番外編③-1 アルベルトの裏話
アルベルト側の裏事情、本日よりスタートします。
オジサンばかりであること、陳謝いたします…。
思えば最初に対面したあの時、しかめ面で見られたあの時から、何かは始まっていたのかもしれない。まだ15歳の彼女と。
アルベルトことサービトは20歳を迎えて、父君はいよいよ嫁取りを考えだした。という噂は部族内だけではなく、国中を駆け巡った。
サービトの兄2人は既婚で、サービトとは母親が違う。父アーディトはサービトの母の部族から妻を迎えようと思っていた。が、それどころではなくなってしまった。
アーディトの後継はサービトだ。アサフランでは兄弟の中で最も優秀な者が後継者に選ばれる。生まれた順番や母の身分ではない。それで君主の弟の息子、優秀な三男…後継者の妻に是非と、待ち構えていたあちこちから使者が押しかけてきた。
父アーディトは、君主の後継者候補にも上がった程だが、兄ユースフを支える側に就いた。繁栄を謳歌するアサフランの火種になることを避けたためだ。それ故に、息子の結婚で国中がかき回され、確執が生まれることを懸念した。
「ふむ。それならハシントへ遊学させるのはどうか」
妻の部族・ナフサ家の家長と一緒に開いた酒宴で、立派なあご髭に手を当て君主ユースフは提案した。
「遊学…ですとな」
「ハシントで何か学ぶものが…?」
家長とアーディトは聞き返し、君主の考えに説明を求める。
「うむ。文化水準はこちらが世界最高峰だという自負はある。だが、ハシントへ出てしまえば少なくとも数年は新境地に慣れるため、苦労するだろうから名目は立つ。姦しい諸侯に一旦、手を止めさせて、その隙に婚姻を整えれば良い」
「なるほど。苦学に近いとは言え、今の状況よりかは楽かもしれませんなぁ」
そう言ったのはナフサ家の家長ベネエゼル。だが余計な苦労を背負う孫・サービトを思いやってか、眉は下がっている。サービトの母は家長ベネエゼルの娘だ。
アーディトは舅の表情を見てから、兄で君主のユースフに問うた。
「国内の有力者達には遊学で説明できるでしょう。ですがハシントには?」
君主に近い血筋の人間をどうやって敵国のただなかで安全な立場にねじ込むのか。
君主ユースフはうなずく。
「ハシントには人質交換として持ち掛けようと思う。下手に出るようで腹立たしいが」
「人質…ヤツらが飲みますか?常にいざこざを起こしてますが」
この前も国境付近でひと騒動あったばかり。国境を越えられることも無く蹴散らしたが、戦果は今ひとつ。ハシント側の芽吹いたばかりの大麦畑を台無しにしたくらいだ。
君主ユースフはニヤリと笑う。
「最近、ハシントもようやく気づいたようだ。戦で土地が荒れると国力が落ちるということに。誰か優秀なヤツが助言し出しているらしい」
この度のように畑が戦場になると、作物がダメになる。農民が戦で減ると、その畑を再開墾する人手が不足し、放置される土地は増えて荒れる。自給率は下がり、食料の価格は上がり、貧民から飢えて出生届け数も下がる。何より税収が下がる…。
アーディトとベネエゼルは顔を見合わせた。この仕組みに気付き、助言できる立場の者と言えば…。
ベネエゼルが口を開く。
「ハシントの宰相ですかな」
「いかにも、親族殿」
「いやはや…我が身内でしたか…優秀さを今ばかりは煙たく思いますな」
「彼の助言を受け入れたハシントのイーケル王こそ、食わせ者かもしれぬが」
君主ユースフはベネエゼルを安心させるよう軽く頷くと再び続けた。
「ハシントは争いの一時休戦を望んでいるはずだ。今なら飲むだろう。そこでベネエゼル殿。ハシントのお身内、忌々しきベテダビド宰相と交渉してくれまいか」
「このベネエゼル、ユースフ殿の慧眼に感服いたしました。人質交換とのお考え…こちらの火種にならない人物を必ずや釣り上げましょう」
「ついでに我が甥サービトの妻も見つかると良いが」
思案顔の君主に、サービトの父アーディトの眉が下がり、それは困難と顔で語る。
「彼は…女の悪しき部分ばかり見せられておりますから…」
「女は好まぬか」
「というか色恋を避けております。年頃なのに。あ、男も好みませんので念のため」
「…孫を抱けるよう、尽力しよう」
「兄上…深く感謝いたします」
「婚姻が整い次第、向こうに有利な条約を結んで呼び戻す」
アーディトと家長ベネエゼルは、君主ユースフに心酔する。素敵、好き…。
「「ありがとうございます」」
交渉が水面下で始まり、ハシント側が提示してきた人質は、王の娘どちらかだった。
君主ユースフは報告を聞いて、眉間にシワを寄せた。
「ハシントは人材不足か?もっと緩やかに価値のある人物はいなかったのか」
ナフサ家の家長ベネエゼルと、ユースフの腹心にして宰相のスマイールが交互に言う。
「14歳と12歳にして、どちらも既に美姫と名高いとのこと。しかし、どこでどう取り扱うか…」
「我が君のハーレムに入れるには歳がやや足りませぬ。入れても他の妃が騒ぐでしょう」
宰相の言葉に頷きつつ、眉間のシワを深くして家長は後を続ける。
「しかしハーレムが妥当かつ最も目が行き届きますな。君主の妃の1人、というのが妥当な立場でしょう。ハシント側も承知しているようで、三年待つよう言ってきております」
「三年も待てば、サービト殿も全ては収まる頃合いでしょうが…」
「君主殿のハーレムが荒れますな」
ユースフのハーレムは、妃が40人余り、息子娘は30人と20人。アサフランの繁栄を表してかなりの規模である。
「妃達は黙らせよう。今から4、5年後に子が何人生まれようとも、我が後継は揺るがぬ」
不敵に言い切る君主に、しかし今いる妃方への寵愛は揺るぐかもしれません、とは2人とも言えなかった。
狸親父2人は目と目で語り合う。
国一番の美丈夫にして賢明なるサービトが、ややこしいハシントの人質姫と結婚すれば上手く収まるのに、と。
そんなこんなでサービトは表向きは遊学としてハシントへ行き、出自を隠すためアルベルトとハシント風の名前を名乗った。居場所を確立させるために護衛選抜戦に志願し見事、獲得したものの…。
それから2年と数ヶ月後。
アルベルトは、ここ数日悩んでいた。ソグルーブへの二人旅から、頭と目がおかしくなったらしい。
寝ても覚めても、ふと気付けばデルフィナ姫のことばかり考えている。
寝ても…夢の中で姫を探しているし、必ず納屋で同衾している。それも際どいでは済まない格好で。
ナチョは“川で溺れ未遂事件”の後、叫びながら飛び起きたり、汗をかいて震えていたが、アルベルトは違う。腕の中に姫を抱え込んで、うっとりと目覚めるのだ。世界一の宝物を手に入れたような満ち満ちた心で。
だから起きた後のギャップが酷い。寝ぼけて探している時すらある。
そして目だ。目がおかしい。
デルフィナ姫が、明らかに以前より可愛く見えるのだ。前より愛らしく、前よりキレイに。光って見える時もある。
太陽が眩しかったと思うようにしているが、とにかく気付けば目がデルフィナ姫を見ている。それも割と、ねっとりと。
耐えきれなくなったアルベルトは、ワイン樽とチーズの塊をかついでナチョの家に押しかけた。
困った時のナチョは、生まれて数ヶ月の赤子をあやしているところだった。
「ナチョ!俺、とうとうおかしくなったみたいだ!」
「はぁ?」
次話「アルベルトの恋心」9/8 朝7:00更新




