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番外編② 「レオンシオのお嫁さん」

 変わった女だな、と思った。良くしゃべるのに不快ではない。女のおしゃべりは昔から苦手だったのに、もっとずっと聞いていたいとさえ思う。


 レオンシオ、11歳。男子が迷走しだすお年頃である。

 素直に別れの挨拶が出来ないまま、デルフィナ姉姫が嫁いで半年が過ぎた頃、アサフラン国から姫君がやって来た。名目上はレオンシオの婚約者、その実はアルベルトと交代で人質として。

 ただし、人質だと知るのはごくわずかでレオンシオにも知らされていない。



「美しく賢いサラ、今日も何か聞かせてくれないかしら」


 昼食後のまったりとした時間、くつろいでクッションにもたれながら王妃がねだる。

 婚約者であり人質であり、アルベルトの妹であるサラは、ほほえんで答えた。


「はい、わたくしの太陽、王妃様。今日は、デルフィナ姉様とアルベルト兄様のお話を…」


 サラはデルフィナが輿入れした後、半年ほど共に過ごした。アサフランの諸々を事前に知るためである。

 アルベルトは一介の騎士としてアサフランに馴染んだが、サラは違う。表向きは王太子の婚約者として数年間、不安定な立場で過ごさなければならないからだ。


 王妃の計らいで始まった昼食会だったが、王妃自身がサラを気に入り、毎日のように昼食を共にしていた。

 中でも特に楽しみにしているのが、昼食後にサラから聞く、アサフランでのあれこれである。


「わたくし、お二方(ふたかた)のやり取りをお聞きして、お二人の間にある信頼と仲睦まじさに感動したのですけれど」


 サラは一度言葉を切り、目だけで聴衆を見回す。聴衆とは王妃とローサ姫、それに無関心を装いつつも耳をそば立てているレオンシオ。あと気配を消している侍女達と護衛達。


 アルベルトと同じサラの黒髪は豊かに波打ち、同じ蒼い目は生き生きと輝いている。サラはゆったりと語りを続けた。


「昼下がりのある日、デルフィナ姉様のところへ、冷たいお菓子を持って遊びに行きましたの。さぁ、頂こうと匙を持った時、アルベルト兄様がいらして。

 わたくし、兄様の分なんて失念しておりました。そうしたら姉様が、ご自分の分を兄様に器ごと差し出されて。


『サラからの贈り物、少しだけお分けしますわ』


 なんて…そんな姉様がお可愛いらしくて…。

 ですが我が兄もさるもの。器に載っていた匙でひと掬い取ると、姉様の口元へーー。


『全部、きみが食べなさい。その後できみごと頂くから』


 その時の兄様のいたずらっぽい笑顔は、姉様への愛しさに満ち満ちておりましたわ…。部屋にいた全ての侍女達と、その甘さとお二人の麗しさに酔いしれました。


 ところが姉様は。お耳を真っ赤にされながらも、仰ったのです。


『最近のアルベルトは甘すぎるわ。毒がなくて物足りない…』


 それでわたくし、兄様が素のままで姉様に接していたのだと、知りましたの。兄様は女性に対して悟られずに鎧(外ヅラ)を着込む人でしたから、これだけでも姉様は特別だったのだと分かります。


 さて毒舌を所望する姉様は、取り繕わないありのままの兄様も恋しいと打ち明けたことに、気づいておられないご様子でした。毒舌だった頃とは?…そう、このオデロットの宮殿にいた頃ーー」


 サラは、ふいにニッコリ笑う。レオンシオは思わず、その笑顔に見とれてしまう。


「姉様が謀らずも打ち明けた、お心の内に、兄様が歓喜したのはお察しの通りですわ。わたくし達は早々にお暇いたしましたが、甘さの余韻に浸った、尊い昼下がりでした」


 王妃とサラは、二人でうっとりとため息をつく。よく見れば、部屋の侍女達も全員、そんな感じだ。

 レオンシオはあえて、空気をぶち壊したくなる。


「アルベルト…兄上は、女性嫌いなのか?」


 ずっと護衛だと思っていた格下(アイツ)を兄上と呼ぶのは未だに慣れない。いや、最初に会った時から、いつか姉上を攫(さら)って行くのではと警戒していた…。

 そんなレオンシオにサラは優しく頷く。


「嫌いというか…信用出来ないと言った方が近いでしょうか。

 兄様は女性を特別、惹きつける容姿をしているようで、昔からそれはそれは秋波にまみれて来ました。様々な輩に攫われそうになること、両手両足の指では足りないくらい。結果として武を磨くことになり、こちらでの選抜戦に優勝しましたので、無駄な苦労とはならなかったのですけれど」


 そんな重い内容が返ってくるとは…。どうりで、“接近戦なら右に出る者なし”と騎士団長のベルトランが絶賛するワケだ…。

 レオンシオは質問したことを後悔した。

 姉上を連れて行ったアイツの情けない話が聞けるかと思った、自分の卑小さを見てしまった。悔しくて恥ずかしい…。


「そんな兄様が心の底から愛する方こそ、デルフィナ姉様ですわ。レオンシオ様、お聞きくださったこと、感謝いたします」


 サラはレオンシオの心に、そっと寄り添うように話を締めくくった。それもまた、嬉しいような悔しいような…素直になれない。

 レオンシオはただただ、自分を持て余した。



 廊下で、サラの一行にばったり出くわす。同じ部屋に居られるのは、王妃主催の昼食会ぐらいのため、それ以外で会いたければ偶然を装うしかない。


「ハシントの次代の光、レオンシオ様。ごきげんようございます」


 サラはいつもと同じように朗らかに挨拶を返してくれる。レオンシオはサラに笑顔を向けられて、また頭が真っ白になった。


 何、言おうと思ってたっけ?ダメだ全部忘れちゃった。


「サラは…サラは今からどこへ?」


 何とか言葉を引っ張り出す。


「わたくしは、ローサ姫様にお呼ばれされていますの」

「僕…私も一緒に行ってもいいか?」


 サラは笑みを湛(たた)えたあの瞳、目を離せなくなる美しいあの瞳で自分にほほ笑みかける。


「わたくしは嬉しく思いますが、部屋の主人にお聞きしても良いでしょうか?」


 僕が一緒で嬉しい…?!

 レオンシオは、こくこくと何度も頷いた。まだ寒い季節なのに、心がぽかぽかしてきた。


 ローサ姫の部屋に向かう道で、レオンシオはいろいろ考えすぎてパンクした頭のまま、サラに話しかけた。


「サラは、背が低いな」


 レオンシオは歳の割に背が高い。もちろん、アルベルトには敵わないが、見送った時よりまた少し伸びたと思う。

 そしてサラは3歳年上だがレオンシオより小さいため、目線はレオンシオの方が高い。

 サラは、ふふと笑って答えた。


「わたくしの母方は、みな小柄なのですわ。兄は伸びましたが…父に似たのかもしれません」

「サラは母上殿に似たのだな」

「ええ」


 サラの笑顔が、ややいたずらっぽいものになった気がする。


「レオンシオ様は、まだまだ大きくなられそう…。わたくしが小さくても、レオンシオ様に似れば背が高い子になるでしょうね」

「そう…だな」


 え、なんだって?わたくしが小さくても僕に似れば背が高い子に…?子ども!?


「まだ…まだ先のことだろ!?」


 顔がモーレツに熱くなっていく。

 この…かわいい人との、子ども!?

 かわいい!?かわいいって何だ!?


「あっと言う間ですわ。ほんの…5年くらい、きっと」


 5年後…!?今、11歳だから16歳!?いや17歳!?5年…5年…


「…長いな」


 ポツリとつぶやいた一言を、サラは聞き逃さなかったようだ。パッと笑顔が咲いて、レオンシオは今度こそ心を持って行かれる。


「わたくしも、ですわ」


 言葉が出なくて、ただ頷く。

 そのままローサの部屋まで歩く二人ーーにこにこ笑顔のサラと、その笑顔に見惚れたままのレオンシオーーを、護衛や御付きの侍女達もまた、ほっこりしながら見守るのだった。


 レオンシオ様はデルフィナ様以上にツンデレだな、と全員が思いつつ。

ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました!!


一番肝心な?話を9/7 朝7:00より更新いたします

そちらもお読みくださると嬉しいです!

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