番外編③-3 アルベルトの下心
アルベルトの元へ母から頻繁に手紙が届くようになった。どうやら母が連絡係らしい。
同母妹のサラが自分と入れ違いでハシントへ入ることを知る。自分の帰国後、半年ほど開けるが、レオンシオの婚約者として!!
サラはレオンシオより3歳年上だ。なるほど姉さん女房の方がレオンシオには合うかもしれない。かわいくて賢いサラなら、あのツンツン坊やを上手く転がすだろう。
母の手紙は、長い。
“サービト、お前が独身のままアサフランに帰還すれば、またややこしい事になります。アサーラの息子たちが起こした愚かな行為にも関わらず、いくつかの有力者から問合せが既にあります。
よく聞きなさい。私の親族は、お前の伴侶を出すことを見送りました。
ハシントの出来るだけ強い家柄で、こちらのアレコレに馴染めるタフな娘はいないのですか?見つけたら、何が何でも伴侶として連れ帰りなさい。”
アサーラの息子たちとは、やらかした兄達のこと。
サービトことアルベルトは読み終えると両手に顔を埋めた。
「なかなか…強い母御殿ですな」
読み終えるのを見守っていた、ベテダビド宰相が声を掛ける。手紙の中身はもちろん、宰相だけが検閲済みだ。
「…ナフサの女ですから」
「さもありなん。嫁御殿とは上手くやれそうですかな?」
「妻になる女性の性格によりますが、母は感情的な人ではありません。強いですが」
「デルフィナ姫とはいかがですかな?」
アルベルトはギョッとして顔を上げる。
なぜ…なぜ…?まさかバレバレとか…?!
穏やかな眼差しの宰相と目が合う。
「…そんな分かりやすいですか?」
「いいえ。巷ではむしろ逆のウワサですな。アルベルト殿はデルフィナ姫を避けている。とうとうついに愛想を尽かしたかー?と」
「それならば…なぜ…?」
やっぱり魔法とか使えるのですか?とは聞けなかったが。
「ふぉふぉ。貴殿が懇意にされている金細工師は私の幼なじみでしてな。アルベルト殿の煩いっぷりを心配して、こっそり打ち明けてくれたのです」
アルベルトは再び顔を覆った。
恥ずかしい…。あの長ヒゲオヤジに心配されていることも、理由が恋煩いだということも、おまけに身バレしてるのも全て恥ずかしい…。
「誰にも話さないよう、お願いしております。金細工師によると、恋心を封印しようとして、とか…?」
「…はい」
か細い声しか出ない。この分だと何を依頼したかもバレてそう…。俺は名前だけ彫るよう頼んだのに、あの長ヒゲ息子オヤジ殿め、余計な言葉を足して彫っていた。“私の”と。心情的にあまりにぴったりで何も言えなかった。
夢の中で叫んだ言葉が今も自分を追い詰める。
“姫は私のものです!”
指輪に彫ったものの、恋心はカケラも封印出来なかった。
「アルベルト殿は、どうなさりたいですかな?」
「…八方塞がりです」
「しかし叶うなら?」
アルベルトは目の前の賢者と名高い宰相に目を据える。
どんな言質を取られようとしているのだ…?だが、これだけはハッキリ言える。
「私は、君主ユースフの忠実な臣下です。兄達が愚かなことをした今、より一層の忠誠心を持って仕える決意でいます。
姫は君主の妃のひとりになると、前から決まっていました。その方を願うなど…。君主の座を狙う翻意ありと疑われるようなことは、出来ません」
「分かっております。アルベルト殿の忠誠心、一片たりとも疑っておりませぬ。
しかし今、姫以外に心が傾く女性が居ないのも確か。もう少し時間を掛けるなら或いは…」
ここぞとばかりに思案顔を作る宰相に、アルベルトは熱く断言する。
「この先も居ません。あの方以上の女性なんて、この世界でも、先の世界でも居ません」
宰相は心の内で指を鳴らす。掛かった!
「ではその思い、詩歌にして君主に送りなさい。忠誠心と恋心の間で苦しむ、その心を」
「ええ?!」
「詩歌の巧みさを重んじるのはアサフランの麗しき文化でしょう?
アルベルト殿の心に裏表が無いことを、詩歌を通じて君主殿に知って頂くのです。
そうすれば、例え叶わなかったとしても、君主のため誠実と忠実を尽くした忠臣として名誉を維持できます。隠れて横恋慕しているとか、護衛の時に何かあった?などと疑わせるより、はるかに良い」
なるほど。得心のいくことばかりだ。
アルベルトは覚悟を決めた。
「やりましょう」
「決断の潔さ、さすがです。アルベルト殿。
では、今は3月の上旬。姫がハーレムに入ると発表されるのは、4月の下旬。恐らく誕生日会の日の夜会でか、その前くらいでしょう。
アルベルト殿。3日で書き上げて頂きたい。我が一門が責任と全権を使って最速で届けましょう」
宰相の目が光っている。ここからアサフランまで通常なら馬でも往復20日近くかかる。だがこの御仁は、やると言ったらやるのだ。
伯父上に自分の恋心をさらす…?まだ若いアルベルトとしては気恥ずかしい。
だが、やるしかない。正々堂々と訴え、その後の判断は君主としての伯父上に委ねるのだ。
アルベルトは文字通り3日で書き上げてきた。
城下の市場へお忍びで出掛けた、とある日のことを題材に、一番近くて一番手の届かない尊い人への想い、君主への忠心と募る恋心の板挟み、夢の中で会う時の喜びと真の主君への忠誠心ゆえに、やがて来る別れの悲しみを切々と歌い上げた。
「アルベルト殿…素晴らしい歌ですな…写しを取っても構いませんか?」
「…門外不出にしてくださるなら」
「無論です」
こうしてベテダビド宰相の肝入り急使がナフサ家の家長へ届け、同封された写しを読んだ家長は、読みながら馬を飛ばして君主の元へ運んだ。
アルベルト渾身の一篇を読んだ君主は、甥の恋に心を震わせ、その場で許可を認めた。
今度は君主厳命の急使がその日のうちに城を飛び出し、ナフサ家の使者と合流。国境で待つベテダビド家の早馬に、君主の信書を託した。ハシント国宰相腹心の急使達は、返信の速さに驚きながら帰路を駆け抜けた。
アルベルトにアサフラン国君主からの信書が届いたのは、実に10日後だった。通常なら往復20日はかかるところを、半分で!
信書には短く二言
“サービトの詩歌、見事。故にアサフランより迎えるデルフィナ姫は、サービト・ナフサに妻として与える。
婚姻の儀は8月の満月に行う”
宰相と手を取り合って飛び跳ねたのは言うまでもない。
自室への帰り道、ふと外を見ると、サクラにも似たアーモンドの花が満開だった。
最大の問題は解決した。次は王と王妃、そしてデルフィナ姫だ。
アルベルトは浮かれた気持ちを何とか押さえて冷静に考える。
デルフィナ姫に、いつ伝えようか。王から決定事項で伝えられるだろうが、自分からはいつ、どうやって…?
この想いを伝えると考えるだけで、アルベルトの心も満開になりそうだ。
脳内妄想劇場が開幕する。アルベルトはアーモンドを見ながら足を止め、しばし甘い想像に…。
『姫、ずっとお慕いしておりました。私とアサフランへ参りましょう』
『まぁ何ですって?お前、護衛の分際でわたくしを娶ろうと?』
『これは政略結婚で、王からの勅命でもあります』
『アルベルト。お前、正気なの?わたくし、用事が出来たから失礼するわ』
あれ…?夢の中みたいに甘くならない…。
それどころか逃げられてしまった。
デルフィナ姫の『脱走』は、いつも嫌いな人からの逃走だ。ただ単に合わない人からは逃げない。生理的嫌悪を感じる人から逃げるのだ。
え?俺、まさか嫌われてないよな…?
“あなたは私のものです”
かつて見た夢の中で自分が叫んだ、独占欲むき出しのセリフが甦る。
もし…姫は俺のことを嫌っていたら?それを知りながらアサフランへ連れて行くのか?それで一生一緒に?そんなの地獄だろ。口説いてどうこうなれるのか?
姫は…俺のことをどう思っているんだろう。
『アルベルト?彼はわたくしの護衛で下僕よ』
脳内デルフィナ姫がまたも冷たく答える。
やめろ!それは仕事上、だろ?ひとりの男としての話だ!
アルベルトは姫に好かれているのか違うのか、ここに来て真剣に悩みだした。
次話「アルベルトの杞憂」9/11朝7:00更新




