番外編①「ローサ姫とお留守番大作戦」
『未婚の王女は城で留守を守れ。北国へは連れて行かぬ』
大好きなお美しいマルガリタ姉様がお嫁に行かれるというのに、着いて行くことは許されなかった。しかも乳母の娘も北国で仕えるからと、乳母まで両親と共に行ってしまい、ローサは途方に暮れていた。
おとうさま、おかあさま、どうしてローサは ごいっしょ ダメなの?
お世話を任されている侍女達も途方に暮れていた。ローサ姫がひと言も話さず、ホロホロと涙を流し続けるからだ。思い余った侍女のひとりが思いついた。
そうだ、デルフィナ姫様に何とかして頂こう。あの方ならきっと…。
「まぁローサ!わたくしの可愛いロシータ!いらっしゃい、ねぇさまのお膝に」
「フィナタねぇさま!」
泣き止まないローサ姫を連れて、部屋に入った途端に、デルフィナ姫が驚いて走ってきた。ローサ姫は、膝を着いて目線を合わせたデルフィナ姫の首にかじりつき、そのまま声を上げて泣きだす。
「まぁかわいそうに…。お父様もお母様も、そういえば乳母のソラナもマルガリタと一緒に行ったのだったわね」
「みんな…ロサのこと…」
姫でも4歳の幼児が泣きながら心の内を明瞭に語るなど不可能。デルフィナの服はたちまち涙と鼻水まみれになる。周りで両方の侍女達がわたわたしているのに気づき、デルフィナはヨイショとローサを抱き上げた。
「まぁ。わたくしの可愛いロシータは、こんなに大きく…ますます可愛くなっていたのね。
ねぇ、可愛いロシータ、ローサちゃん、今夜はわたくしと一緒に寝ましょう。そうしたら、温かくてさみしくないわ」
その言葉に、ローサはやっと泣き止んだのだった。
その晩から、ローサはデルフィナの寝台で毎晩一緒に眠るようになった。
「さぁ今日はお昼を頂いたら、お馬に乗って散歩に行くわよ!」
「わああ、たのしみです!!」
ドヤ顔のデルフィナ、目をキラキラさせるローサに、護衛騎士アルベルトは冷たく宣言した。
「姫君方は馬車に乗って頂きます」
「えぇ?馬に乗った方が楽しいわ」
「いえ、おひとりで乗れない内は馬車となります」
アルベルトの顔に、相乗りは嫌だと書いてある。しかしそう言われるとヘソを曲げるのがデルフィナという姫。
「ではローサ、向こうに着いたら少し乗せてもらいましょうね」
「はい!フィナタねえさま、アルのおうまに のせてもらっても、よいですか?」
輝く笑顔でおねだりする可愛いすぎる妹に、デルフィナも満面の笑みで応える。
「もちろんよ!かわいいローサのお願い、アルベルトが断るはずなんてないわよね?」
「ははは。仰せかしこまりました、可愛らしいローサ姫様。お小さい姫君なら喜んでお乗せいたしますよ」
「まぁ。ふふふ」
「ははは」
笑顔で睨み合う主従だが、側から見れば麗しい二人が微笑みあっているように見えるらしい。デルフィナとローサそれぞれの侍女達はうっとりと眺めている。
アルとは、もちろんアルベルトのこと。デルフィナの部屋で寝起きするようになったローサはアルベルトがお気に入りで、朝昼晩と食事を同じテーブルで共にしたがり、学ぶ時間以外はずっと三人で居たがる。
ローサが可愛いデルフィナにとっては、何の問題もない。
先祖伝来の金髪碧眼の妹と、黒髪蒼眼のアルベルトが仲良くおしゃべりしている麗しい様子は、どんな絵師でも描き表せないと思う。顔には出さないが、内心では周りの侍女たちと同じように感嘆のため息の嵐だった。
わたくしの妹がかわいすぎる…。
両親とローサの乳母が帰ってくるのは恐らく8月。あと3ヶ月は、何の気兼ねも無く妹を可愛がりまくれる。
そうして出かけた散策先でローサは、はしゃぎ過ぎて寝落ちしてしまった。
「おっと、ローサ姫、今眠っては危ないですよ」
「んむ…アル…」
それも馬の上で。アルベルトと一緒に騎乗していても、眠ってしまうのは危ない。しかもそろそろ日が傾いてきた。
なるべく早く、馬車まで戻る必要がある。
「仕方ない。アルベルト、ローサ姫をこちらへ」
困った時、頼りになるのはやはり次席護衛のナチョ。ナチョは上背も横幅もアルベルトより一回り以上大きい。女子どもに優しく、意外に器用だ。
ナチョは片腕にローサを座らせるように抱え上げて、馬を駆けさせようとした。
アルベルトは舌打ちする。今ここにいるのは三騎。ナチョと自分と、デルフィナ姫だ。
「ナチョ、我らがデルフィナ姫は早駆けが出来ない」
「はぁ。耐えろアルベルト」
「……。我らが大きい姫君、早駆けしても?」
「アルベルト。言わずとも分かるでしょう?」
心底嫌そうな顔は一瞬だけ。アルベルトは職務に忠実にデルフィナを後ろへ乗せ、無になってナチョに続いた。
寝落ちした遠出なお散歩の後、ローサ姫はナチョにべったりになった。ナチョに抱えられて早駆けしたことを夢うつつに覚えていたらしく、ナチョの抱っこに夢中になったのだ。
壁のタペストリーを近くで見たいとか、窓の上の方から景色を見たいとか、いろいろな理由を見つけてはナチョに抱っこをせがむ。
ナチョもローサ姫に甘えられるのは嬉しいらしく、快く応じては軽々と抱き上げて腕に乗せ、二人でニコニコしている。
「なちょ、ずっとローサといっしょにいて いいのよ?」
「騎士団長に聞いてみましょう。ナチョは今、デルフィナ姫様の護衛ですから」
「そうね。ローサはしょうらい、なちょとけっこんするから!」
「まぁロシータ、まぁ、うふふ」
さすがのデルフィナも、これには悩んでしまった。
あら、これはどうしたら良いのかしら。身分差…?年齢差…?何と言って諦めさせたら?4歳で失恋…!?可哀想すぎるけど…。
アルベルトに目で訴える。
“お前から言いなさい”
アルベルトはすぐさま目で返してきた。
“僕には無理です”
まぁあ、こんな時だけ従順な下僕ぶっちゃって!
だが困った時は、やはりナチョ。彼は盛大に照れながらローサ姫に申し上げた。
「我らが愛らしきローサ姫様、お言葉ありがとうございます。とても光栄ですが、ナチョはもう結婚しております。来月、最初の子が産まれる予定です」
「まぁナチョ!そうだったの!?」
結婚していたことも、もうすぐ第一子誕生なことも、何も知らなかったデルフィナは思わず叫ぶ。
「まぁなんておめでたいの。知っていたらお祝いしたのに。アルベルトお前、こんな大事なことはちゃんと知らせなさい」
アルベルトは抗議しようと口を開けたが、すぐに閉め、素直に謝った。
「はい、申し訳ありませんでした」
「まぁ。素直すぎるのも気持ち悪いわね」
ナチョの結婚騒動は、デルフィナがそもそもの元凶である。だがナチョの名誉に掛けて口外はできない。
泥を被ることを選んでくれたアルベルトに、ナチョは心から感謝と陳謝を捧げた。
そうして楽しくも綱渡りな日々を重ねて、王と王妃達は帰城し、ローサ姫対応合同チームは穏やかに解散となった。
ところが、ひとり寝に戻り、さみしさを拗らせたのはデルフィナの方だった。
気を紛らわせるためにアルベルトを巻き込み、ソグルーブに住む姉姫の所へ、懐妊祝いの旅に出た。
旅の間はひとり寝ではなかったし、早駆けも出来るようになった。ようやく懐妊したカリナ姉様にお祝いも言えた。デルフィナにとっては大満足な旅だったのだ。
一方のアルベルトは、この旅から寝ても覚めてもデルフィナのことばかり考えるようになり、ナチョと同じになった。
「それは違うな。友よ、それが恋なのだ」
「ナチョ…それ500年くらい後の話では…」
「俺のは単なる肉欲だけだった。アルベルト、お前も覚悟を決める時が来たんだ。偽装じゃない結婚を、誰かと本当にしたらどうだ?」
「…考えておく」
アルベルトが本気を出して立ち回り、デルフィナ姫と隣国へ旅立った後、ナチョは正式にローサ姫の筆頭護衛となった。
非公式でナチョの子ども達とも交流し、仲良しになる。ローサ姫は嫁ぐその日まで、ナチョとお互いへの信頼と愛情に満ちた父と子のような関係で過ごした。
王国史には、理想の“姫と護衛騎士”だったと記録されている。




