17・比類なき比翼に
デルフィナは寝室へ連れて行かれる。湯殿は素通りだ。風呂は、朝に入るらしい。その…朝の方がさっぱりしたいだろうから、とか。
というわけで、白と金のチュニックドレスのままだ。ベールだけ外して、花冠と髪飾り他も全て、大広間の時のまま。
侍女達はお辞儀して音もなく退出する。去る時、部屋の明かりも減らしていった。
デルフィナは広い寝台の真ん中に誘導され、月あかりと灯火の暖かい色の中、所在なく座っていた。
こちらの寝台って低いのね。落ちてもケガなどしなさそう。いえ、落ちるほど寝相は悪くないけれど。上掛けは薄いのが数枚。明け方は人肌があるとは言え、冷えるかもね。人肌…無し無し。
どうでもいいことを必死で考える。
それにしても寝台の真ん中でお待ち下さいなど…。期待してるみたいじゃないの!
「我が愛しの花嫁殿。お待たせしました」
「わぁ!」
考えることが仇になったようだ。心構えのないまま声を掛けられて、飛び上がるほど驚いた。
振り返るまでも無く、アルベルトがニヤけているのが分かる。
「姫でも緊張するのですね」
そのままギシリと隣に掛けられる。絶対に逃げられない距離。
何を考えているのと問いただす前に大きな手のひらが頬を覆い、引き寄せられ、口付けられる。そのままーー。
デルフィナは力いっぱい、アルベルトの胸を叩いた。
「嫌でしたか?」
「〜〜そうではなくて、説明なさい!」
「説明?」
「わたくしはユーセフ王のハーレムに嫁いだのではなくて?!どうして、どうしてお前が……!」
やっと、やっと言えた。
デルフィナともあろう者が、ずっと呑まれっぱなし流されっぱなしだったのだ。
アルベルトはデルフィナの頬に触れたまま、微笑んだ。
そうだろう、混乱するはずだ。なんせ反対、脱走されないように必要な情報は全て抑え、詳細を知るのは王と王妃、侍女長とエレナだけだ。あと、ナチョ。彼にだけは出発直前に知らせた。騎士団長、副官には知らせていない。脳筋だからな。まぁ、そのうち知らせと感謝の品が届くだろう。何も問題ない。脳筋に感謝。
「君主ユーセフは私の伯父です。当初、招かれたハーレムは君主の処でした。ですが、私に嫁がせるよう、頼み込んだのです。我が豊穣のデルフィナ姫。
我が家は傍流で私は三男でした。ところが長男と次男が亡くなったため、帰郷し、後を継ぐよう父の命が下ったのです。詳しいことは追々、昼の光の元で話しましょう。
秘せられし大輪の花、我がデルフィナ姫よ。私は黙って去るつもりでした。あなたは我が君主のための花、私が護るべき花。
ですが、どうしても諦めきれなかった。我が寛容なる叔父上と、知恵に満ちた思慮深い助言者達のおかげで、あなたを我が妻とする奇跡が叶いました」
姫が飲み込めるよう、ゆっくりと語りかける。
夜は短い。本当は逸る気持ちに急かされているのだが、やはり最初が肝心だ。心を開いた分、体も…というもの。
姫のつやつやした、豊かな色合いの美しく結われた髪を優しく撫でる。
あぁ早くほどきたいんだが。
デルフィナは、目に力を込めてアルベルトを睨みつけた。
「つまりお前は、私をお前のハーレムに入れたのね。あんなに嫌がっていたわたくしを」
「私は姫を嫌がってなどおりませんが?」
「わたくしが嫌なのは、ハーレムという仕組みよ!」
姫の調子が戻ってきた。初夜を脱走されては困るし、悲しすぎる。
アルベルトは姫をそっと持ち上げ、自分の足の間に座らせた。後ろから腕を回して抱きしめる風に囲い込む。
「アルベルト!」
「私のハーレムは、姫だけです」
姫の首筋、むちゃくちゃ良い匂いがする。…知ってる。ソグルーブ行きの時、嫌というほどその香りに酔った。
頬を擦り付けると、自分の黒髪と姫の濃い茶髪が混じり合う錯覚がする。
「姫だけです。私が愛するのは。他に妻は迎えません」
言ってから、姫の目を覗き込む。姫は今までで一番、真剣な眼差しでアルベルトを見ていた。
「それ、本当?」
今までに聞いたことのない、震える小さな声だった。
やべぇ、可愛すぎて鼻血出そう…。
「本当です。いや、違いますね」
そうだ“愛する”じゃねぇな。
だが腕の中のデルフィナは、迷子のような困った顔をしている。
初めて見る顔だ。アルベルトは、とびきり優しくささやいた。
「もう、愛しています。私のデルフィナ」
そのまま口付けてーーしかしまた阻まれる。
おい!夜が明けてしまうだろ!!
「いつから?指輪に彫ったのは、いつなの?」
いつだっけ?
「少なくとも貴女が成人してから。彫ったのは…濃密な二人旅をしてからですかね?」
「濃密?」
「ええ、ソグルーブへ行った旅です。貴女は寝相が悪くて、私がどれほど悩まされたか…」
「そうかしら。どんな?」
アルベルトはクスクス笑う。姫が延ばそうとしていることに気付いたからだ。
「今から再現しましょう。さぁ夜は短い。私を受け入れてください、愛しいデルフィナ」
デルフィナは赤くなった。ためらいが見抜かれたこと、今から本当に初夜が…。ずっと片思いだと思っていた、この護衛と…。
その護衛は真珠の髪飾りと、水晶の耳飾り、青い宝石の首飾りを外していく。造りを知り尽くしている、その手は優しくも手際が良く、たちまち体にかかる重みが軽くなっていく。
そう。好きなのは、ずっとわたくしだけだと思っていたの。
アルベルトはいつも冷静で、何をしても動じなくて。
最初は熟女趣味だと言うのもあって受け入れたものの、好きになってしまった後は眼中に入らないのがどうにも悔しくて…。
結果的にずいぶん振り回してしまったわ。わたくしも他の令嬢や夫人方と同じだと、悟りもした。自分の幼さを反省もした。だけど、改めることは難しかった…。
「アルベルト、あのね」
「……何でしょう」
ゆっくりと倒されながら、デルフィナは人生で一番の、素直さを振り絞った。
「わたくしも、あなたのこと、ずっと好きだったわ。今もずっとよ」
アルベルトはニヤリと笑った。
「姫…いやデルフィナ、男を煽ってはいけません。もう、我慢しませんからね」
飢えた狼のような口付けが降ってくる。
わたくしの本音、ちゃんと伝わったのかしら。目を閉じたりなんてしないわ。
細い両腕をアルベルトの首に回す。
「…わたくしのアルベルト」
「ふふ。私のデルフィナ。やっと捕まえましたよ」
「もう逃げないわ」
「ええ、逃しませんとも。絶対に」
オイルランプと月明かりが照らす部屋。
ここもハーレムに違いない。けれど主はアルベルトだ。だから何も恐ろしくない。
「あのね、アルベルト」
「…なんでしょう」
明け方の柔らかい光の中、デルフィナを護り続けてくれた腕に包まれて、やっと認める。
「わたくし、ハーレムが嫌なのじゃなくて、アルベルトの居ない所が嫌だったの。ふふ、わたくし思った以上に貴方のこと……」
「……姫。寝起きの男を焚き付けてはいけません」
もう姫と呼ばれる立場では無いのに。
そういえば、アルベルトに“いけません”と言わせるのが面白かったことを思い出す。
「ふふふ、ダメよ。愛してるわ、アルベルト」
「ええ…生涯、愛しますよ…私のフィナータ」
アルベルトとの主従な日々は、もう終わり。今度はお互いを慈しむ夫婦として、ここから始める。
さぁ、どんな波乱が待っているのかしら。だけどわたくし、簡単に諦める女では無いわ。
なってみせるわ。女の諍いを飼い慣らし、夫の心身を生涯よろこびで満たし、ハシントの誇りと品位をより上げる、賢くて、娶ったことを後悔させない、夫だけを愛する愛され妻に。
これにて本編完了といたします。番外編を2編、投稿予定です。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!




