫、王が荒れても、きっと王妃殿が何とかしてくれる!とりあえず、最上級のワインを多めに手配しておこう。いつでも宥められるように。
次話「アルベルトの焦心」9/13 朝7:00更新




