番外編③-2 アルベルトの恋心
首が座って抱きやすくなった愛娘を寝かしつけようと、ニヤけながら抱っこしていたら、恋わずらい中の同僚が家に突撃してきた。
「目と頭がおかしい?」
「そうだ。デルフィナ姫が眩しく見える。目は宝石よりもキラキラしているし、唇はツヤツヤしてて食べたら美味しそうだな…とか思うんだ!
あの姫が可愛く見えて見えて仕方ない…って、これは何かの病気では!?」
アルベルトから“症状”を聞いたナチョは、人生の先輩ぶって重々しく診断した。
「友よ。それが恋なのだ」
「ナチョ…それ、500年くらい後の話では…」
「あの時の俺の気持ち、分かったか!!」
「…よーく分かった」
大きな声に娘がビクッとなり、ナチョは慌てて調子を戻す。
「ま、俺のは単なる肉欲だけだった。すぐに嫁さんにメロメロになったからな。
アルベルト、お前も覚悟を決める時が来たんだ。偽装じゃない結婚を、誰かと本当にしたらどうだ?
護衛が主人に懸想したところで辛いだけだ」
「…考えておく」
アルベルトがハシントに来た時、迎えに行ったのは騎士団長とナチョだ。そのためナチョはアルベルトがアサフラン出身で、しかも要人だということを知っている。
「それとも、お前が名乗りを上げるか」
「…何の名乗りだ」
「デルフィナ姫の花婿にだ。お前の立場ならイケるのでは?」
「……いや、俺では無理だ。それ以上は言えない」
ナチョはこの症状を恋の病だと言う。バカな…それって俺があのヤンチャ娘に恋してる、ってことか?
普段はツンとしてるクセに、二人旅の間は俺の懐で安心しきって寝てたアイツに?
ヨダレ垂らしてた、あの寝顔…腹立つくらい可愛らしかったな…。寝相が悪くて離れたら、寝ぼけたまま探して抱きついてきやがって…。夢の中なら、ぎゅっと抱きしめられるが、旅の間どれだけ我慢したか。
…待て。可愛らしい…?抱きしめたい…だと??この俺が…?
認めない。絶対、認めねぇ!!
その決意とは裏腹に、アルベルトは恋を恋と認めないため、どんどん拗らせていった。
だが寒さが本格的になる頃、事件が起きた。
アルベルトの兄2人が謀反を起こそうとしたのだ。
アルベルトたちの父アーディトは、いわゆる正妃の子だ。そこを反勢力につけ込まれ、担ぎ上げられたらしい。兄達の権力を求める欲心、その弱さこそ後継者に選ばれなかった理由だというのに。
らしい、のは全てが終わった後に母からの手紙で知ったからだ。
兄2人と唆した反勢力は、君主に仇なす者として苛烈な制裁を受けた。
息子達の裏切りを寸前に止めたとは言え、完全に防げなかったとして、父アーディトは自ら蟄居として妻の実家へ隠居することを願い出たが、君主は優秀な弟を手放すことを惜しんだ。むしろ償いとして忠誠を尽くすことを求めた。アーディトは平伏して君主の心に従い、そして命令が発せられた。
サービトをアサフランへ帰国させよ。
その際はハシントの姫を伴うように、と。
情感を抑え淡々と綴られた手紙からは、返って母の動揺が伝わってくる。
いよいよ人質生活も終わりか。俺の婚姻は整ったのだろうか?とサービトことアルベルトは考える。
いや、兄貴達がやらかした後だ。それどころじゃないだろう…むしろ姻戚になりたい有力者は減るかもしれない。元々は母の親族から貰う予定だった。何の問題も無く進むといいが…。
しかし進めば、あの跳ねっ返りともおさらばか。あの姫は君主に嫁ぎ、門外不出のハーレムへ入り、二度と会う事は無くなる。
そうだ。もう水入り皮袋を担いで城下を一緒にウロつくことも、馬に一人乗りするよう言い合うことも、結局押し負けて後ろから抱きつかれることも、あの柔らかさを密かに堪能することも…いや違う、堪能などしていない。迷惑してたんだ、我が伯父上のものになって二度と会えなくなって…せいせいするぜ、きっと。
その晩、アルベルトの見る夢はいつもと違った。それまでは心ゆくまでデルフィナ姫を可愛がる夢だったのが、伯父上ことアサフランの君主がデルフィナを可愛がっているのを傍観する夢だった。
アサフランの君主ユースフは文 武 両 道で男ざかりのイケオジだ。その彼がアルベルトの目の前で、デルフィナ姫を蕩けさせている。しかも、デルフィナ姫からも伯父に愛の言葉をささやいているのだ。
なぜか体は動かないアルベルトは、夢の中で叫ぶ。
「我が姫よ、その男は私の父の兄。イーケル王と同じくらいの歳なのですよ!?」
「あら素敵。わたくし、すっごく年上のオジ様が好みなの…♡ねぇユースフさまぁ、もっと…♡」
「姫!いけません!」
「邪魔よアルベルト。わたくし達は新婚で夫婦なの。お前は幻の妻と仲良くやりなさい」
今までの暴言の中で、これ程まで刺さった言葉があっただろうか…。いや、無い。アルベルトは全てをかなぐり捨てて叫ぶ。
「いけません!あなたは私のものです!!」
カッ!と目が覚める。全力で走った後のように、呼吸と心臓が荒ぶっている。目に垂れてきた汗をぬぐう…これは汗だ。涙なんかじゃねぇ。
そうか夢か…。
そのことに心から安堵するも、夢の中で自分が叫んだ言葉を思い出す。
マジか…。
さすがにこれ以上、自分を誤魔化せない。
夜はまだ明けていない。だがいずれ必ず明ける。
姫はまだハシントに居る。だが必ずアサフランで妻となるのだ。伯父上…君主のものになるのだ。
その時、俺は…俺は耐えられるのか?
アルベルトの懊悩は、今からが本番だった。
金細工師のナホムは宰相のハアコブ・ベテダビドと幼なじみだ。毎週土曜日には集会所で顔を合わせる。
ナホムは幼なじみを見つけて、いつも通り声を掛けた。
「よぉ、ハアコブ。調子はどうだ?」
「ナホムよ。お前は金を火で炙っているが、俺は人の欲に炙られている。変わりないよ」
「はっは、さすがだな。変わりないようで安心したよ」
気安い幼なじみ同士、挨拶を交わし肩を叩き合う。
「そういえばお宅のイケメン護衛殿、だいぶ参ってるようだな」
「そうだろうな…ん?」
「この前ウチに来て…」
「!?待てナホム。その話、場所を変えて詳しく聞かせてくれ」
「もしや国の瞳に触れる話か…?」
「詳しくは我が家で。誰にも話すな」
「お、おぅ」
目の前にいるのは幼なじみのヤアコブでは無く、国政を回すベテダビド宰相だった。朝の集まりが終わるなり、そのまま宰相邸へ連れて行かれる。
「やれやれ、昼食までには帰してくれよ」
とか言いながら、アーモンドのすり流し温スープをひと口飲む。
「ん、美味い」
「詳しく聞かせてくれ」
「ずいぶん急くねぇ。まぁいい。あれは半月くらい前だ。件のイケメンが思い詰めた顔でウチの店にやってきた。
前にすごい料金で結婚指輪を作ったんだが、そんな顔してまた来たということは…
『どうした?ついに別れたのか?』と聞いたらイケメンは『いや…別件で来た』という。
またイケメンの年格好がちょうど最初の子と同じくらいでね。あの子が生きてたらこれくらいかな…とか思うと何でもしてやりたくなる。はは、そんな顔するなよ、ヤアコブ。
でイケメンは『この指輪に、この名前を彫ってほしい』と言って懐から出したオストラコンには、我が国の妖艶姫の名前が丁寧な字で書いてあるんだよ。
ははぁ、だけど何で指輪に?と思うのが常だろ?
『あんた既婚者だろ?いいのか他の女の名前、結婚指輪に彫って』
『内側に頼む。…刻んで封じ込めたいんだ』
俺はそれを聞いてピンと来たね。イケメンは妖艶姫への許されない恋心を指輪に封じ込めるつもりなんだと!
だが万が一、妻に見つかったらどうする?きっと血が流れるぜ?そしたらイケメンは、『俺に妻なんていない』って切ない顔で言うんだ。グラッと来たねぇ。分かった何でも彫ってやるよ、って」
ヤアコブは再び宰相の顔で考えに沈む。
二人がソグルーブへ行った行方不明の10日間は、10月。今は1月の末だ。
あの10日間の後、姫に変化は無いがアルベルトが姫を避けているとの噂がある。何も無かったようで、何かが起きていると見て良い。デルフィナ姫のハーレム入りまでもう時間が無い。アルベルトの兄達は処刑されたし、呼び戻されるのも間も無くだろう。ナフサの家長とアサフランの宰相からの依頼、上手くまとめる機運が出てきたようだ…。
ヤアコブは再び幼なじみの気安い雰囲気に戻り、金細工職人に礼を言う。
「なぁ、アイツ幸せになれるのか?妖艶姫の護衛だろ?」
「知っているのか」
「ここいらじゃ有名だよ。忍べてない姫とお守りの護衛って」
あちゃー。宰相は天を仰いだ。ナホムは続ける。
「恐めの妻を持つ身でありながら、主人である姫君に懸想して、しかも四六時中一緒。それも飛び切り色っぽくてカワイイと来た。俺たちみんな、イケメン護衛に同情してるよ」
「…恐めの妻?」
「あぁ、悪趣味なネックレスを渡して、これを今日中に指輪にしないと結婚しない!とか言って脅したんだろ?」
「……。俺たちとは?」
「この辺の住民みんなだよ」
「…有名なんだな」
「目立つからな」
ごく真面目な顔で頷く幼なじみに、改めて感謝する。
「ナホム、また悩めるイケメンが来たら、よろしく頼む」
「おお?まぁ、任せとけ」
その夜、宰相は手紙を書いた。ナフサ家の家長に宛てて。
そこから全ては動きだした。
次話「アルベルトの下心」9/9 朝7:00更新




